クリスマスは和菓子屋で

うたた寝

第1話


 クリスマスに恋人が居ない人間に人権は無いらしい。和菓子屋の店の中、その店のアルバイトとして彼女はレジに座りながら、盛大に頬を膨らませた状態で頬杖を着いていた。

 接客の態度としていかがなものか、とも思われるが、店の中にはお客が一人も居ないどころか、彼女以外の店員も居ないという状態なので、問題無いかもしれない。

 何でこんなことになったのか。それは先月、クリスマスのシフトを決める際にそうなった。

 クリスマスは誰もシフトに入りたがらない。恋人が居る人は恋人と過ごしたいだろうし、恋人が居なくたって友人などと楽しく過ごしたいものだ。街中が『クリスマス』というちょっと日常とは特殊な、楽しい雰囲気に満ちている中わざわざ仕事がしたい、という人も稀有なものである。

 彼女は恋人と過ごす予定も友人と過ごす予定もないが、クリスマスの街中はイルミネーションなどで綺麗に着飾られているので、それを見ながら夜の散歩をするのが好きだったりする。とはいえ、何故か、『私恋人が居るんで~』という理由はシフトに入れない理由として大分強く扱われる。お前恋人居ねーだろ、シフト入れよ、というバイトメンバーからの冷たい視線が彼女へと次々突き刺さった。

 どー考えても理不尽だと思うのだが、『何? 私たちの恋人との時間を引き裂く気?』みたいな視線にさらされ、何か勝手にこっちが悪者にされている。これでシフトを押し付けようものなら、聖夜に恋人同士が過ごす時間を奪った酷いやつ、ってことにされそうだったので、止む無くシフトに入ることにした。本当にもう、シフト押し付けたやつ全員クリスマスに別れればいいと思う。

 店長も店長で『クリスマスに和菓子屋なんかやってられるかい!』と一升瓶片手にどこかへ行ってしまった。それなら店を開かないでほしいと彼女は思う。ケーキ屋などの洋菓子店は大忙しなのかもしれないが、洋風のイベント時に和菓子の立場は弱いものである。

 店で閑古鳥が鳴いているせいか知らないが、店の中が異常に寒い。室内にも関わらず、制服の上から普通にダウンジャケットを着ているがこれでも寒い。風が吹かない分体感的にまだマシというだけで、温度自体は外と変わらないような気さえする。

 しばらく貧乏ゆすりと言う名の運動をしてその寒さに耐えていたのだが、彼女は室温を上げることにした。いつもは勝手に温度を上げると店長に怒られるが、今日は居ないので上げ放題。節電の意識は大事だとは思うが、それで風邪を引いては元も子もない。

 とはいえそんな過剰に温度を上げるわけでもない。とりあえず1,2度上げて様子を見ようと、彼女はレジから立ちあがり、壁に貼り付けてある温度を調節する機械の方へと向かったのだが、

「んっ?」

 途中、店の外の景色が見えたので方向転換し、店の入り口へと向かう。

 店の入り口のドアは上半分がガラス張りになっているので外が見える。そこから見えた外の景色が気になり、彼女は寒さに耐えるように体を抱きながらドアを開けて外に出てみると、

「雪だ……」

 見間違いではなかった。しっかり雪が降っている。それも降り始めという感じでもなさそうだ。地面などに雪が積もっている。

 道理で寒いわけだ、と彼女は体を震わせながら店内へと避難しようとすると、

「ん?」

 店の軒下で雨(雪)宿りしている男性が居た。天気予報では特に言っていなかったため傘などを持っていなかったのだろう。頭や肩に雪が積もっている。屋根のおかげで雪は凌げているが寒さまでは凌げない。彼の耳や鼻が赤くなっており、寒さに耐えるように小刻みに体を動かしている。

 スーツを着ているところを見るに会社員だろうか? 仕事帰りなのか、仕事中なのかは分からないが、クリスマスにお仕事とはご苦労なことである、と彼女は自分を全力で棚に上げて彼への同情と労いを心の中で送った後、

「あの」

 同じクリスマスに働いている同士だ。彼女は彼に声を掛ける。

「良ければ、中で雨宿りします?」



 お客が来たので堂々と室温を上げられる。お客様の快適度第一である。彼女がピピピピピーッ! と温度調整のボタン長押しで室温を上げていると、店に招いたお客さんが、

「本当にいいんですか?」

「いいんですよ。どうせお客も居ないですし」

「でもそれだけじゃ悪いから何か買いますよ」

「いいですよ、気遣わなくても。美味しくないですし」

「えっ? 美味しくないの?」

 出していた財布の手が止まる彼。雨宿りのお礼に商品を買うのはともかく、美味しくない物を買うのには抵抗があるらしい。まぁ、それはそうだろう、と彼女は大福を一個手に取ると、

