暴を以て暴に易う?
さすが生体兵器の愛好家団体だけあって、二月傘は独自の装備を持っている。
≪視界の同期完了です!≫
ここから2km後方の高層ビルで、HEKIUNを構えるゾエから通信が入る。
俺たちは緑の生い茂る廃墟の中で密猟者を待ち伏せていた。
周囲に生体兵器の気配はない。
密猟者は生体兵器が比較的少ないルートを選び、エリア8の深部を目指すらしい。
≪後は待つだけか≫
「盛大に出迎えてやろうぜ」
俺としては好都合だ。
全力でロボットバトルが楽しめる。
≪うむ、最低限の礼儀としてな≫
≪嫌な礼儀だな…≫
相棒の対面で倒壊しているビルに身を隠す2機の中量級ティタン。
師匠のアパラチアとダンのカノープスだ。
廃墟を背景にする鋼の巨人って構図、絵になるよね。
≪……もう、お任せします≫
乾いた笑い声を漏らすクサナギさんは、濃い疲労を感じさせる。
悲鳴を上げながら的確に生体兵器を捌く姿は、絶叫系配信者の鏡だったぜ。
「そういえばクサナギさん」
≪なんでしょう?≫
「生体兵器って儲かるんですか?」
ふと、湧いた素朴な疑問。
二月傘が仕切るエリアに飛び込んでまで欲しい代物か?
できれば出会いたくないデザインだと思うんだけどな。
≪犯行予告とは大胆ですね、V様≫
「俺を何だと思ってるの?」
このトリガーハッピー、隙あらば俺を同族認定しようとしてない?
≪あはは……個体によっては高額で取引されますよ≫
「…愛玩用?」
≪それは二月傘だけですね……≫
それを聞いて一安心だぜ。
そして、クサナギさんは強く生きてほしい。
≪多くはタジマ粒子関連のパーツに使用されます。私の機体にも技術を応用したパーツが使われていますよ≫
完成してはいけなかった禁忌の機体か?
後方でゾエの眼を務めるクサナギさんの機体が、急に禍々しく思えてきた。
≪だから、ジェネレーターのシェアに二月傘が……でも、流通数は多くなかったような?≫
≪乱獲は御法度ですよ。兵器と言っても工場はありませんから……絶滅したら取り返しがつきません≫
多くのプレイヤーは絶滅を願ってそうだけど、クサナギさんは違うらしかった。
二月傘の広報官とは言え、今までの反応を見ているから少し意外だ。
≪二月傘がエリア8を保有しているのは、
「はへぇ……」
生体兵器って保護される対象だったのか。
どう考えてもポストアポカリプスな世界を生み出した遺物の一つなのに。
いや、だからこそなのか?
≪む……敵影を視認しました!≫
飛んで火にいる夏の虫──仕事の時間だぜ。
ノイズの走るレーダーに、ゾエの捕捉した密猟者一行が表示される。
ビルの陰からスラスターの閃光を視認し、スティックを握り直す。
「パーティーの始まりだぜ!」
≪はい! キャンドルに火を灯しましょう!≫
前衛を務める俺と師匠、遅れてダンが動く。
霧に包まれた市街地に砲声が轟き、魔弾が密猟者を襲う──
≪よし、1機!≫
空中で真っ赤な花火が咲き誇り、衝撃波で霧が波打つ。
それを視界に収めながら、俺は違和感を覚える。
スクラップが四散していない。
≪いや……まだだ≫
黒煙が晴れ、赤い眼光が瞬く。
空中に浮かぶ重量級ティタンを中心に、青白く光る輪が回転していた。
またタジマ粒子か。
≪マジかよ…!≫
≪あれはトーラスフィールド!?≫
クサナギさんの驚愕する声を聞きながら、降下した密猟者の迎撃に向かう。
重量級2、中量級1、軽量級1という編成だ。
スラスターは噴射せず、ビル群の隙間を走る。
あえて位置を教えてやる必要はない。
≪待ち伏せとはな……牧羊犬も存外、節穴ではないらしい≫
唐突に通信を開き、色気のある声を聞かせてくれる密猟者の兄さん。
耳が幸せな日だぜ。
でも、俺にとってのASMRは砲火を交える瞬間にしか聞けない。
≪その声……密猟者の真似事とは、逆叉座の名が泣くぞ≫
1区画向こう側を並走する師匠が通信に応じた。
残念でならないって感じだ。
知り合いが密猟者になってたら、誰でも渋面になるわ。
≪逆叉座ぁ!?≫
≪う、嘘だろ…?≫
空中分解したとは言え、上位クランが密猟者とか世も末だ。
さすが、ティタン・フロントラインだぜ。
≪貴様……二月傘の牧羊犬とは落ちたものだな、ビーコン≫
この口の悪さ、誰かを思い出すんだよな。
ノイズの走るレーダーを睨みつつ、崩れた高架橋を跳び越す。
密猟者もとい逆叉座の残党は、市街地に降下してから位置が分からない。
≪人違いだな≫
≪白々しい…その化けの皮、今日こそ剥いでやろう≫
今日は師匠をアリーナ2位って断定する人、多くない?
