オートマタ


 ──ズルズルと尻を引き摺る感覚で覚醒する。誰かに奥襟を掴まれ、下半身を床に投げ出した状態で誰かが俺を運んでいる。未だ頭に痛みは残っているが、このままでは不味いと思い、声を出そうと顔を上げ、目を開いた瞬間に喚いてしまう。


「うぎゃぁぁぁ! って、なにを人の体に乗っかってんだ!?」


 先程から引き摺る主に、止まってくれと言おうと目を開けた瞬間、自分の下半身に跨った精霊幼女が俺を覗き込んでいる。だから、喚いた俺は悪くない。そう、断じて悪くはないはずだ。──なのに、なぜ俺の左頬に鈍痛が走るんだ?


「当たり前じゃ! 我の耳をよく見ろ。貴様らよりも長く、そして奇麗なこの耳を! こんな集音に適した耳の前で大声なんぞ張りおって……。あぁ、おかげでまだ耳の奥がキンキン言っておるわい」


 それこそ知るかと言いたかった。大体、俺は気絶しているのにその体に乗っかって、移動するとはどうゆう思考回路をしているんだと思いながら、はたと俺を運んでいたのは誰だと振り返ると、そこにはキョトンとした顔で、こちらを見下ろす先程の銀髪メイド幼女が立っていた。


「──起きましゅた?」

「え……。あ、あぁ、済まない。えぇと、君が俺を」


 運んできたのかと聞こうと考えたが、前提がおかしいと思い、それ以上の言葉は出せなかった。それに、いつまでも廊下の真ん中で、へたり込んでいても格好がつかないと思い、立ち上がってみると初めて自分の服装がおかしい事になっているのに気がつく。


 完全に開けたシャツは所々にちぐはぐな感じでボタンが留められ、ズボンは膝上あたりで辛うじて引っかかっている。まるで脱がせようとしていたのか、穿かせようとさせたのか、判断できない格好だ。慌ててズボンを上げ、シャツのボタンを直していると、幼女が笑いかけながら話しかけてきた。


「あぁ! ジュボンってしょうやって穿くんでしゅねぇ。ミリアしゃま! アレで良かったみたいでしゅぅ」


 ニパッっと白い歯を見せながら可愛い笑顔を見せると、ミリアにそう言って近づいていく。言われた彼女も満更でもないような顔で「ウム、儂の言うたとおりじゃろ。ワハハハ!」と何故か仁王立ちのような格好で大笑いしはじめる。何がそんなにおかしいんだと思いながら、着替えを直しふと前を見上げると、俺をこの家に連れ込んだ、メイドの格好をした女が立っていた。


「──あ、アンタ、いつからそこに」

「……朝餉の準備が出来ております。まずは食堂へ参りましょう」



◇◇◇



 食堂に入ると、これまたとんでもない装飾と魔道具の数に圧倒される。こんな場所は大貴族か王様くらいしか入れない場所ではないのかと、おどおどして周りを見回してしまう。中央には一体何人がここで食事をするんだと思うような長いテーブルが鎮座している。縁やその脚には見たこともないほどの精緻な装飾が施され、テーブル面はヘコミや歪みなど全く見当たらない。真っ赤なセンタークロスは金糸で縁取られ、当然のように燭台が幾つも並んでいる。材質は木なのか、石なのか全く判別できない。真っ白に輝き、鏡面のように磨き上げられている。備えられている椅子も同じ様になっており、腰掛け部分にはベルベットのような生地が張られていた。厚みのあるそれに尻を乗せると、昨日入ったベッドのような感触が返って来て、程よい反発で乗せた体を支えてくれる。しかも、俺はそのテーブルの上座の頂点部に座らされた。振り返ると壁には大きく家紋の入ったタペストリーが飾られており、家長席だとすぐに分かる。


