いずくんぞしゅあらんや



「……つまり、総てが夢ではなく現実だと」

「うむ!」


 カオスになってしまった修羅場の後、爆笑が収まってから俺は全ての話をもう一度、ミリアから説明を受ける。爺様との夢の邂逅は勿論、俺がその血を色濃く受け継いだということ等、余りに荒唐無稽で信じるなんてとても出来はしないと思ったが、リリエルが胸元を開き、その胎内に納めた精霊核を見せつけられると、口をパクパクさせるしか無かった。ちびっこのベルも「私のも見ましゅか」と言われた時は流石に断ったが、そう言うという事は、彼女もまたオートマタであると確信できた。


「――そうか。だからと」

「ふぅ~、やっと理解したか。難儀なお前様じゃ」


 ミリアがそう言って当たり前のように俺の隣に座ってくる。背にある羽以外は、唯の小さな耳長族と言っても過言ではない。まぁ、彼女等もコイツと同様、人間族とは違い寿命がないので見た目と年齢はそぐわないが、どうにもコイツの喋り方は、誰かのモノマネのようで胡散臭い。


「理解はしたが、納得したとはまだ言ってないぞ」

「なにぃ~?!」

「だってそうだろう、確かに俺は、爺さんの血筋である事に間違いはない。だが所詮、俺はその父親と妾の間に生まれた庶子だぞ? そんな生い立ちの俺に――」

「おい貴様――」



 ――貴様はその生まれに、なにか意味があると思うのか?



 ミリアのその言葉に、思わず息が出来なくなった。今まで話していた言葉とは、声音もその迫力も別物だったから。


「……い、いや、唯、爺様は貴族で偉い発明を――」

「はっ……これだから人間という者達は、見ていて馬鹿らしいのじゃ」

「だってそう――」

「よく聞けこの痴れ者。貴様は本当に人間に上下が存在すると思うのか? 国王は人間ではないのか? 貴族は斬れば青い血が流れるとでも? ではアヤツらは何だ? 人ではないなら何の生き物なのだ? まさか、神や上位の存在だなどと、馬鹿なことは言うてくれるなよ」


 続けざまに詰問してくるミリアに、返す言葉を見つけられず、どう答えようかと考えていると、またしても彼女は話を続けてくる。


「……アヤツらはただ、昔に功を上げただけの只人ただひとに過ぎぬ。人を束ね、護り、戦った。それを称えた昔の人間が敬っただけの事じゃ。よく考えろ、お前様はその貴族である父と、平民である母との間の子であろう。傷口から何色の血が流れた? 赤ではないのか?」

「……ま、まぁそりゃそうだが」

「であるなら、貴様の血も、先代主の血も同じということではないか。良いか? 我らを従えるのはその血ではあるが、そこに人間の物差しで言う上下などは存在せぬ」




 ――我らと主はそののだ、それこそがいにしえよりの約定であり契。永久とわに離れる事はなく、悠久の願いを交わした、唯一不変の証なのじゃ。




~・~・~・~・~・~・~・~・~





 ――あの日から既に一月以上過ぎていた。


 彼女たちの話を聞き、日々を暮らしていく中で、色んな事が変わって行った。常識がまず壊れ、感覚がどんどんズレていく。ミリアは精霊の王であり、この屋敷のすべてのマナを補っている。リリエルは毎日食材を取ってきますと言っては、この不帰の森を自由に駆け回り、見たこともないような魔獣を持ち帰ってくる。魔法袋から何時止まるんだと思うほどの量のワイバーンが出た時は、流石に腰を抜かしてしまった。Aランク冒険者がパーティを組んで戦うような相手を、この屋敷と同じくらいの高さまで積み上げ、あのどこからどう見ても童女のベルとともに、サクサク解体していく姿を思い出すと、未だに身体中が震えてくる。済まし顔で次々に皮を剥ぎ、内蔵を処理して捌いていく彼女リリエルと、ニコニコ顔で自分の何倍もの大きさの肉塊を、片手で持ち上げ「大漁でしゅ~!」と喜ぶ姿ベル……。ブルリと手が震え、しまったと思った瞬間、槌で思わず狙った場所とは違う、自分の手を打つ。


