第09話 自業自得
「でも昼間は焦ったね。まさかあの娘にあたしの正体が気取られるとは思わなかったからさ、つい演技を忘れて素に戻っちまったよ。まあどっかの色ボケた馬鹿王子はまったく気に留めてなかったようだけど。あの時あたしに騙されていたことをさっと自覚してカムシールに誠心誠意
その時の光景を思い出すとよっぽど面白かったのかくつくつとロゼッタは笑う。蠱惑的でどこか色っぽい、実に麗しき女暗殺者の姿であった。
「ぞん、な……」
一方で真実を聞かされ、急速に力が抜けていくルブランテ。
彼の心は信じるべきだった者を違えたショックで苛まれており、その深い絶望によって気力すら削られていった。
そうして次第にヒュー、ヒューと
「ぐぅ……、ううう……っ」
ルブランテの閉じかけた瞳から一筋の悔し涙が流れる。それは彼自身の後悔の現れか、はたまた好いた女から裏切られたものからくる感情なのかは本人にすら分からない。
「あっはははっ! とうとう泣き出しやがったよこの愚かな王太子サマは! いいねぇ無様で!」
しかしだからといってロゼッタの口撃が止まることはない。
まるでここにいないカムシールの分まで目の前の愚か者――ルブランテを非難するかのように、激しい言葉を浴びせる。
「アンタがあたしを手に入れようと必死になって真実の愛とやらを語る様は滑稽で、笑いを堪えるのにホント苦労したよ。でもそれ以上に、愚かで蒙昧で浅はかで憐れで間抜けで――無価値で無能なアンタを見ていていつも腸が煮えくり返りそうだったさ。その汚らしい目であたしの肉体が視姦されるのは気持ち悪かったし、やらしい手つきで触れられるのも生理的に無理で、だからずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとッ! 暗殺任務を抜きにしても個人的な感情でテメェをもっとも残忍でもっとも残酷でもっとも残念な形で殺してやりたかったんだよ、このゴミクズ! だけどようやくネタバラシも全部済んだわけだしこれでもう安心して――さっさと死になよ」
そうやって一通り本音をぶちまけたところで、服の下に隠していた太股のホルダーからシャッとナイフを引き抜く。
死に瀕する最中でさえ、その擦過音でこれからなにが行われるか気づいたルブランテはビクッと反応する。
「いや……だ……、じにだく、ない。たにょむ、ごろざないで……!」
もはや焦点の合わない瞳がなんとも頼りない。
これが、このような者が果たして本当にこの国を背負って立つつもりだったのかと問いたくなる光景だった。
「このごに及んで命乞いとは情けないねぇ。潔く散る王族としてのプライドすらないのかい。まあこのまま確かに放置してやってもいいんだけど、苦しんで死ぬのも嫌だろ? 第一、それで終わりじゃあたしがスカッとしない。……そら暴れるなって、手元が狂ったら面倒じゃないか」
狙うのはルブランテの心臓。
とどめは毒ではなく、自身の手で刺すと決めていた。
そうやって傲慢で浅慮な王太子にざまぁみろと死の報いを突きつけてやるのだ。かつて理不尽に命を奪われた自分の家族の分まで。
故に一切の躊躇も逡巡もなくロゼッタは馴れた様子で対象の体を蹴り起こし、一息にあっさりと抵抗なきルブランテの体にナイフを突き立てた。
「……っ! ……カ、……ル」
閉じかけていた目をカッと見開き、苦悶の表情を一瞬浮かべてピクピクと痙攣するルブランテ。
並行して口からブクブクと血の泡を吹き出し、やがて動かなくなった。
今際の際にかろうじて彼が声に出した者の名前は果たしてカムシールのものだったのか、もはや永遠に知ることはできない。
だがロゼッタにとってまったく興味のないことでもあった。
「さようなら、ルブランテ。楽勝だったけど最低で最悪なターゲットだったわ」
なにせ復讐達成さえできれば、それでよかったのだから。
「これで本当にアンタは自由だよ、カムシール。あたしの雇い主ともどもあとはもう好きにすればいいさ」
ふと誰ともなく一人つぶやき、ロゼッタは一つ笑みを浮かべた。
潜入を開始してからそれなりに日が経ったが、実際に面と向かって会話をしたのは今日が初めての公爵家のご令嬢。
噂通り聡明で理知的で、そして――思っていたよりも腹黒い。
すべてを理解しておきながら、それでも自分の行動を見過ごすことを選択するとは流石に思いもしなかった。
が、それだけ
「……さ、逃げる前に最後の仕上げをしないと。この国にきてからというものずいぶんと演技力は磨かれた気がするけども、さすがに泣きの演技はまだまだ発展途上といったところなんだよ。まあそこは状態込みでなんとかするとして、よし」
今しがた王太子の暗殺を完遂したとは思えないほど落ち着いた様子で、ロゼッタは自身の衣服に手をかける。
そこからなにをするかと思えば、次の瞬間衣服を勢いよく引き裂き――。
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