「お、おい、ここは屋敷の主の席じゃないのか?」

「……そうですが、なにか問題でも?」


 席についた途端、彼女と、幼女メイドはテキパキとカトラリーを並べていき、精霊幼女「ミリア」は当然のようにそれを座ってみている。あまりの状況にただされるがままに流されていたが、おかしいと思って声をかけるとそんな返事が返ってくる。


「いや、……あぁ、そう言えばあんたの名前をまだ聞いていなかったな。そっちの小さい方も……ではなくて! 何で――」


 俺がこの席なんだと聞く前に、彼女たちは俺の前で姿勢を正す。そうして綺麗にお辞儀をしながら彼女たちはこう言った。


「――私達はこの家の先代当主様に創造されたでございます、私の個体名はリリエルと申します。そして」

「ベルでしゅぅ!」


「これから、幾久しくよろしくお願い申し上げます。今代のご当主様」

「ひさしく、おねがいしましゅ! ご主人しゃま!」


 ……は? 今代のゴトウシュサマ? オートマタ? ……ナニヲイッテルデスカ? その言葉を聞いて俺は思わず片言になってしまう。いや、100歩譲って当主の件は何となくだが理解できる。……爺さんの夢があったからな。――だが、その次。オートマタと、目の前に立つ二人は言った、もちろん名前は知っている。遺失文明時代に存在したであろうとされる「自立型魔導人形」魔導機を内包し、空気中に存在する魔素を取り込んで、魔力に変換し、それを用いて稼働する。人の補助をするとされた人形。ゴーレム等の魔法生物とは違い、魔導具の頂点とも言われたモノ。それが目の前にいる二人だと?!


 いや人間じゃねぇか。いやいやいや。目の前に立ってきれいなカーテシーをしているその仕草はどう見たって完璧メイドのそれだ。……まぁちっさい方はごっこに見えるが。そう! ごっこに見えるんだよ! そんな事、魔導具に出来るか? だいたいどうやって自我を……あぁ、頭がこんがらがってきた。


「……コヤツラの核には「精霊核」を使っておるのじゃ。故に自我を持っている」


 狼狽え、頭を抱えた俺の疑問がわかったのだろう。核心部分をミリアが当たり前のように答えてくれる。


「え?! じゃ、じゃぁ、この二人は精霊って事なのか?!」

「……似て非なるモノじゃな。この者達はたしかに精霊としての核を持ってはいるが、同時に器として実体を持っておる。つまり魔導具と一体化した「精霊の様なモノ」じゃ。それに考えても見ろ、精霊はそのものじゃぞ。そんな者達が、魔導機による魔素の補充などが必要だと思うか?」


  ミリアはそこまで言った後、思うところがあったのか、綺麗な顔に影を落とし、俯いた所で寂しそうな顔をする。そうして何かを口にしようとした時、リリエルが間に入るようにして食事を運んできた。


「先ずはスープをお召し上がりください。ミリア様のお好きな香草のスープです」

「え、あ、あぁ」



 ワゴンに載せられた小さな寸胴から湯気の上がるそれを掬い入れ、テーブルに置くとその横にいるベルが手提げかごに入った小さなパンをトングで摘み、皿にちょんと載せてくれる。途端パンからは何とも言えない香ばしい小麦の香りが漂い、湯気の上がったスープからも芳醇な食欲を刺激する匂いが鼻腔をくすぐる。思わず今まで考えていたことを放棄してそのままパンを掴んで貪りたいと思ってしまう。


「さぁ、ご当主様も」


 傍に立ったリリエルに促され、テーブルに置かれたカトラリーから匙を取ると琥珀色に澄んだきれいなスープを一口含む。途端、爆発したかのように口内をその香りと滋味が広がり、何とも言えない多幸感に包まれる。カチャカチャと音を立てているのにも気づかないほどに匙を掬っては飲み、気づけば皿はあっという間に空となっていた。


