背に腹は代えられぬ?

「ふむ……二月傘と接点は無かったように思うが」

「確かにと直接的な接点は無い」


 師匠を指名しておきながら接点がない?

 ちょっと意味が分からない。

 くいっと眼鏡のブリッジを上げる兄ちゃんは、これから小難しいことを言うぞって雰囲気を醸している。


「V、あの格好見覚えがあります…!」


 俺の隣に並んだゾエは、いつになく真剣な眼差しを深緑の一団へ注ぐ。

 二月傘と接点は無かったはずだが、まさか過去に?


「ブレイド7のコウガ衆です!」

「うん……そうか」


 スカイブルーの瞳を輝かせるゾエの言葉に、数人が身動ぎした。

 俺は何も見ていない。

 見てないぞ。


「…本題に戻ってもいいかな?」

「あ、すみません」


 話の腰を折って、すんませんでした。

 咳払いを一つ、改めて二月傘の兄ちゃんは切り出す。


「先日、エリア26にて私たちの運行する輸送列車が襲撃された」


 一時は鎮静化したバザールの空気が、再び緊張感を帯び始めた。

 露店から様子を窺う人影も、ちらほら見える。


「襲撃自体は珍しいことではない」


 輸送列車は襲撃しないといけない決まりでもあるの?


「問題は、二月傘の誇るエースたちが全滅し、積荷を強奪されたことにある」

「ほう……彼らが敗北するとは」


 興味深そうな反応を見せる師匠。

 エースと呼ばれるほどの実力者、一度手合わせしてみたいぜ。


「同格が没落して腕が鈍ったか」

「耳が痛い……しかし、そのおかげで私たちは権益を拡大できた。感謝するよ、ミス・ヘイズ」


 ひとまず銃口を下げたヘイズの辛辣な評価を、兄ちゃんは軽々と受け流す。


 同格──もしかしなくても、逆叉座か。


 権益なんて単語を聞くと、まったく別世界の話に思える。

 白熱のロボットバトルが謳い文句のVRMMOとは?


「しかし、今回の襲撃は無視できない痛手だ。それも犯行がクランの沽券に関わる」


 輸送列車を単独で襲撃して護衛を全滅させるとか、とんでもねぇ野郎だ。

 まだ見ぬ強敵が、この世界には犇めいている。

 最高かよ。


「私個人としては無価値なものだが、そうもいかない」


 そう言って背後の生体兵器へ振り返る兄ちゃん。

 やっぱり本命はなのかぁ。


「J・B」


 視線を戻し、師匠の姿を眼鏡に映す。


「単独犯は、アリーナ2位のビーコンだ」

「ほう」


 チャンピオンやブロンズナイトと鎬を削るアリーナの上位プレイヤー。

 その名を告げた兄ちゃんは、くいっと眼鏡のブリッジを上げる。


「ビーコン…!」

「知ってるのか、ダン!」


 アリーナ2位と聞いて反応する解説役のダン君へ問う。

 一瞬、視線を師匠へ向け、それから俺を見る。


「ああ……アリーナの上位を争ってるプレイヤーで、を必ず装備してるらしいぜ」

「師匠以外にレールガンの使い手が?」


 アリーナ2位も使ってるなら産廃じゃないじゃん!

 やっぱり可能性を秘めている武器なんだよ。


「残念ながら襲撃時はレールガン、いやXW155HRを装備していなかったようだがね」

「えぇ……なら、人違いでは?」

「お前はレールガンでしか判別できないのか……」


 久しぶりに来たな、かわいそうなものを見る目!

 でも、レールガンを装備してないなら本人じゃないと思うんだ。

 アイデンティティだぞ?


「私も少年と同意見だな。そもそも彼はアリーナの外へ出まい」

「機体はアヴァンチそのものだった。それに」


 そこで言葉を区切った兄ちゃんは、ナイフみたいに鋭い視線を師匠へ向ける。


「あれほどの実力者が何人もいるとは考えられないな」

「この世界はまだ広い。いるかもしれんぞ」


 ちらりと俺を見遣る師匠。

 高く買ってくれるのは嬉しいが、俺はレールガンのイロハも分かってない未熟者だ。

 情けないぜ。


「V、なぜJ・Bは疑われているのでしょう?」


 くいくいっと左手を引いてくるゾエは、心の底から不思議そうだった。

 直接接点が無い、赤の他人が引き起こした事件だもんな。

 疑われる理由が分からない。


「同じレールガンの愛好家だから庇ってると思われてるんだよ、多分──」

「J・Bとビーコンは同一人物、と私たちは見ている」

「マジで?」


 冗談を言ってるようには見えなかった。

 アルは沈黙を貫き、辛辣な言葉を吐いていたヘイズも口を挟まない。


 この空気──サインを求めていい空気じゃねぇな。


 俺は空気が読める男なんだ。


「買い被りだな」

「真偽は重要ではない……損失を被った以上、納得するだけのが必要だ」


 コウガ衆もとい二月傘の気が立ってる理由はか。

 得物こそ見せてないが、ロングコートが不自然に盛り上がっている。

 物騒だな、本当に。


「なるほど」


 師匠が右腕に左腕を添え、レールガンの駆動音が響く。

 はい、ゲームジャンル変更のお知らせです。

 一触即発──


「あなたにミッションを依頼したい」

「なに?」


 なんだって?


