嵐の前の静けさ?
渓谷の壁面に都市を形成するB17は空間が限られるため、セントラルと比較して広いストリートが存在しない。
必然的に人口密度は過密となる。
「おい、杭打ち狐だ…」
「やるか?」
「バザールの二の舞はごめんだぜ」
通行人の視線を物とせず、黒のロングコートを纏ったヘイズは肩で風を切る。
単独の彼女を襲撃すれば命がない。
庇護すべき者がいない以上、ヘイズはセーブの必要がないのだ。
彼女にとってティタン・フロントラインは暴力を発露する場所だ──これまでは。
彼女を変えたのは、気が利くようで鈍感な友人の存在だった。
後先を考えない馬鹿で、お人好しで、無条件に信頼できる唯一無二の味方。
現実と同様に、少女は止まり木を見つけた。
「はぁ……まったく…」
そんな友人は、事あるごとに面倒事を持ち込む。
今回は自ら飛び込んでいったが。
ならば、ヘイズの目的は後始末か──否、本日は別件だった。
薄暗い路地へ入り、ロングコートに隠された右手を胸元へ回す。
足早に進み、黒い影は曲がり角へ消える。
「ちっ! 気付かれ──」
尾行していた義足の獣人は曲がった先で、冷たい金属の輝きを見た。
それを最後に視界が暗転した彼は、素体再生センターで目覚めることになる。
「ふん……屑が」
尾行者の喉をプッシュダガ―で一突きしたヘイズは、何の感情も乗せず吐き捨てた。
倒れ伏した者へ見向きもせず立ち去り、雑踏に紛れ込む。
「第8艦隊が参加するってマジ!?」
「二月傘に、シムラの実働9課、パッチ旅団……ジェントルマンが集まると壮観だな」
地方都市B17は開催が間近に迫ったストーリーイベントの最前線となる。
報酬や名声を求めるプレイヤーが集い、上位クランも続々と現地入りしていた。
五月事変発生時のセントラルに匹敵する賑わいだ。
「勢力とか関係なく一致団結って方針?」
「わけないじゃん。さっそく物資の奪い合いしてるぜ」
「人間は愚か……」
物資は有限なため、必然的に生じる硝煙混じりのトラブル。
イベントでは恒例となっており、前夜祭と呼ぶ者もいる。
そんな浮ついた空気の中、ヘイズは目的地へ急ぐ。
「後3分で着く」
≪ああ、待っているよ≫
通信越しに響く理知的な声。
インカムから手を離し、再び路地の薄闇へと入り込む。
元は坑道だった路地の奥へ進むにつれ、行き交う人影は減り、規則的な足音だけが響く。
喧騒の消えた薄闇の中で、不意に足を止める。
「……小細工を」
コンクリートで補強された壁面へ顔を向け、ヘイズは鼻を鳴らす。
「光学迷彩か」
「ご名答」
突如、灰色の壁が消失し、黄金色の耳と尻尾を揺らす少女が現れる。
傍らには甲冑の如き装甲を纏ったサイボーグが4人。
「ずいぶんと物々しいな」
「ここは地元じゃないからね。用心に越したことはないよ」
セントラルの一等地を拠点とする者にすれば、ここはセントラル・ガードの力が及ばぬ無法地帯。
有識者であっても弱者は、強者の獲物となる。
それがティタン・フロントラインだ。
「メッセージで送れば済む話だろうに」
「直接会って話したかったのさ」
鼻を鳴らすヘイズに対し、小柄なクランの長は肩を竦めてみせた。
そして、両者の間を流れる空気が変質する。
「……聞かせてもらうぞ、パスカル」
改めて口を開くヘイズの目的、それは──
「ゾエとは何者だ?」
この世界に組み込まれていながら、NPCではない異質な存在。
友人が連れ帰った謎の少女について問う。
「あらかじめ言っておくけど、これは仮説……いや、妄言の類だ」
正解を提示されない世界ゆえに全ては仮説、妄言となる。
ヘイズとて百も承知だ。
それでも、あえて念を押すようにパスカルは宣告した。
「構わん」
「ふむ……では、結論から言おう」
鋭利な光を宿した瞳に映る狐の面。
先を促すように、小さな頷きが返される。
考察班あるいはゲヒルン財団を率いる者は、厳かに告げた。
「彼女は、私たちを──
◆
相棒のコクピットに収まり、スティックを握れば、実家のような安心感を覚える。
待ってろよ、密猟者。
見渡す限りの
≪どうなるかと思いましたけど……安心しました≫
先頭を進む重量級ティタンに乗るクサナギさんから通信が入る。
落ち着きを取り戻し、今は広報官の声だ。
≪心配事があったのですか、クサナギ?≫
≪どう考えてもVだろ……≫
「何もしてなくない?」
ノイズが走るレーダーに目を配りつつ、緑に侵食された高層ビルの陰へライフルを向けた。
音響センサーはティタンの足音だけを拾っている。
≪い、いえ! Vさんは悪くありませんよ!≫
「ほらね」
俺がトラブルメーカーみたいな風潮、良くない。
≪本人へ直接言うまいよ≫
「し、師匠?」
おかしいですよ、師匠。
それだとクサナギさんが遠慮してるみたいじゃないっすか。
≪Vは指名手配犯ではありません!≫
「ゾエ…!」
ゾエなら分かってくれると思ってたよ。
≪台風の目だとヘイズが言っていました!≫
ほとんど意味が変わってないね、それ。
ヘイズも俺を何だと思ってるんだ。
日々の行いを振り返っても──心当たりしかねぇ。
≪あはは……好戦的な人だって脅かされてたんですが、そんなこと──≫
≪間違ってないです≫
待ってくれよ、ダン。
これまでのは不可抗力で、俺は被害者なんだ。
本当だよ?