「イギャ――!」





「……お前様よ、ドンクサイにも、ほどがあるぞ」


 屋敷のリビングで、ベルが小さい手を、ヨイショヨイショと動かしながら、俺の手に包帯を巻き付けている横で、ソファにゴロンとだらしなく寝転んだミリアが、そんな事を言ってくる。


「うるせぇ、してたんだよ! ほっとけ!」

「は! まともに槌も扱えんのに考え事だなど、阿呆らしすぎて笑いもできんわ!」


 流石に反論できず、ぐぬぬと思っていると、ベルがキョトンとした顔で俺の傍に近づき、徐ろに頭を撫でてくる。


「主しゃまはいいこでしゅ~。毎日毎日がんばって、しゅごーしてるです~」


 ……修行な。


 ニコニコしながら可愛い童女が間近で俺の頭を撫でてくれる……。はたから見れば、微笑ましい親子のシーンに見えるかも知れない。だが違う! 眼の前に居るのは産まれて既にウン十年、片手で軽く大岩を砕けるほどの握力を持ち、ニンマリ笑いながら、魔獣を惨殺できるナニカなのだ! そんなおっそろしい、怪力童女が俺の頭をナデナデ……。擦り切れてないかな? 頭すり減ってないか? 内心そんな恐怖でおののいていると、彼女はニパっと笑い、その手をおろして「おしまいです」と言って、出した救護道具を片付け始める。


「……あ、ありがとうなベル」

「あい! ベルはいつでも主しゃまのため、がんばるでしゅ!」


 ニコニコとした笑顔のまま、部屋を出ていく彼女と入れ替わりに、リリエルが部屋に顔を出すと、昼食の準備ができたと伝えてくる。途端ミリアが「飯じゃ飯じゃぁ!」とソファから飛び立ち、それを見た俺がやれやれと言った感じで頭を振っていると、リリエルがそっと近づいてくる。


「……お怪我の方は大丈夫ですか?」


 傍に来て俺の隣にしゃがむと、包帯の巻かれた手をそっと包むように触れ、暖かな光を発して「癒やしを」と唱えてくれる。


 ――回復魔術。


 本来その魔術は回復系の白魔術師が扱う神聖系統の魔術だ。……人が属性魔術を磨き、修練を重ねて扱うことの出来る魔術。だと言うのに今俺の目の前にいる彼女? は人ではない。精霊核と言う特殊な『コア』を内包した、所謂自動人形なのだ。「オートマタ」と呼ばれる古代魔術で錬金された、意志持つ超古代の遺失魔導具アーティファクト……。


「……? 主様?」

「……え?! あ、あぁ、ありがとう、リリエル」

「いえ、とんでもございません」


 あ、アブねぇ……。リリエルはオートマタ、人間じゃない。だがその瞳、仕草を見ていると、いつも吸い込まれていきそうで……怖い。スラリと伸びた手足に金髪碧眼。少し気だるそうな眼差しはいつ見ても神秘的で……。あぁヤバイヤバイ! 思考がどんどんおかしくなって行く。


「じゃ、じゃあ錬金室に――」

「昼食の準備が出来ておりますが」

「あ、あぁ、そうだった! じゃ、じゃあ食堂に行くよ」

「……はい」


 変な思考に取り憑かれ、頭がおかしくなりそうだ。彼女は人間ではなく、魔導具だと心の中で何度も言い聞かせ、リビングを出て食堂に向かう。ワイバーンを涼しい顔で狩りまくり、平気でギルバートたちですら惨殺した彼女……。魅了の魔術を使い、人を惑わせ……魅了? そうか! 俺は今彼女の魅了に罹っているんだ! だから、彼女のことを好意的に見てしまうんだ。


