いざ、往かん!



 ――不帰の森で生活をするようになって、3年が経とうとしている。


 森自体に季節を感じさせてくれるものは、見当たらない。木々の植生に詳しいわけでもないし、獣が姿を消すと言った事もない。……まぁ、獣は殆どが魔獣だし、木々にしても魔樹トレントや巨木だったりするので、よく分からないのが本当のところなのだが……。強烈な暑さや、雪が降るほどの寒さも無い。この国が所在している地域では、夏は暑かったし、雪の降る場所も存在していたのだが。恐らくこの森はが高いため、植物が育ちやすい環境になっているのだろう。


 そんな場所で唯一、季節を感じさせてくれるのは、季節ごとに変わる野菜の類だった。リリエル達が気を使ってくれたのだろう、夏には真っ赤なトマトが食卓に上がり、葉野菜の種類も多かった。冬になると根菜類が増え、頻繁にスープ料理や煮込み料理に変えて、食に飽きを起こさせないようにしてくれた。



 ……あれ?


 そんな事を考えていると、物凄く恵まれているんじゃないかと思えてくる。妾の子として産まれ、平民の中でも蔑まれるような目で見られながら生きた子供時代。憎む相手の恩恵を持ってしまい、反発するように冒険者となり……。心労で母を早くに亡くし、結局はその恩恵で食っていた。何とか入れてもらったパーティには、こき使われた挙げ句に捨てられ、一矢報いるつもりで裏切ってみれば、即バレして逃げた結果……。



 ――精霊王と契約し、家妖精達と優雅な暮らし。



「……はは、なんとも数奇な運命だな」


 屋敷の裏手の広場に魔法袋マジックポーチから呼び出した『魔導車』の最終点検をしながらそんな事を考える。少し離れた場所には簡易テーブルが置かれ、リリエル達に世話させながら「まだかぁ~」と騒ぐちびっこ精霊。隣でベルが「あるじしゃま~!」と意味なく手を振り、ニコニコしているのをチラと見て、ミリアへの怒りを収めて車を降りる。



 『魔導車』とは――。

 

 それは初代国家錬金術師、ベルナンド・フォン・エリスフォード、俺の爺さんが造った魔導機関を、馬車の「馬」に代わる動力源とし「魔素」を封じた「魔石」によって動かす車のことだ。発明当初は所謂、箱馬車の馬を繋ぐ場所にその機関を繋いだだけの簡易的なものだったが、世代を重ねるごとにそれは改良され、今では居住性は勿論、安全や操作性も飛躍的に進化したものになっている。ボディは薄く圧延された鉄で保護され、シャシーと呼ばれる土台部分の骨組みは、梯子のように先端部から最後尾まで繋がっている。振動する機関部は直接シャシーには繋がれておらず、回転部と接地するホイールには、モンスターの皮を使って衝撃吸収を行うようになっている。車内には拡張空間が付与され、見た目と内部の大きさも、掛けられる費用でどのようにでも変化できる代物になっていた。



 そんな代物を錬金初心者の俺が、1から本を片手に造った『魔導車』が全ての術式を付与された状態で、眼の前に鎮座している。大きさは標準の箱馬車を一回り大きくした程度だが、中の運転席と後方部分の部屋は仕切られ、少し豪華な見た目にしてある。……一見すればだが。


 地面に術式を展開し、魔力をそこへ注いでいく。頭に思い描くのは制作し、詰め込んだ魔導具の数々……。それらを纏め上げて一体となるように術式を組み合わせて、最後に声を出して事象を完全に固定する。



 ――術式固定!



 その言葉に呼応するように、魔導車の下に描かれた陣が強い光を放ちながら、車を包み込んでいく。下から上へ、陣が回転しつつ車の屋根を超えていくと、その光は頂点に達して光の粒子となって消える。



「――で、出来たぁ~~」


 陣が動き始めると同時に、どんどん魔力が吸われ始め、体力と共に立っていられなくなり、全ての工程が終わって光の粒子が消えると同時に、俺はその場に大の字になって倒れ込む。何しろ、今回この魔導車に詰め込んだ術式は10や20じゃない。細かなものも含めれば恐らくだが三桁には届くだろう。当然細かく付与や術式は埋め込んだが、それらを包括処理してくれる物が無いと、魔導具は上手く機能しないのだ。


 しかもコイツは爺さんのを用いた……。「魔石」ではなく「精霊核」を積んでいる。


 

 ――だから、当然の結果としては目を覚ます。



「……ん?! ナンダ? 体があるぞ! み、見える! おい、そこでぶっ倒れてる奴! あ?! カインじゃねぇか? ってことはアレか? お前の言ってた通り、俺は『魔導車』に戻れたのか?!」


「……あぁ、約束通り、お前をに完成させたよ」


 ギュイィィィィィィン! ギュンギュン!