≪ダン、Vはクレジットのために戦っているだけです!≫
≪つまり、私と同じですね≫
「同じじゃないが?」
ゾエの通信に混じる雑音もといトリガーハッピーの戯言を切って捨てる。
俺はクレジットではなく、闘争を求めてるだけだ!
駄目じゃん──これ以上は墓穴を掘るだけか。
ここは話題を変えさせてもらうぜ。
一向に赤点の映らないレーダーを睨み、俺は話題を差し込む。
「…にしても、生体兵器と遭遇しないな」
≪それはコロニーを回避できている点が大きいですね≫
≪回避って…目印とか見えませんけど……≫
ダンの疑問は俺も抱いていた。
視界もレーダーも頼りにならない中、どうやってコロニーを回避してるんだろ?
スラスターの使用を控えても、ぞろぞろとティタンが歩いていたら発見されそうだ。
≪二月傘はエリア8における生体兵器の分布を逐一確認し、マップに反映してるんです。それを参考に進めば、遭遇戦を回避できます≫
≪ふむ……私の記憶では巡回型の生体兵器もいたと思うが、それはどうしているのかな?≫
≪あ、あぁ…えっと、それは──≫
ノイズの走るレーダーに突如、浮かび上がる赤点。
クサナギさんの進行方向だ。
風化した舗装が弾け飛び、粉塵と共に巨大な影が現れる。
≪ぴゃあぁぁぁぁぁぁ!?≫
広報官ではなく、絶叫系配信者の本領発揮!
透明感のある悲鳴が頭に響くぜ。
ライフルを照準するより早く、重量級ティタンが吶喊──ムカデみたいな生体兵器が頭を向ける。
タジマ粒子の輝きが収束する砲口を前に、深緑のティタンは背面のスラスターを点火。
≪あれは!≫
両腰のバインダーが展開し、前面へ迫り出す2本の腕。
その先端から青白い光の剣が伸び、脚部のスラスターが火を噴く。
「サブアーム!」
下段からの斬撃は、生体兵器の頭を三枚おろしにした。
タジマ粒子が霧散し、長い身体が路面へ激突して粉塵が舞う。
レーダーから赤点が消失する。
≪すげぇ……≫
≪うむ、見事な踏み込みだった≫
クサナギさんは、あの多足類を前に迷いなく突っ込んだ。
さすが二月傘の広報官だぜ。
≪はぁ…ひぃ……きょ、恐縮です…うぅ≫
体液塗れになった重量級ティタンから息も絶え絶えな声が届く。
深緑のカラーリングのおかげで、汚れは大して目立たない。
≪V、サブアームの実物です! 変形しました!≫
「ああ、変形してた……かっこいいなぁ」
ただのバインダーではないと思ってたけど、レーザーブレイド装備のサブアームとか最高か?
のしのしと歩いてきたフランベと並んで、クサナギさんの機体を観察する。
左腕に装備された菱形の板はなんだろう?
≪ありがとう、ございます……このように…巡回型には、対処、します≫
めちゃくちゃ辛そうだけど、あの反応速度は反射に近かった。
一体、どれだけの生体兵器を相手にしてきたんだろ?
≪密猟者と戦う前にダウンするんじゃ…ないですか?≫
心配そうに尋ねるダン。
トリコロールカラーの中量級ティタン、カノープスが周囲を警戒しながら近寄ってくる。
≪そ、そうですね……ナビゲーションはしますので──≫
≪クサナギ君の仕事を邪魔すべきではないぞ、ダン君≫
師匠がクサナギさんの退路を断ちにかかる。
ナビゲーションだけでもガイドの仕事は果たしているはず。
これは絶叫系配信者の本懐を遂げさせるため、心を鬼にしてるんだ!
≪え、いや…で、でも≫
≪J・Bの言う通りです! クサナギの声は戦意に満ちていました……ちぇすとぉ、でした!≫
かわいい。
でも、あれは悲鳴って言うんだぞ、ゾエちゃん。
≪モノノフの道を邪魔してはいけません!≫
顔は見えないけど、スカイブルーの瞳を輝かせるゾエが簡単に想像できた。
ブレイド7、とんでもねぇ概念を授けてくれたな。
≪あ、あのVさん?≫
じっと俺を見つめる重量級ティタンは、切迫した雰囲気を醸している。
「がんばってください」
今回は配信ではなく収録らしいけど、より良い画を撮るために協力します!
≪そ、そんな……ど、どうして……≫
絶望感に満ちた、それでいて透明感のある声。
心の奥底にある加虐心を煽られる人だ。
ちょっとだけ二月傘のプロデュースが理解できた気がする。
≪やっぱり、こうなるんですよね……知ってました…今日も私はβ循環液塗れにされるんです……うぅ≫
嫌々といった様子で深緑のティタンは歩き出し、倒壊した高層ビルを潜っていく。
密猟者の予想侵入ポイントまで、あと10kmほどだ。
がんばれ、クサナギさん!
≪お前ら…人の心とかないのか…?≫
これも全部、密猟者って奴が悪いんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます