約定
そこまで彼女は話すと「だから、あれに属性の縛りは存在しない……先代もそれを知って造ったしな」と告げ、寝ると言って部屋を出ていく。
……くそ、聞くんじゃなかった。
ソファに座ったまま、俺は目を開くことが出来なかった。開けばボタボタと音を立てて溢してしまうと思ったから……。
……ミリアが俺に言った、あの言葉の本当の意味も理解できてしまったから……。
――さぁ、次こそは我の願い叶えて見せよ!
そうか、だからお前は人間と契約してでも、その望みを叶えたいのか――。
――世界に散らばった精霊たちを救うために。悪意に染められないために……。ただただ、眷属を護りたいが為だけに――。
溢れる想いと涙で動けなくなっていると、頬を不意に風が撫でる。何だと思って目を開けると、ふわふわと俺の周りに光が浮いている。それらは小さな動物の形や、妖精の様な形をしていて、皆笑顔で俺を励ますように頬をペチペチ叩いたり、抱きついたりしてくる。その仕草に思わず、口にしてしまう。
「ありがとな。ミリアの願い、頑張ってみるよ」
**********************
「……先ずはこの『魔導車』と『魔導船』をどうにかしねえとな」
翌日、俺は屋敷の奥にあった作業室に籠もっていた。資料室から必要と思われる本をかき集め、爺さんの残した設計図を広げては手元のノートに書き出し、必要な材料を見積もっていく。リリエルやベルがたまに顔を覗かせ、茶や飯などを運んでくれると休憩を入れ、部屋にソファを持ち込んで10日程、何とか分かる範囲でそれを書き上げた。
「……り、リリエル、ここに書いた材料、集められるか?」
朝の食堂に入ると、ミリアがベルに給仕されながら食事をしているところだった。リリエルはその隣で、俺の食事をワゴンに載せ、こちらに向かう準備をしている最中。
「失礼いたします……。これは
一言断りを入れてからノートを受け取ると、素材のもとになるモンスターの名をボソボソ呟いていく。どれもこれも殆どがAランクかSランクになるモノばかりだが、そこは敢えて黙ることにした。そうして彼女が検討している間に、俺はミリアの傍に近づいていく。
「……なんじゃ?」
「光と癒やしの妖精達……ありがとう、助かったよ」
「ふん、アレはあ奴らが好きにした事だ。我は知らぬ」
「……知ってんじゃねぇか。まぁ良いや、ミリアにも頼みがあるんだ。資材が集まり次第、魔導車と魔導船を造る。だから――」
**********************
ここはそう呼ばれていた。この森には高ランクの魔獣やモンスターが
そんな森の最奥に、現在広大な広場が出来ている。鬱蒼とした森だった場所は綺麗に刈り取られ、樹齢何百年と言われる大木も伐採され、材木として現在乾燥中だ。デコボコだった地面は綺麗に均されて、一角には菜園すらも出来ている。
「ふんふふんふ~ん……。いいお天気ですぅ、おやさいしゃんも、嬉しそうですぅ!」
菜園の中、メイド服を来た小さな童女が、青々と茂る葉野菜たちに鼻歌交じりに水を撒き、大きく実った物を厳選して収穫している。
――メキメキメキッ! 「グギャァァァ」
そんなのどかな風景を切り裂くように、激しい木々の折れる音と共に、大型モンスターの叫び声が広場のさらに奥から響き渡る。
「ん? 今日のご飯です?」
それは背に大きな甲羅を纏った、亀のようなモンスター。但し、背の高さは街の二階建て住居程もあり、全体の大きさはその住居を二軒ほど足した程度。移動速度はさほど速くはないが、大きさのために一歩が広い。甲羅の硬度はドラゴンの鱗に匹敵し、首や足などもあらゆる場所に鱗が見える。
そんな、ドラゴンモドキの亀が、首と言わずそこら中から血を吹き出させ、命からがら追手から逃げるべく、この何もない広場に転がり出てきた。
「リリエルしゃ~ん!」
菜園から大きな声をあげてベルが森の方に手を振ると、そこには今まで森を駆け回っていたとはとても思えない、埃一つ付いていない、大きな胸を強調するようなブラウスと上着。スカートの丈は短く動く度にふわりと揺れる、広がったデザイン。膝上までのレースの靴下をガーターベルトで留めた、リリエルがゆっくりと大木の枝から舞い降りる。
「……ベルは野菜の収穫ですか、ご苦労さまです。……さてこちらもそろそろ終わらせましょう。これ以上小キズがつくと、鮮度が落ちそうですしね」
言うが早いか、彼女はその細い右腕を、走り去ろうとするドラゴンモドキ亀に向けると、小さく何かを呟いた。
――キィン!
