第06話 最終確認
「ふはははは」
王太子ルブランテは傍から見ても分かるほどに浮かれていた。
理由は単純にして明快。
かねてより熱を上げて入れ込んでいた
爵位自体はいささか低級だが、隣国出身の絶世の美女ともなれば他の子息を押しのけて根回しをし、何度も口説いた甲斐もあったというもの。
その上、いけ好かない
つまり、自分の完全勝利だ。
思えば昔から彼女は忌々しい存在だった。
王族である自分よりも物事に聡く、上流階級はおろか下民どもの世情にも精通し男女問わず人々に広く好かれていた。
しかしそれに比べて自分は王太子としては未熟かつ短絡的で、おおよそ次代の王の器ではないと常に陰口を叩かれてきた。
他にも王位継承権を持つ第二王子がいるものの順位と体が弱く、次期国王に指名される可能性が限りなく低いことは残念な限りであるとは、はてどの臣下が口にしていたのであったか。
『カムシール様がわたくしだけ無視をなされるのです……』
そんな折、ロゼッタの方から例のイジメ被害の相談が持ちかけられた。
正直ルブランテとて、まさかあのカムシールがそんな低俗なことをしていたとは思えなかった。
だが心を奪われた女からの訴えと、その瞳から流れる涙を見てしまった瞬間、それはルブランテの中で確証なき事実となった。
灼熱のように滾る義憤の炎と、それから少しの打算が胸中に浮かぶ。
――これをネタにあいつに詰め寄れば、公然とロゼッタと交際することができるのではないか?
かつて馬鹿王子と揶揄されたルブランテは愚かにもそんなことを考えてしまった。
そして実際に行動へと移した。だが結果は全部想像していた通りには事が運ばなかった。
あろうことかカムシールは平然と自分との婚約破棄を受け入れたのだ。
そのことでプライドが傷つけられすこぶる腹が立ったが、同時にこれはチャンスでもあった。
すべての原因をカムシールに押し付け、相手に対する不信感から此度の婚約解消は妥当だという筋書きにすることができそうだったからだ――と思った矢先、残念ことにカムシールの方からそれを言われてしまった。
だからこそつい声を荒げ、結局は勢いに任せて責任の所在をはっきりさせる前に話を切り上げる形となったのは反省すべきところではある。
だが、まあいい。
過程はどうであれ、もはやカムシールとは一切の関係性を断ち切ったのだから。
それよりも、これからのことに思考を巡らせるとしよう。
もちろんその内容は、『どうやってロゼッタに自然な性交渉の誘いを切り出すか』であるはず、だったのだが。
「おや、兄上ではありませんか」
そんな自分の不埒な思考を遮ったのは腹違いの弟にしてこの国の第二王子でもある、アイルゼンその人であった。
「隣にいるそちらの女性は? カムシール嬢とは違うようですが、彼女という婚約者がいながら他の女性をお連れになるのは如何かと。他の者から浮気と捉えられても仕方がありませんよ」
見た目こそ美丈夫ではあるが、母親に似て線が細く健康的には感じられない彼のことをひそかに見下していたルブランテも、流石にバツの悪そうな顔をする。
「ふん、あいつとは婚約破棄をした。だからもう婚約者ではなくただの他人だ。ゆえに浮気などと謗られる
「は?」
なんでもないようにそう言ってのけた兄のことが信じられず、アイルゼンは嫌悪を
「婚約破棄? まさか政略結婚のお相手を両家に断りもなく、兄上の一存で切り捨てたというわけですか? そのような勝手が許される立場にあるとお思いで?」
「あー、うるさい。……そうかアイルゼンお前、余が羨ましいのだな? こんなにも美人な女性を連れているのだからそりゃあ嫉妬してもおかしくないものな」
どうしてこうも見当違いも甚だしい考えに至るのかアイルゼンにはまるで分からない。
のちに歴史に悪評を残すかつての
「確認を取らせていただいただけで、とても嫉妬など。それよりまさか兄上はそちらのロゼッタ嬢を新たな婚約者にでもするおつもりですか?」
「うむ、当然だ。余のパートナーには相応の品格と容姿が求められるからな。その点で言えば正にロゼッタはどこに出しても恥ずかしくはない完璧な淑女だ」
「それでしたらなおのこと、カムシール嬢が適任だと思われますが。……いえ、とにかく兄上にはその決断を改める気はないのですね?」
「くどい、何度も言わせるな! 今更吐いたつばを飲み込めるか! これは未来の王の決定と同義と思え! 従って誰にも文句を言われる筋合いはない! 当然お前にもだ、アイルゼン!」
こうも強く言い切られては、もはや自分に口を挟む余地はなさそうだ。
短絡的な男だとは前から思っていたが、まさかここまでだとは……。
「父上には婚約破棄の件について余の方から折を見て伝えておく。だからお前は決して余計なことを口走るなよ! 行くぞロゼッタ」
「はいルブランテ様。それでは失礼いたします、アイルゼン様」
兄が城の廊下の曲がり角に消えていくのを無言で見届けたあと、アイルゼンは分かりやすく落胆のため息をついた。
「……やはり貴方は愚かな人だ。しかしおかげで罪悪感を感じずに済む。上に立つ人間がアレではこの国に未来はない、ならば私は王族として国民の繁栄と調和のために悪魔にもなろう」
それは後ろ暗い覚悟を決めた者のつぶやき。
もはやこれからルブランテに待ち受ける事態を止める手立てはなくなった。
最後のチャンスは確かに与えていた。
しかしあの男は気づくことはなく、かといって考えを改めることもなかった。
ゆえにアイルゼンもまた、兄にとっては救いとなる一言を決して口にすることはなく。
むしろ彼女の事が運びやすいように諸々の手配を整えるべく動き出すのであった。
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