「試食で食べてみます?」

「えっ? いいんですか?」

 試食と言うより、商品をそのまま一個渡されたので彼は聞いたが、

「いいんです、いいんです。期限今日までですし、どうせこの客足じゃこんな売り切れないですし」

 そう言って彼女は彼に差し出したのとは別の大福を手に取ると、封を開けて口へと放る。美味しいとも美味しくないとも言わない無の顔をしている。どういう表情なんだ? あれは、と思いつつ、彼もお言葉に甘えて大福を頂くと、

「………………」

 なるほど、言っている意味が彼にも分かった。そんな彼を見て彼女は聞く。

「美味しくないでしょ?」

「美味しくない、と言いますか……、」

 雨宿りさせてもらっている上、無料で頂いた商品を『美味しくない』とは流石に言えなくて、言葉を探しているのかと彼女は思ったが、彼は何かを探すようにパクッともう一口齧ってから、

「何か足りない気がしますね……」

 ほう、意表を突かれた彼女は口を丸くする。そして彼女ももう一口大福を口へと運んでみる。彼女は『美味しくない』とは言ったが、一方で『不味い』とは言っていない。故にコメントに困る味だと思っていたのだがなるほど。何か足りない、と言われればその通りなのかもしれない。

「……何かかけてみます?」

 足りないものは調味料で足せばいいんじゃね? という安直な気持ちで彼女がキッチンの方へと向かうと、

「ワサビとか合うと思います」

 彼のそんな声が飛んできた。ワサビ? 言葉の響きだけだと和もの同士で合いそうな気がしないでもないが、甘い物と刺激物の組み合わせなわけだ。責め過ぎでは? と彼女は思わないでもないが、物は試しか、とワサビのチューブを手に持って帰る。擦りたてがいいと言われるかもしれないが、流石にワサビは常備していない。

 言った手前食べなきゃいけないと思ったのか、彼は率先してワサビのチューブを大福にかけて食べ始める。口にパクッと放り込んだ瞬間、彼の動きが止まる。ヤバいか? と彼女はワサビのチューブと一緒に持ってきたバケツを手渡そうか考えていると、

「合う」

「うそっ!?」

 にわかには信じがたいことを彼が言うので、彼女はバケツを床に落とした。食べてみ、食べてみ、と彼が促してくる。彼女は恐る恐るワサビをちょこんと大福の上に乗せると、

「思ったよりいっぱいかけて平気だと思う」

「………………」

 コイツ、人に食べさせるからって無茶苦茶言ってないか? と彼女は疑心の目を向けるが、ええい女は度胸だ、とワサビをめいいっぱい絞り出すと、

「それは流石に掛け過ぎだと思う……」

「あんたが掛けろって言ったんじゃないかっ!!」

 とはいえ、掛けてしまったものは仕方がない。彼女は覚悟を決めて口へと放り込む。彼女の眉だけ微かに動いて固まる。彼が心配そうに見つめながらバケツを用意していると、彼女は一言、

「イケる」

「えっ!? ホントっ!?」

 真似して彼もワサビをめいいっぱい掛けて大福を食べてみると、

「いや辛いよっ!!」

 ちょっとアクセントにピリッと来るどころの騒ぎではない。口の中が大惨事である。彼が辛さに悶え苦しんでいると、彼女は嬉しそうに、

「やーい、ざまぁみろー。あー、辛い」

 美味しいと思わせて彼にも食べさせるため、必死に辛さを堪えていた彼女は舌を出して手で扇ぐ。表情はともかく、涙や鼻水などの生理現象を抑えるのは大変だった。彼女はティッシュで諸々処理していると、

「おのれ……、図ったな……」

 持ってきたバケツが役に立ったらしい。バケツから顔を上げて彼が恨めしそうに見てくる。

 いや、自分で掛けたんだろ、と思わんでもないが、まぁ多少引っ掛けはしたのは事実なので、お口直しとばかりにお茶を出してやる。それを飲んだ彼は素直に、

「あ、美味しい」

 と、口にする。そう。この和菓子屋、和菓子はともかくお茶は美味しいのである。もうお茶屋を開けばいいと彼女は思う。そしたら和菓子が多少美味しくなくても目を瞑ってもらえる。

 とはいえ、和菓子にも改良の兆しが見えた。何事も掛け過ぎはダメということだが、適量を乗せるようにすれば結構美味しいということが判明した。彼女は自分用にも淹れたお茶を飲みながら、