「フフ、沢山おかわりを用意しております。どうぞ、そちらのパンもご賞味ください」


 顔を熱くしながら、言われたとおりにパンを掴むとその柔らかさに驚いた。見慣れた固く焼き締めた黒パンとは違い、綺麗な焼色の付いたバゲットのようなものは、表面はパリッとしているが、噛んだ途端、中はもっちりとして、歯ざわりが何とも心地良い。思わずこちらもハグハグと瞬時に一つを平らげてしまい、はたと気づくと、目の前にはスープのお替わりとサラダが同時に並べられる。


「朝採れの新鮮な葉野菜でございます。横にあるソースをかけてお召し上がりください」




◇  ◇  ◇




 結局、そのままの流れで完食し、満腹になった俺はその充足感のせいで問い詰めることを忘れてしまい、案内されたリビングで暫し呆けていた。


「……どうしたんじゃ? 何をぽけぇと呆けておる。これからお前様には我の悲願成就のために――」

「ちょっと待て! 全く整理ができてねぇ。色々有るが先ずはどうして俺が当主になったのか教えてくれ!」

「なんじゃ? 貴様、昨晩ベルナンドに逢うたじゃろうに。何も聞いておらんのか?」


 ミリアの言葉にドクンと鼓動が跳ねる。……何故その事をコイツが知っている? だいたいアレは夢の中の話で――っ?! そう言えば、爺さんが主神様がどうのこのと……。


「ちょっと待ってくれ、じゃああの爺さんは本物の?」

「当たり前じゃろ。エレクトラ様がわざわざボケたお前様に解り易くする為に、ベルナンドの魂を貴様の精神世界で繋がらせてやったと言うに……はぁ、お前様ときたら」

「いやいやいや! 普通はそれこそ信じられないからな! 主神様だぞ?! 神様だぞ! え? 何俺の爺さんって何者なの?! あれ? これもしかして夢? ねぇ、俺――」


 ――バチィーン!


「……痛いですぅ」

やかましいわい! 何度も何度も現実から目を背けおって! ……お前様、本当はもう全部分かっておるのじゃろう? なのに何故それを否定しようとしておるのだ?」

「……っ!」


 ミリアの言葉に心の中を見透かされたような気がして一瞬言葉に詰まる。そう、頭の中では既に理解しているし、これが現実だということも分かっている。……でも。だからこそ逆に心は受け入れられていないのだ。ほんの2~3日前まで普通の底辺冒険者だったのに、こんな森の奥で伝説の家妖精に出会いその主になって、精霊の王との契約を果たすだなどと誰が思いつくホラ話だ。しかも昨晩の夢には主神様の計らいで爺さんの魂との邂逅まで果たせるなんて……。たとえ現実に起きたと分かっていても、にわかに納得できるわけがないじゃないか!


 そうして自分の中で頭の整理が追いついてくると、なぜだか無性に腹が立ってきた。


「言いたい放題言いやがって! ああそうだよ! 分かっているさ! 理解もした! でもな! それで心がすぐ納得すると思うか? 正直気持ちが追いついてねぇんだよ! お前にしたってそうだ。精霊王だと?! ほとんど神様みてぇな存在じゃねかちくしょう! 彼女らだって精霊核を持った魔導人形? はは! もう全く意味がわかんねぇ! 頭ポーンな感じだぜ!」


 あまりに腹が立ったため、意味不明で支離滅裂なことを喚き散らしてしまう。全てを言いきった後、周りを見ると全員がぽかんとした顔で俺を見つめていた。


「……な、なんだよ?」

「僭越ながらお伺いしたいのですが、「頭ポーン」とは?」


 皆が固まっている中、その注視に耐えられず顔を赤くしていると、リリエルが一歩前に出てきてそんな事を聞いてくる。よりにもよって、それを聞くのかと額から汗が流れた瞬間。


「ブハハハハハハハ! り、リリエル! お主、それを聞くのか?! ブハハハハハ!」


 盛大に床を転げ回るちびっこ精霊王を、射殺さんと睨みつけてやった。 



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