「おをををを! スゲー! あ! リリエル~、ベルちゃ~ん! ミリア様ぁ~!」


 

 魔石を主燃料として動かす魔導具は、その魔石の多寡により能力に制限がある。爺さん、ベルナンド・フォン・エリスフォードは当然その事を理解していた。魔導具を沢山積めばそれだけ燃費は落ちるし、魔石自体も大きな物が必要になる。結果、魔導車は高価なものとなり、貴族や富裕層の物となっていった。現在はその機能を最低限に抑え、車自体も大量生産する事によってかなり普及はしているが、それでもやはり維持費の面で平民にまでは普及していないのが現実だ。



 『精霊核』それは精霊の王たる、ミリアにしか創ることは出来ない。彼らは酷使され、且つ神の無慈悲によってその力をもがれてしまった、言わば精霊の魂の集まりのようなもの。故にそれを扱える人間は、彼女と契約した俺しか居ない。精霊核それ自体は結晶の様な物だが、常に魔力を付与してやらなければ、やがて中に収められた彼らは自我を失い、霧散する。ミリアが今も持っている精霊核は幾つかあるが、それらは屋敷の奥に安置され、屋敷の魔力を分けることにより、辛うじて自我を保っている状態なのだ。



 魔導車のコアに使った精霊核は、元々爺さんの時代にも同じ魔導車のコアに使われていた。「ノエル」と呼ばれていた彼は、元土の精霊だった。大地に広がり、地の全てを知る彼にとって、その上を移動する車と言う存在に痛く感心し、爺さんに願って自らその役割に収まった。


「……おいノエル、はしゃぐのは良いけど、車の方の具合はどうだ?」

「んあ? ……ん~、各部品の嵌合部かんごうぶが少し甘い気もするが、そこは任せろ! 俺様がきちんとしてやる」


 今にも走り出しそうな雰囲気で、魔導機関をブンブン唸らせながらも、ちゃんと俺の聞いたことには答えてくれる。「じゃぁ、少しそこらを回ってみてくれ」と声を掛けた途端、奴は風と残像だけを残して広場から消えた。



「アハハハハ! ノエルおじちゃん、たのしそ~でしゅぅ!」

ですからね。動けることが余程嬉しかったのでしょう」

「……ふぅ、またあヤツに乗るのか、ちと怖い気もせんではないな」


「――なぁ、アイツで本当に大丈夫なのか?」


 復活させたは良いが、少し回ってみてと言った瞬間に、消えてしまった車に戦慄を覚えてしまう。ふらつきながらテーブルの方に近づくと、最後に言ったミリアの言葉が気になった。


「……ん? あぁ、普段はちゃんとしてるから問題はなかろう。……調子にさえ乗らなければな」

「え? なにその不穏な言葉」


「まぁ、アレも百年ぶりに外の空気を吸えたのだ。今は目を瞑ってやれ」


 ミリアはそう言いながら俺にも座れと椅子を勧め、俺がその言葉に甘えて座ると、即座に茶器が俺の前に添えられる。


「お疲れ様です……それと、ノエルの願いを叶えて頂き、本当に有り難う御座います」


 いつの間にか傍にワゴンごと移動してきたリリエルが、そんな事を言いながらお茶を注いでくれる。「……ありがとう」とお茶を注いでくれた事に対してだけ返事をし、願い云々の事についてはその場で触れずにやり過ごす。


「ヒャッハァ~! カイン! やっぱ、は最高だぜ~!」


 どこから現れたのか、眼の前に風と木の枝を纏わり付けながら、颯爽と走り抜けていく魔導車を眺めていた。


「……後で、掃除が大変だな」

「アハハハハ! ノエルおじちゃん! ベルもベルも~!」

「……中の部屋、安心じゃろか?」



*************************



 試運転を終え、車庫に魔導車を格納して掃除をしてから、夕食を終えて作業室に戻る。食後のお茶を一人で運び、片付けの終わった作業室であの本を読み返していると、リリエルの言った言葉を思い出す。



 ……願いを叶えるってなんだよ。



 心の奥の深い場所で、俺は一人で憤る。


 確かに彼を動けるようにしたのは俺かもしれない。……でもそれは俺が必要としたからだ! ノエルに請われてなど居ないのに、俺の事情で利用したのに、なぜ彼女は、彼は、礼を言うんだ?