刹那の合間に、亀の足は全て
「……見事なもんじゃの」
広場のすぐ後ろに建つ、屋敷の窓からその光景を眺めていたミリアが、ボソリとそんな言葉をこぼす。そこは錬金室の端に置かれたテーブルで、椅子に腰掛け届かぬ足をぶらぶらさせている。
「……なにか言ったか?」
「……今日もご馳走じゃなと言ったんじゃ」
「は? まぁ、良いや。……ふぅ、後はこの素材の加工で、魔導車の方はケリが着くな」
「ふぁ~、やっとか。えらい時間がかかったものじゃのぉ」
俺の言葉に、ミリアがテーブルに身体を乗り出して伸びをするような格好で、大きな欠伸とともに嫌味を言ってくる。
――
素材の加工技術を覚える為の基礎術式から始め、錬金加工、固定術式、板金、彫金、etc……。ほぼ連日、この部屋で爺さんの書いた技術指南書と格闘の日々……。毎日練習と言っては素材を使い物に出来なくしてしまい、予備を頼んでまた潰し……。本気で投げ出し、逃げようと森に出てはベルに助けてもらって泣きながら帰ってきた。お陰で裏庭は、正しく何にもない唯の更地に変貌しているし、魔獣やモンスターも、森の奥を過ぎて山裾にまで行かないと狩れなくなってしまっている。……それでもリリエルは朝出て、昼過ぎにはこうして帰ってきているが。
「……ぬぐっ。し、仕方ないだろう、錬金していたとは言え、今まではポーションだとか、魔導ランプ程度の日用品しか触ったことがなかったんだから」
「そうだの。確かに、お前様は頑張っておると思うぞ」
俺の言い訳ににやり顔でそう告げてくる、嫌味なちびっこ精霊王。
「……なんだよ?」
「いんやぁ、べぇっつに~」
テーブルに身体を伸ばし「にへら」と笑いそう告げる。……彼女の真意は分かっているが、それを素直に俺は認められない。気恥ずかしくて睨むことで抗議していると、ミリアは「お~怖い! 退散じゃ退散」と言って、部屋を出ていった。
彼女の出ていったドアを少し眺めた後、作業台の隅に置いた一冊の技術指南書を広げてみる。表紙には『オートマタ設計図と素材集』と書かれている。中身は爺さんの直筆で、いろんな文献から
――私が彼女等を造った理由。
ミリアの話してくれた精霊核の件が、オートマタを創る切っ掛けになったのは、間違いない。
精霊は「喜び」の為に人と契約を結ぶ。
だがそれは、真に人と精霊の「喜び」になっているのだろうか? 「無垢」な精霊は契約者の喜びの為にその力を行使するが、人間はそれを「愉悦」にしてはいないだろうか? 人間は見下し、騙し、拐かす。他者を蹴落とすことを是とし、精霊の「純真」を弄んではいないだろうか? 故に神は彼らを罰し、力を奪っていると言う。であるのになぜ人にその罰は降りないのか? 精霊自身の「喜び」はどこに……。
古代文明を精霊王と解き明かす中、私は一つの光明を見つけた。精霊が核としてその本質を残すことが出来るなら……。
このオートマタにも未来を託す。
――『ホムンクルス』
それは錬金術の至高にして、究極の頂点とも言える所業となろう。肉の身体を持ち、人と同じかそれ以上の自我を持つ……。神の御業といえるそれを、今なら私は信じられる。この本を手にした者よ、私の意志と資格を継ぐ者よ。どうか、私とミリアの願いを叶えて欲しい――。
「……はぁ~。爺様よ、面倒な
最後の
自我は精霊核に内包する精霊の数が増えればもしやと考える。ちびっこ精霊王の話では、精霊核に取り込める数に制限は無いらしい。まぁ、元々質量自体が存在しない精霊だ。それもそうかと腑に落ちるが……肉の身体とは、一体どうすれば良いというのだ? まさか、人の死体を使うわけではないだろうし。だとするなら人工的にその肉体を生成しなければいけない訳で……。あぁ、もう訳がわからなくなっていく。
頭を抱え一人懊悩していると、不意にリリエルの飄々とした顔が目に浮かぶ。ベルはいつもニコニコしているが、彼女の笑顔は見たことがない。核に違いはないと聞いたが、性格自体はその主人格が担っているという。時に苛烈に戦闘をこなし、無慈悲に冷徹に敵を殲滅していく姿は、正にオートマタと納得する部分ではあるが、普段の彼女は物静かでただただ優しいメイドなのだ。寡黙で大人しいが、慈愛に満ち。それこそ世話を焼くのが大好きだと言わんばかり。ベルはその容姿と話し方もあってか、幼いイメージを拭えないが、たまにそばに来てくれる小さな光の子らを見ていれば納得できる。
――なんだかんだとさっきから言い募ってはいるが、結局はそう言うことなんだ。
「……そうだよ、俺ぁリリエル達がす――」
「あるじしゃまぁ! 昼餉の用意ができましゅたぁ!」
「うきゃ――!」
「うひゃ――! ヒャハハハハハ!」
その言葉を口にしそうになった瞬間、ドアが勢いよく放たれて、ベルが諸手を挙げて飛び込んでくる。驚愕して素っ頓狂な悲鳴を上げると、彼女も合わせて喚きながら爆笑する。
「どうしたですか? あるじしゃま?」
「……い、いや、特に何でも無いだです」
「だいだです?? アハハ! 変な言葉ですぅ」
「……はいはい、分かったから。食堂、行くんだろ?」
「ですですぅ! 今日は亀さんのスープで、『スンゴイ』らしいですぅ」
「……ミリアのバカタレが」
「ふぇ?」
「いやいや、何でも無い。さぁ、行こうぜ」
閉じた本を棚に戻し、彼女の背を押して部屋のドアを潜る。後ろ手に扉を閉めて歩き出そうとした瞬間、ドアの向こうで声が聴こえた気がした。
――がんばれ!
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