「しかし、よくワサビが合いそうって思いましたね」

「食べ歩きが好きで。色々奇抜だけど美味しい組み合わせを見てきたからかもですね」

「へぇ~。何か写真とかあったりします?」

「ありますよ~」

 趣味の話を振られて嬉しいのか、彼はニコニコしながらスマホを弄り、

「例えば、これとかお気に入りですね」

「……何ですか? これは?」

「見て分かりません?」

「ラーメンにパフェがぶっ刺さっているように見えます」

「正解! お酒飲んだ後の締めにパフェって流行ったじゃないですか? けどラーメンも捨てがたい。そんな方のための夢の食べ物です」

「一応聞きますが美味しいんですか?」

「これが意外と美味しいんですよ」

「えぇ~」

 とても美味しそうには見えないのだが、ついさっき、大福とワサビという合わなそうな組み合わせを見たばかりだ。意外に合う、というのはあるかもしれない。

「SNSでもちょっとバズったみたいですよ?」

「へー、そうなんですか?」

 SNSを一切やっていない彼女にはよく分からない話である。まぁ確かに、絵力は強そうではあるが。

「この大福も写真撮って、あとでSNSとかに上げてもいいですか?」

「ああ、どう、」

 ぞ、と言いかけて彼女は固まった。一応こういうの店長に許可取った方がいいのか? とも思ったが、まぁでも勝手に上げる人も居るしなぁ、と思い直し、

「ぞ」

 と、付け足した。

「? ありがとうございます?」

『どう』と『ぞ』の間に変な間があったことに彼は気になったようだが、許可は得たと解釈して写真を撮り始める。食べ歩いて色々写真を撮っている、ということもあって結構拘りがあるらしい。色んな角度でパシャパシャ撮っている。

 お店の商品、ということもあってか、彼は『どの写真がいいですかねぇ?』と彼女に聞いてくる。正直彼女には『どれも同じじゃね?』としか思わなかったが、拘りの強い人にそんなことを言おうものなら、永遠とその拘りを語られそうな気がしたので、

「これとかいいんじゃないですかねぇ?」

 と、適当に一枚指差した。彼はしばし顎に手を当てて考えた後、

「確かに。これがいいですね」

 納得したのか、お店の人の意見を優先したのかは分からないが、彼女の選んだ写真を否定はしてこなかった。そのことに彼女は一安心していると、彼が持っているスマホとは別にブーブーという振動音がした。恐らく会社用の携帯だろう。彼はそれを取ると、『ちょっと失礼』と彼女から少し離れ、

「お疲れ様です。……はい。……はい、えぇっと、そうですね。ちょっと雪の影響で帰りが遅れてまして……、はい……」

 何か今普通にウソを吐いたような気がしたが。さてはあいつ、サボってたな? ここで『お客様ぁ~』とでも電話の向こう側にも聞こえるように言ったらどうなるだろうか? 可哀想だから止めておいてやろう。

 彼は携帯を切った後、しょぼんとした様子で彼女の方に戻って来ると、

「呼び出しを受けたので戻ります……」

「そうですか……、お気の毒に……」

 心底戻りたくなさそうに彼はトボトボと店の入り口へと向かう。まぁ、クリスマスの中働いているだけでもテンション下がるだろうに、この雪の中戻ってこいなどと言われたら気持ちは分からないでもない。

 明らかに重たい足取りで彼が店のドアに手を伸ばすと、

「あ、」

 彼はお店を出る直前、彼女の方を振り返り、

「メリークリスマス」

 と、言ってきた。何か気恥ずかしいような気もするが、無視するわけにもいくまい。彼女は照れが残っているようにではあるが、

「メリークリスマス」

 言ってから、地味に初めてこの挨拶したかもな、と彼女は思った。



 寒い、眠い、寝たら死ぬかな? だが眠い。寒さのせいか、単純に暇なせいか、彼女が必死に眠気と戦いならが舟をこいでいると、

 ガラガラガラッ!! と店の戸が開いたので、半分眠ったまま体に染みついた条件反射で『いらっしゃいませっ!!』と挨拶する。

 彼女が顔を上げると、女子高生くらいだろうか? 女子が二人スマホ片手に恐る恐る入ってきた。

 クリスマスにお客が来る、というのも珍しいのだが、クリスマスじゃなくても女子高生が来るって珍しいな、と彼女は思いながら、あんまり見ていてもあれなので、目線を逸らす。あのくらいの年齢の子だと、大体お母さんとかと一緒に来ることが多かったりする。

 女子高生たちは店内をあれこれ物色した後、一人一個、ということだろうか、会計はまとめて大福を二個レジへと持ってきた。

 会計後、彼女はお客さんをお店の入り口までお見送り、去り行くお客さんの背に向かって、

「ありがとうごっ、」

 ざいましたー、と彼女が言おうと思ったら、入れ替わりにまた別のお客さんが入ってきた。『えっ?』と彼女は二度見したくなったが、その前にちゃんと『ありがとうございました』を言い直してから慌てて店内に戻る。