 ――契約者が喜ぶことは、その精霊にとって全てなのだ。



 ミリアの言葉がそこで棘のように引っ掛かる。純粋無垢な彼らにとって、契約者である俺の「喜び」が全てだと……。だから、俺が望んだことを自分ができると言う、その事自体が彼らの願いで……。


「くそ!」


 作業机を乱暴に叩き、広げた本がパタンと閉じる。理解はしている、頭の中で理解は出来る。……でも納得はできない、人間は利になる事に貪欲だ。現に俺だって、魔石の負担を思って彼を使ったんだ。なのに……。



 ……主様、何かご不快な事でもありましたか。


「え?!」


  いつから、とか、なぜ? とか、なんで? とかがその「え?!」に含んだと思う。ただ振り向くと彼女はそこに居て、普段の無表情ではなく、とても申し訳なさげに哀しい目をして俺を見つめていた。


 とっさの出来事に俺の思考はそこで停止してしまい、思わず心に留めている本音を溢してしまう。


「……どうして、俺なんかのために、君たちは全てを捧げて尽くそうとするんだ?」


 言ってから「しまった」と思うが、もう遅い。俺の言葉は彼女の耳に届き、それを噛みしめるようにゆっくりと目を閉じる。


「それは、私達の喜びが、主様の喜びだからで――」

「違う! いや、君たちの想いはそうなんだろうけど、そうじゃなくて。……もっと自分の為というか、何と言うか……あぁ、もどかしい!」

「あ、主様……」

「そう! それ! まずその「主様」ってのを辞めてくれ。俺の名はカイン。カイン・エリスフォードだ」

「……では、カイン様と」

「様もいらない」

「いえ、それは出来ません」

「っく……。そこは譲らないのかよ。ってか、そもそも自身の欲求は無いのかよ! リリエルの人格自体のさ」

「……私自身?」


 俺がそう言った途端、彼女は動きを止めて固まってしまう。全く微動だにしない時間が数分続き、アレと思って近づいた時、彼女も突然一歩進み出る。


(やべぇ、近っ!)


 ……もし私がお嫌いでしたら、主人格を辞めますが。


 ――バクン!


「ばっか野郎! そんなわけないだろ! そんなはず、ある訳がないだろう! 君に最初にあった時、なんて綺麗な人だと思ったのに! 命を救われ、屋敷に連れて行かれる時、怖かったのに、それでも良いと思ってしまった! ずっと俺の世話をしてくれて、何も言わなくても何でも分かってくれて……。になった君を、なんで嫌いだと思うんだ!」


 彼女の言葉を聞いた途端、心臓が潰れたと思ってしまった。思わず彼女の両肩を掴み、大声を上げてホントの本音をぶつけてしまう。言われた彼女は俺の態度に驚いたのか、キョトンとした顔で俺を見つめた後、痛いはずもないのに顔をうつ伏せ「あ、あの腕を」と言って俺から距離を置く。



 ……やっちまった、あんな事を言われてついカッとなっちまった。頭を抱えてゴロゴロしたい! アウアウアウアウアァァ!


「……あ、ある……か、カイン様が私を好き?!」


 思わず一人でアウアウしていると、彼女の呟きが何故かはっきり耳元で聞こえる。え、と思って横を見やると、いたずらに成功したと言わんばかりにちっちゃな妖精がウインクしながらこちらに親指を立てている。


「……あ、あのカイン様、わ、私」

「あぁ! もう、そうです! リリエルの事が好きなんだよ! だから、さっきみたいなことは二度と! 二度と言わないでくれ」


「……ですが、私はオートマタ。所詮魔導人形に過ぎません、ですからカイン様の思いには」

「ホムンクルス」

「――っ!」

「……やっぱ、知ってるんだな」


 コクリと頷く彼女に俺はやはりと思い至る。


「……良かった、リリエルにもしたい事あって。……良し! 決めた!」



 ――俺がリリエル達の願い、叶えてみせる! だから、これからもよろしくな!



 そう宣言して右手を差し出すと、一瞬躊躇した後、おずおずと俺の手を握り返して「よろしくお願いします」とリリエルが答える。


「……ん? もしかして笑ってる?」

「笑っていますか?」

「……うん、今までの顔とは少し違って見える。その方が――」


 言いかけたところで作業室のドアが開き、「ンキャー!」「なんとぉ!」と声がしてベルとミリアが転がってくる。


「な……何してんだお前ら」

「アハハハ! ミリアしゃま、覗いてたのバレちゃいましたねぇ」

「こ、こらベル!」


 その言葉に俺が「な!? いつからだ?」と聞くと二人はニンマリとするが、直後俺の背後からゾワリと何かが押し寄せる。


「……ベル、ミリア様……少しお話がございます。さぁ、こちらへ」


 言うが早いか、二人の奥襟を掴んだリリエルが「ではカイン様、失礼いたします」と残して部屋のドアを閉めて消える。




 ――後悔? してないよな俺。 




 

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古の契約者 トム @tompsun50

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