旅は道連れ世は情け?
「ここがエリア8か……」
赤茶けた砂の世界とは打って変わり、ヘリポートから見下ろす市街地は緑に侵食されていた。
植物なんて死に絶えた世界と勝手に思ってたぜ。
「厳密には、境界だな」
腕を組んで隣に立つ師匠が補足してくれる。
相棒を運んできた二月傘の輸送ヘリコプターが頭上を通過し、音に負けないよう声量を上げる。
「そうなんですか?」
「ここから先には、生体兵器の大規模なコロニーが複数存在する」
ここは二月傘が建造したベースキャンプにして始発駅だ。
市街地を見下ろす高地にあり、外観は要塞そのもの。
ヘリポートの横に鎮座する8連装の砲台は、市街地の彼方を睨んでいた。
「つまり、
「そういうことだ」
本格的にモンスターパニックじゃん。
アンダーセントラル再びだよ。
≪むむ……やっぱりフレイムスロワーが必要です!≫
「環境破壊しちゃ駄目って言われたろ?」
背後を振り返れば、ヘリポートに駐機する灰色のティタンが俺たちを見下ろしていた。
ゾエのフランベだ。
タジマ粒子で妨害されないゴーストのシステムで、レーダーとか作れないのかな?
「な、なぁ…今からでも帰ったらだめか?」
なんだかんだ来てくれた戦友の不安を和らげるため、肩を叩く。
不安は分かるぜ。
だが、安心するといい!
「今日の相手は密猟者だし、二月傘のガイドも付くから大丈夫だって!」
「お前が言うと嫌な予感しかしねぇ……」
心外だな、ダン君。
俺も好きで厄介事を引き寄せてるわけじゃないぞ。
≪安心してください、ダン! 今日は私とJ・Bもいます!≫
「俺、初心者なんだが…?」
露骨に嫌そうな表情を浮かべるダンへサムズアップする。
俺も初心者だから問題ないぜ。
「いや、お前は違うだろ」
「ゑ?」
ティタンの操縦を除けば、どう見ても初心者なんだが?
これから遭遇する生体兵器とか未知の領域だぜ。
「ガイドが来たようだぞ」
異を唱える前に、師匠がヘリポートの奥へ顔を向けた。
俺も深緑のロングコートを探して視線を走らせる。
「すみません、遅くなりました!」
透明感のある女性の声がヘリポートに響く。
まず目に入ったのが、二月傘のトレードマークである深緑の笠。
ただ纏っているのはポンチョで、健康的な足が晒されている。
まさか、アルビナ先生みたいな美少女が来るとは思わなかった。
「ゲストの皆さんですよね…?」
いまいち反応の薄い俺たちに対し、恐る恐るといった体で聞いてくる。
お客様のことを遊園地だとゲストって呼ぶらしいけど、そういう意味じゃないよな。
「えっと……どちら様ですか?」
「あ、すみません。私は二月傘所属、広報官のクサナギという者です」
礼儀正しく頭を下げるクサナギさんに、俺たちも頭を下げる。
なんだろう。
まともな挨拶を交わせることに、ちょっと感動してる俺がいた。
≪ゾエ、映像資料で見たことがあります!≫
クサナギさんを見下ろすフランベから元気一杯な声が降ってくる。
ゾエは先生の配信を見ていたと言うし、二月傘の広報動画を見ていても不思議では──
≪絶叫系配信者と呼ばれていました!≫
「うっ」
透明感のある呻き声が聞こえたぜ。
この声で絶叫系配信者とか想像がつかないけど、タイプα2と戦ってる時の先生みたいな感じかな。
≪ミッションの度に生体兵器と戦って体液塗れになってました!≫
「うぐっ」
いたいけな美少女を体液塗れにするクラン、それが二月傘。
プロデュース、間違ってないか?
「あ、俺も知ってる……音声の切り抜きが海外のミームに──」
「よせ、ダン君」
師匠がダンの追撃を止める頃には、広報官は肩を落としてヘリポートにのの字を書いていた。
「いえ、いいんです……認知されてるだけ……」
クサナギさん、苦労してるんだな。
めちゃくちゃ不憫。
「すいません、うちのダンが…」
「俺のせいか!?」
正確には師弟のせいだけど、ダンは反応が良いからさ。
抗議の視線を受け流し、ヘリポートを見渡す。
二月傘の関係者はクサナギさんだけ──多分、ガイドだよな。
師匠に目配せすると、頷きが返ってくる。
「ふむ…君が本日のガイドということでいいのかな?」
意気消沈したクサナギさんへ師匠は優しげに問いかけた。
ゆっくりと顔を上げ、薄紫の瞳に俺たちが映る。
「ガイド?」
雲行きが怪しくなってきたぜ。
「え、今日の案件は頼もしいゲストが来てくれるって……」
みるみる表情が青くなり、おもむろに立ち上がるクサナギさん。
不憫──ヘリコプターの生み出す羽音が接近してくる。
すぐさま二月傘の輸送ヘリコプターが頭上に現れた。
吊り下げているのは、深緑の重量級ティタンだ。
「ちょ、ちょっと待ってもらえますか?」
そう言ってインカムに手を当て、離れた場所で話し込むクサナギさん。
重量級ティタンがヘリポートへ下ろされ、鈍い接地音を響かせる。
右腕の大型ライフルと両腰のバインダーが目を引くけど、クサナギさんの機体かな?