 店内に戻って『いらっしゃいませーっ!』と言った直後、また別のお客さんが入って来る。

『えっ? えっ?』と驚いている間にも、また、お客さんが入ってきて、『いらっしゃいませ』が間に合わない。お客さんの一人が商品をレジへと運ぼうとしているので、急いでレジへと向かう。

 何か知らないが急に忙しくなってきた。



 お客さんが来る。どんどん来る。というか来過ぎる。

 元々、クリスマスに和菓子屋にお客さんなんてほとんど来ないよねー、でも万が一来たら困るねー、ということで最低限の人数だけ店員をお店に置いている状態なのだ。こんな混雑するなんて想定が無いし、もちろん店員の手が足りない。

「すみませーん」

「はーい、ただいまーっ!」

「すみませーん」

「あ、少々お待ちくださーいっ!!」

「すみませーん」

「うがぁーっ!!」

 忙しさのあまり彼女は時折発狂しながらもお客さんを捌いていく。繁忙期にだってこんな混雑しないぞ、って量をたった一人で捌いた彼女は自分を自分で褒めたくなった。だって誰も褒めてくれないんだもん。が、その甲斐あってか、お店の商品が全て完売した。

 クリスマスに限らず、売り切れたって初なのではないだろうか? 綺麗に何も無くなった陳列棚を眺めて彼女はどこか清々しい気分になる。

 まだシフトの時間内ではあるが、完売したんだからもう仕事無いし、流石に帰っていいだろう、と彼女は店内の掃除をし、店の戸締りをして外に出る。

 いつもはバイトが終われば、バイト仲間の誘いも断って一にも二にも家へと直帰するのだが、予定外に早く仕事が終わったということもあるし、何より急な激務で疲れてお腹が減っている。

 何か食べて帰ろうかなぁ、と思った時、先ほど男性に言われたパフェラーメンをふと思い出した。こういう食べ物の冒険って彼女はあまりしないのだが、一応調べるだけ調べてみるか、と試しにスマホで検索してみたところ、この近くにあるということが判明した。

 これはもう行くしかないでしょ、と。彼女は地図アプリを起動させて店へと向かう。



 店の前に着いて『マジかよ……』と彼女は思った。営業日と営業時間はちゃんと調べたので、やってませんでした、残念、というオチではない。ちゃんとやっている。その証拠に20人くらいの行列になっている。これに対する、『マジかよ』である。ちなみに割合としては、『クリスマスに混んでいること』に対してが3割、『並ぶほど人気なのか』が7割である。

 普段食べ物屋で並んでいたらまず並ばず帰るのだが、ここまで来るとちょっと気になるので、珍しく並んで食べてくことにする彼女。暇なので店の公式ページやSNSなどで情報収集。アップされているラーメンの写真を眺めてみるが、合成かよ、っていうくらい、ラーメンにパフェがぶっ刺さっている写真しか出てこない。もう温かいのか冷たいのかも分かりはしない。

 かれこれ30~40分待っただろうか。何度帰ろうと思ったか分からないが、我慢して待ち続けた甲斐もあって、列の先頭に辿り着いた。次でやっと入れる~、と彼女が寒さゆえに早く店に入りたいのか、食べるのが楽しみで店に入りたいのか段々分からない感情になっていると、お店から食事を終えたカップルが二人出てきた。

 おっ、ということは? と彼女が期待に胸を膨らませていると、お店から店員さんが出てきて彼女に聞く。

「おひとり様ですか?」

「はい、そうです」

「こちらへどうぞ」

 そう言われて席へ彼女が通されそうになった時、

「あれ?」

 背後から聞き覚えのある声がして彼女が列の方を振り返ると、

「あっ」

 さっきこのお店を教えてくれたお客さんが居た。気付かなかったがずっと背後に並んでいたらしい。彼も彼女の声がするまで気付かなかったらしく驚いた顔をしている。

「会社からの呼び出しはもういいんですか?」

「チャットでも済みそうな内容でこの雪の中戻らされた挙句、その用事が終わったら帰っていいって言われました」

 朗らかな顔で言ってはいるが、心底イラついているご様子である。

「それでやけ食いに来たんですか?」

「まぁ、そうですね……。さっき話して食べたくなった、というのもありますし」

「私も話を聞いてちょっと気になっちゃいましてね」

「そうなんですね」

 そんな感じで談笑していると、

「あの……」

 店員さんの方が戸惑った様子で話し掛けてくる。彼女は店員さんの方を振り返り、

「あ、すみません」

 それからもう一度彼の方を振り返ってから、

「やっぱり、2名で」

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クリスマスは和菓子屋で うたた寝 @utatanenap

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