 食堂に入ってテーブルを見ると、既にミリアが食事を始めている。彼女の後ろで、ベルが一生懸命パンを運んでいるが、あの量をミリアは食べるつもりか? などと思いながら、自分の椅子に近づくと、リリエルが何も言わずに椅子を引く。少し躊躇しながらも礼を告げて腰を下ろすと、リリエルはそのまま厨房に向かい、ワゴンを押して戻ってくる。



 何時ものようにスープに口をつけた途端、なんとも言えない芳醇な香りが、鼻を抜け、喉から胃までを一気に温めてくれる。よく煮込まれた野菜の滋味と、ハーブのハーモニーは素晴らしく、なんとも言えない深い味わいで、胃を活性化させてくれる。添えられた葉野菜に手を伸ばし、前菜へとスムースに食は進み、気づくとあっという間に出された料理のすべてを平らげていた。





「……なぁ、ミリア」

「なんじゃ、お前様」

「……リリエルって、全ての属性魔術が使えるのか」

「……さぁ、我はそこまで知らん」


 食堂で満腹になり、二人でリビングに戻ると、不意にそんな言葉を彼女に投げかけて見る。彼女は三人掛けのソファでぐでっとしながらも、俺の問いかけに返事をして、最終的には知らないと来た。……まぁ、言われてみればそうだろう。何しろリリエルを造ったのは彼女ではない。俺の爺様が設計、制作したものだ。


「でも精霊核はお前が用意したんだろう? 大体精霊なのになんで属性が幾つも使えるんだ?」

「……元々、あの精霊核……いや、精霊の成れの果てとでも言おうか――」


 そう前置いてからミリアは、いつの間にかソファに座り直し、ただ滔々と語り始めた。


 ――アレは言わば寄せ集めなのだ。……そもそもお前達人間は精霊をどう捉えている? 世界のどこにでも居て、力の源となるもの? 根源? 確かにそれは一つの答えでもある。が、一つであって全てではない。精霊は「世界そのもの」とも繋がっておる、世界の根源たるマナから産まれ、やがて自我を持ち、長い年月をかけて精霊の格を上げていく者たちも居れば、お前達のような人類と契約を結び、その力を他者のために振るう者たちも居る。……言わば精霊とは世界の一部であり、一人の個性を持った者でもあるのだ。


 故に、我の眷属とも言える精霊たちには、何より自由に生きて欲しい。


 だが……それを良い事に、利用され、自分の意志とは違う使われ方をしてしまう者たちも居る。精霊は純粋だ。故に善悪というものには頓着しない。と言うより、その善悪は貴様ら人類の物差しで作ったものだ。


 ――わかるか? 要は契約者が喜ぶことは、その精霊にとって全てなのだ。例えそれが、人類にとって脅威であろうとな……。


 ただそれを、黙って見過ごす様なエレクトラ様ではない。非道な行いをした精霊はその根源を絶たれ、徐々に力を失い、遂には力の行使を出来なくなってしまうのだ。そんな事になれば契約者達はどうすると思う? それでなくとも契約している精霊には、常に魔力を渡さなければならない。にも関わらず、いざ肝心の力の行使はできない。そうなると契約は不履行となり、一方的に破棄される。


 根源から絶たれ、自力で魔力の補充が出来なくなってしまった精霊が、契約すら破棄されてしまえば……残る道はただ消滅のみだ。


 我がそれを知ったのは、エレクトラ様からの忠告だった。「人と関わるのなら、人の善悪を教えろ」とな……。


 なぜだ? 何故、我らがそんな理不尽を受けなければならぬのだ? ならば、我らはもう人との関わりを止めると訴えたが、それは精霊たち自身が嫌だと……。


「……だから、せめて消滅してしまう前に見つけた精霊たちを、ああしてかき集めて生き長らえることが出来るよう、纏めて結晶化させたのが精霊核だ」

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