第2話 姉さん教えて
櫻絢音は、デイサービスで働く介護士です。高齢者とお話することが好きで、いつも笑顔で接しています。そんなある日、新人の双子の妹、櫻琴音が入社しました。櫻絢音は、妹が介護に興味を持っていることに驚き、喜んで教えてあげることにしました。
「お姉ちゃん、どうしたら利用者さんと上手く接することができるの?」琴音が緊張した様子で尋ねました。
「そうだね、まずは笑顔で話しかけることやよ。そして、相手の話をよく聞いて、共感することが大切なんだ」と絢音が答えました。
「櫻ちゃんは、利用者様とお話しても楽しそうやねん。どうしてや?」琴音が尋ねます。
「あたしは、おじいちゃんたちが話してくれることが面白くて、ずっと聞いてると時間があっという間に過ぎるからやで」と絢音が答えます。
「そっか、じゃあ、私もがんばっておじいちゃんたちとお話しようと思う」と琴音が意欲的に話します。
そんな中、上司の天野達也から琴音に指示がありました。
アルツハイマー型の認知症を患っている男性利用者様、中西清次の話し相手になってほしいというものでした。
「琴音さん、利用者の中西さんが、もっとあなたと話したいと言っているそうですよ。今日、利用されていたようですね?他の仕事は私が調整するので、今日は一日、彼の話し相手になってあげてください!」
「部長…わかりました」
中西は、女性職員にセクハラをすることがあるため、周りの女性職員たちは彼を苦手にしていました。もちろん、琴音も例外ではありません。
以前、中西が「ちょっと、トイレまで連れてってや」と言い、琴音がトイレまでお連れしようと手を出したところ、「きゃっ!」と悲鳴を上げてしまいました。その後、中西に胸を揉まれたことがあったため、琴音は中西を苦手に思うようになりました。この出来事を見た絢音は、上司の天野に相談しましたが、天野は「いやー、認知症のある方だし、わけも分からず触れてしまっただけと違うかな? 触らせてしまったあなたにも責任がある。ほかの女性職員は回避してるよ!」と言いました。絢音は「部長、それはあまりにも酷いです!」と反論しましたが、天野は「そんなこと言うなら、絢音さんが対応してよ。まな板みたいな胸だから触られないでしょ?」と言いました。実は、琴音は絢音と天野の会話を聞いてしまっていました。
琴音は「お姉ちゃんにも、あの時の嫌な思いはさせたくない。でも、中西さん……私、苦手だなー」と言いました。しかし、天野は「でも、苦手だからって逃げてたらいつまでたっても苦手なまま。勇気を振り絞って克服しよう」と応援しました。そこで、琴音は中西に近づいて行き、「中西さん、私に話があるって?」と話しかけました。「そうなんや。もっと近づいて」と返されました。
おいでおいでをする中西の手に恐怖が大きくなる琴音。制服のポロシャツは冷や汗でビッショリ。肩にはクッキリ紐のようなものが見えていた。
「ほら、もっと近づかんかったら話できないやないかー♡えっへっへー。」
中西の血走った目は明らかに琴音の胸を突き刺した。そして、中西の手は素早くなめらかに波を打つように動かしていた。
「誰か助けて~」
その時に、桜色の三つ編みのサイドテールが琴音の前を通り過ぎた。
「中西さん、それセクハラです♡」
「なんや、絢音ちゃんやないやないの」
「セクハラちゃうで、スキンシップやで」
「中西さん、琴音に浮気ですか?」
「ワシに鷲掴みにされたいんか?」
「でも、絢音ちゃんのおっパイ小さいからなー」
容赦ない中西のセクハラ発言に動じず、話した。
「そんな事しなくても、私。ちゃんと中西さんの話相手になりますから。本当は、冗談で笑いの空気にしたいだけですよね?」
「女性は男性に体触られるのって、殴らるより辛いんです。本当は分かってるんでしょ?」
櫻絢音は中西のことをよく理解していました。
中西は「そうやった。すまんかったなー」
「琴音ちゃんもごめんなー。」
その後、中西は何度か琴音に接してきたが、セクハラをすることが少しずつ減ってきた。彼女は少しずつ彼との距離を縮めることができた。
「ありがとう、絢音さん」