「確認しました……はい、本日のガイドを務めます」
輸送ヘリコプターが飛び去り、埃が舞い散る中を歩いてくる広報官。
大きな瞳からは光が失われていた。
「あの…大丈夫ですか?」
「大丈夫です……密猟者なら人間ですし…」
まったく大丈夫そうに見えないぜ。
この人、なんで二月傘にいるんだろ。
クサナギさんは強めに頬を叩き、瞳が生気を取り戻す。
「先程は失礼しました……まず、皆さんの名前を教えてもらっても?」
とても絶叫系配信者とは思えない二月傘の広報官。
プロフェッショナルって感じだ。
≪ゾエです! よろしくお願いします、クサナギ!≫
「よ、よろしくお願いします」
いの一番に名乗ったのは、彼女の精神にクリティカルヒットを与えたゾエだ。
無邪気って残酷だよね。
本日は音源がフランベということもあって威圧感が凄い。
「ダン…です」
マスターゾエに続いて名乗るのは、弟子のダンだ。
言葉遣いを改めるところで、根の真面目さが出てるぜ。
お次は師匠だ。
「J・Bだ。よろしく頼む」
「レールガン愛好家のJ・Bさん!?」
クサナギさん、さっそく取り繕ったプロフェッショナルの顔が崩れる。
びっくりした。
「あ……じ、実は最近、レールガンが気になってたもので……」
なんだって?
もっと堂々と言ってくれていいんだぜ。
「ほう……それは素晴らしい。今からでも使ってみないかね?」
さすが師匠だ、布教のタイミングを見逃さない。
このチャンスを物にするぜ!
「使用感とか…どんな感じなんですか?」
「少年」
「うっす!」
初心者である俺が触ったばかりの実体験を語る。
ダイレクトマーケティングだ。
「射程の長さに対して精度が良いし、弾速はレーザーライフル並だから、これだけでも優れた武器って──」
「おい、都合の良いところだけ吹き込むなよ」
事実を申してるだけだが?
言いがかりはやめてもらおうか。
「布教の邪魔をするな、ダン」
「あれだけ四苦八苦しといて人に勧めんな!」
技量で補えば問題ないだろ!
レールガンを極めるのは、果てしない旅路だぜ?
「火力を出すポテンシャルはある」
師匠の言葉に、俺とダンは思わず顔を見合わせた。
最大までチャージしても中量級ティタンを貫けなかった以上、火力は諦めざるを得ないのでは?
「XW155HRは使い手次第で無限の可能性を見せるが、それでも火力不足は否めない」
だから、師匠は非装甲のパーツを狙撃していた。
エネルギー武器らしく高熱量はあるから、砲身や弾薬、センサーの類は破壊できる。
「私は検証を重ね、その原因に当たりをつけた」
「原因…!」
パーツの性能であると終わらせず、探究し続けた。
さすが師匠、なんて情熱だ。
俺たちは固唾を呑んで次の言葉を待つ。
「断熱圧縮だ」
ティタン・フロントラインを制作したメーカー、絶対に正気じゃない。
「弾体が瞬間的な断熱圧縮に耐えられず、プラズマ化した。ゆえに高熱量は生じるが、装甲を貫通できない現象が発生する」
それが事実だとすれば、弾体の溶融しない距離なら装甲を貫通できる?
いや──
「熱に耐える弾体さえあれば……」
「XW155HRは名実ともに最高峰の実弾武器となる」
「おお!」
なんてこった。
ロマンと実用性を兼ね備えた武器とか非の打ち所がない。
PVで魅せてくれたレールガンは実在する──かもしれない!
夢のある話だぜ。
やっぱり、あのシーンは再現したいよね。
「そんな弾体があれば……だろ?」
訝しげな表情を浮かべるダンの言うように、実現するかは未知数。
師匠は未だに既製品のレールガンを使っているのだ。
まだ、道半ばなんだろう。
≪ヴィクセンのレールキャノンなら、どうでしょう?≫
「あ、確かに」
レールガンを単純に大型化したレールキャノンは、一撃でティタンを吹き飛ばす火力があった。
残骸から弾体を回収できれば再利用できそうだ。
「候補だな。ただ、希少ゆえに試せていない」
期待の眼差しを向けると、師匠は残念そうに首を横へ振った。
フラグシップのパーツは市場へ流通しないって話だもんな。
残念。
「さて……長々とすまなかった、クサナギ君」
「いえいえ! こちらこそ興味深い話だったので、すっかり聞き入っちゃいました…!」
使用感とか肝心の話はできてないけど、有意義な時間だったぜ。
レールガンの弾体を探すという新たな目標も出来た。
「それなら話した甲斐があったというものだ」
「二月傘は耐熱素材を結構取り扱っているので、条件に合致する物があるかもしれませんね…」
「ほう……機会がある時に訪ねてみるとしよう」
「はい、ぜひ!」
布教を上手く躱されたような気もするが、細かい事は気にすまい。
ひとまず話を切り上げた師匠が頷きを返し、クサナギさんの柔らかな眼差しが俺へ向く。
最後の取り、決めるぜ!
「あ、Vって言います。よろしくお願いします」
「よろしくお願い──ん?」
クサナギさんは営業スマイルを浮かべたまま硬直した。
駐機中の相棒へ振り返り、それから改めて俺を見る。
「……ほ、本物ですか?」
「私が保証しよう」
腕を組んだ師匠が頷き、広報官は膝から崩れ落ちた。
そんな指名手配犯を見たような顔しなくても。
「こんな重大案件なら先に教えてくださいよおぉぉぉぉ!」
絶叫系配信者の慟哭が、青々とした市街地に木霊した。
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