「ミッションの内容は、エリア8におけるの撃破および生体兵器の輸送警護」


 疑問符を浮かべる俺たちを置き去りにして、兄ちゃんはミッションの内容を説明し始める。


 生体兵器の密猟とか正気か──いや、そこが問題じゃない。


 あの前振りから依頼とか困惑するんだが?


「ミッションを無事完了すれば、襲撃の件は水に流そう」


 何様だよ、おい。

 一方的に嫌疑を吹っ掛けてきた挙句、その言い方は


「手緩いな……何を企んでいる?」

「生産的な提案をしたまでだよ」


 怪訝そうな声で問うヘイズに、二月傘の兄ちゃんは淡々と返す。

 不思議と嫌味っぽく聞こえないが、逆に腹が立つ。


「断るなら、ここが鉄火場に変わるだけさ」


 上等だ、コウガ衆め。

 ここでブレイド7の第9話を再現してやるぜ!


 腰のリボルバーに手を伸ばす──師匠の逞しい左腕が押し止める。


 まるで鋼みたいだ。

 いや、サイボーグだから当然なんだが。


「…分かった」

「師匠!」

「二月傘との敵対は望ましくない」


 生体兵器を投入しながら、B17防衛隊が到着しないところを見るに、二月傘は手段を選ばない。

 ヘイズも警戒するクランとなれば一筋縄ではいかないんだろう。


 落ち着け──ステイクールだ。


 女子力の低い俺は、鉄火場ではチンピラと同格。

 己を磨いておくべきだったぜ。


「これは、私の問題だ」


 だから、師匠だけを行かせるって?


「……水臭いですよ、師匠」


 冗談じゃない。

 お尋ね者なんてデフォルト、それがティタン・フロントラインだ。

 師匠の正体が何であれ、俺の行動は変わらない。


「俺も行きます」

「ふっ……そうか」


 レールガンを収め、首を振りながら苦笑する師匠。

 弟子1号の名に懸けて、付いていきますぜ。


「まさかも来てくれるとは──」

「ダン!」

「うぇ!? な、なんだよ」


 すごく痛々しい渾名が聞こえたけど、全力で聞き流す。

 それよりも無関係ですって顔に書いてあるダンを捕まえる。

 首に腕を回し、逃亡を阻止!


「試運転に行こうぜ」

「え、いや……エリア8だろ…?」


 密猟者が相手ってことは、エリア8には生体兵器がってことだ。

 今、目の前にいるサソリみたいなのが群れてるとなれば、及び腰になるか。


 駆除じゃないから大丈夫──大丈夫だよな?


 これ、モンスターパニックの前振りじゃん。


「行きましょう、ダン! カノープスの初実戦です!」


 ダンの両手を握り、きらきらとスカイブルーの瞳を輝かせるゾエ。

 そして、戦友の駆る機体の名前を今になって知る俺。


「俺に拒否権はねぇのか!? エリア8とか冗談じゃ──」

「ヘイズはどうする?」

「聞けよ!」


 聞いてるぜ、行くんだよな。

 ダンを適当に宥めつつ、ヘイズの返答を待つ。

 メカメカしい狐の面から長い溜息が漏れた。


「……パスだ」

「うん、知ってた」


 中学時代から虫嫌いなヘイズの回答は予想できていた。

 こればかりは仕方ない。

 苦手なものは誰にでもある。


「構わないか、依頼人」


 そんな俺たちを眺めていた師匠は、依頼主へ静かに問うた。

 当然のようにミッションへ同行する流れだったけど──


「構いませんよ」


 理解ある依頼主で良かったぜ。

 断っても師匠へ同行する気だったが。


「ただし……ミス・アル」

「なんでしょう?」


 くいっと眼鏡のブリッジを上げた依頼主は、ゾエの背後に控えるクールビューティーを指名する。


「あなたはご遠慮願いたい。環境破壊でエリア8に悪影響を与えたくはない」


 おいおい、腕利きのティタン乗りだぜ?

 このトリガーハッピーを解き放てば一帯は焼け野原になるだろうけど。

 仲間外れ、良くない。


「……分かりました。本日はゾエ様のサポートに徹しましょう」


 あれだけ強かに食い下がるアルが潔く引き下がっただと?

 アルも虫が苦手だったりするんだろうか。

 無理強い、良くない。


「それでは、よろしく頼むよ」


 ともかく、ミッションだ。

 待ってろよ、密猟者!

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