でも、、「また、セクハラされるかもしれない」そんな恐怖が完全になくなかったわけではない。
「あれ、琴音ちゃん。どうしたの?」
琴音は絢音に聞かれ、思わず顔を上げた。「う、うん。なんでもないよ。」
絢音は琴音の反応に気づき、しばらく黙った。その後、絢音はやや心配そうに話しかけた。「大丈夫?」
琴音は絢音の言葉を聞いて、少し勇気づけられたようだった。「うん、ありがとう。でも、中西さんからセクハラされた時のことはまだ怖くて……。」
「確かに、天野さんの言うことも分かるよ。男性で認知症。頭の病気。だから、自分を抑えられない。中西さんのセクハラ癖も治るものじゃないわ。」
琴音は少し顔を曇らせて話の続きを聞いた。
「だからって女性介護士がただただ我慢すればいいってわけじゃない。天野部長は『触られたところで減るもんじゃないでしょ?』って言うけど、気持ちがすり減るわ」
「だから、私中西さんとあの後お話したの…」
琴音は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。確かに、あの後絢音は中西に別室で話していた。でも、それはあの時、中西の興奮状態を治める為だったからと認識していたからだ。
「実はね、中西さん。可愛い孫娘さんがいるの。」
「まだ、中西さんが認知症の診断される前に写真も見せてくれたんよね」
「そうなんや」
「中西さん、すご〜く孫娘さん大切にしてたんだ」
「前はことある事に孫娘さんの話してくれたぐらい」
「アルツハイマー型の認知症の診断されてからは、徐々に女性職員に手を出すようになったわ」
「それでも、孫娘さんの話はよくしていた」
「それで私中西さんに言ったの『孫娘さんが男の人に乱暴されたらどう思いますか?』って」
「そしたら中西さん『そんな奴は八つ裂きにしてやる!!』って叫んだの。その後、中西さん少し黙ったあと『わしも同じことしてたな。本当にごめんなさい。』って言ったの。」
意外な展開があったことに驚きを隠せない琴音は絢音に尋ねた。
「お姉ちゃん、なんでそんなこと知ってたの?」
「琴音、それはね。私がいっぱい中西さんにお話したからよ」
「最初は天気の話。そして、ニュースの話。昔やっていた仕事の話なんかも聴いたわ」
「特に中西さんの話で多かったのは孫娘のみゆさんの話。今では結婚してあまり会えないらしいの。セクハラするようになったのもそれからしばらくしてからなの」
「ああ、なんて私は中西さんのこと知ろうとしてなかったの?」心の中で琴音は叫んだ。
今まで「中西さん苦手」という気持ちだけで、嫌々中西に関わっていたからだ。
絢音は琴音にアドバイスをした。「中西さんが嫌いな気持ちは分かる。けどね、避けていたらいつまでも苦手のまま。成長できないじゃん。それって損じゃない?」
「苦手意識は数をこなすしかない。そして、傾聴を続けることは利用者様の情報を引き出すことでもあるのよ」
琴音はなんとなく腑に落ちた感じがした。けれども、不安がなくなったわけではない。そんな様子に知ってか知らずか絢音はこう続けた。
「もし、中西さんがまたあなたに嫌なことをしたら、私たちが守ってあげるから。だから、安心して中西さんともお話し相手になってあげて。」
天野さんにも同じことを言われたのに、何故か「やってみよう」という気持ちが琴音に沸き起こってきた。
「お姉ちゃん、教えてくれてありがとう。傾聴……やってみるわ!!」
「うん、その調子よ❤︎その感覚を大切にしてね。」
時計の針は「次の動きをするように」と絢音、琴音姉妹に告げていた。2人は「そろそろ、おやつの準備をしなくちゃ」と急いだ。
【終わり】
第3話「笑顔が見たいから」
櫻絢音は、利用者の中に孤独な人がいることを知り、彼女が笑顔になれるように尽力します。しかし、それがトラブルを招くことになるとは彼女にも予想できませんでした。果たして、櫻絢音は孤独な利用者を救うことができるのでしょうか?
サクラ色の介護日記♡ 櫻絢音 @AyaneSakura
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