白く霞んだ視界の先、朧げに見える高層ビルから瓦礫が落ちる。
ペダルに足を置き、周囲の地形を再確認。
「密猟者のくせに仰々しいなっ」
真正面に躍り出た細身の中量級ティタン──右腕で紅蓮の閃光が瞬く。
既にペダルは蹴り、スティックの入力は済ませている。
加速する視界、相棒の過去を正確に光線が射抜く。
レーザーライフルだ。
≪ただの残党ではないぞ、少年≫
ライフルを連射しつつ、巨大な立体駐車場の陰へ相棒を滑り込ませる。
当然、牽制の当たるような相手じゃない。
まるで手応えがなかった。
「ただの残党じゃない、というのは?」
≪確認した4機を見るに……間違いありません≫
ゾエの通信からアルの声が響く。
いつになく真面目な雰囲気を漂わせていた。
レーダーに表示された赤点2つが立体駐車場を横切って迫る。
≪彼らは逆叉座のルーツ、始まりの5人です≫
頭上に軽量級、そして真正面から重量級。
立体駐車場の壁面を蹴って後方へ跳ぶ──コンクリートの壁面が溶融、弾け飛ぶ。
三日月型の大型レーザーブレイドを煌々と輝かせ、粉塵を纏った紺色の巨人が姿を現す。
「4機って、言ったよなっ」
左腕の連装ショットガンが相棒を睨む。
スラスターを右へ噴射し、左へ急加速して回避。
手動でライフルの応射を叩き込むも、丸みを帯びた装甲に弾かれる。
頭上の軽量級ティタンは無視──青白い2条の光線が霞を切り裂く。
頼もしい仲間がいるからな。
遥か彼方で轟く砲声に、軽量級ティタンが反応した。
≪むぅ…避けられました!≫
瞬間的な急加速で魔弾を躱し、ビル群の陰へ消える。
≪その狙撃、BOTかぁ? 当たるわけねぇだろ!≫
あいつは絶対に潰そう。
追手の重量級ティタンは地表を滑走しながら、連装ショットガンで牽制してくる。
≪V様≫
だだっ広い幹線道路へ飛び出し、スラスターをカット。
路面を叩き割り、しばし慣性で滑った後に踏み込む。
レーザーブレイドで打ち合う──と見せかけて、姿勢を落とす!
相棒を飛び越したミサイルの弾幕を前に、紺色の巨人は前面のスラスターを点火して後退。
同時に左肩の電極みたいなユニットが青い極光を帯びる。
≪5人目は、ヘイズです≫
閃光が走り、巨影を爆炎が呑み込む。
相棒の姿勢を立て直し、密猟者一行の位置を確認。
レーダーの赤点は健在だ──黒煙の中から青白く発光する輪が現れる。
鉄壁だな、トーラスフィールド。
作動に2秒要するところが狙い目か。
「なるほど、理解した」
つまり、ヘイズに比肩するティタン乗りが相手ってことだな。
俄然、燃えてきたぜ。
相棒の隣に並んだ師匠とダンを見るに、まだ4機目は現れていない。
ゾエとクサナギさんを狙ってる?
≪手強いぞ、少年≫
「望むところっすよ」
強敵は大歓迎だぜ。
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