第03話 反撃開始
「カムシール貴様、なぜ余がこうもいきり立っておるのかまだ分からんらしいな」
「いえそのことは重々理解いたしました。ですが事実無根の嫌疑をかけられましても私にはなんら後ろ暗いことなどございませんし、お言葉ですがむしろ殿下の方こそロゼッタさんと結託して私を貶めようとなさっているのではありませんか?」
「貴様、言うに事欠いて余とロゼッタを愚弄するか! 曲がりなりにも婚約者だからといって調子に乗っているのか? こっちは貴様如きとの婚約なんぞいつでも白紙に戻してもいいのだぞ!」
ああ、とうとう口にしてはいけないことを。
でも言質は得られた。なので次に私が取るべき反応といえば。
「そうですかそれは結構なことで。殿下の方から私との婚約破棄を申し出られるのでしたらどうぞご自由に」
「ふん、大人しく許しを乞うのなら先刻の言葉は聞かなかったことにしてやっても……、おい、今なんと言った?」
「ですから、殿下からの婚約破棄のお申し出を私は甘んじて受け入れると申し上げました」
「なっ……!」
ここにきてようやく怒りから呆けたような表情に変わったルブランテだが、どうやら私の返答が信じられないといった様子でこちらを見た。
おおかた向こうとしてはどうか婚約破棄だけはやめてくれと私が情けなく
貴方との結婚に乗り気でない私が降って湧いたこのせっかくのチャンスを無駄にするはずがないでしょう?
「きっ貴様、今自分がなんと馬鹿なことを言っているのか分かっておりゅ、おるのか……⁉」
ああ、いい反応。
我が意を得たりとはならずに残念だったわね、私に婚約破棄を前のめりで受け入れられるなんてまるで想定外だったと、その間抜けな顔が教えてくれているわよ。
その表情が見られただけでもこの茶番に少しは価値があったかしら。
けれどもまだもの足りないので、この際他にも言いたいことを全部言わせてもらうことにする。
「互いに決められただけとはいえ、婚約者である私のことはまるで信じず、曖昧模糊として具体的な内容説明すらいただけないロゼッタさんからの一方的なイジメ被害証言のみ信用する殿下には、ほとほと愛想が尽きました。従って、婚約を解消なされるというのでしたら、私に殿下のご決断をお引き止めする謂れはございません」
あくまで否はそちらにある、と念を押すように重要な箇所を強調しつつキッパリとルブランテに告げる。どうせ理解はしてもらえないだろうが。
元から破綻していたこの関係、
「――っ、開き直りおって、貴様が自省する気も自らの非を認めるつもりもないことは分かった。ならば今この時をもってカムシール、貴様と今後一切の縁を切る! くだらぬ反抗心を捨てられずに将来の王太子妃になれなかったことを後で後悔するといい!」
しばらく呆気にとられていたルブランテだが、慌てていつもの傲慢な態度を取り繕うとそう言い放つ。
あくまで自身を正当化して精神的優位に立とうとしているが、そもそも王太子妃の座には未練がないし、なりたいとすら思ってはいなかったので脅し文句にすらなり得ない。
だから別に反論する必要はないのだが、最後にどうしてもこれだけは伝えておきたい。
「そのご心配には及びません殿下。私は大変満足しておりますので、どうぞ小生意気な公爵令嬢を捨ててやったと喧伝なさって結構ですよ」
「ふ、ふん、負け惜しみを……」
「ええ、そう捉えてもらっても構いません」
後悔が一つあるとすれば、もっと早くこの結末を迎えたかったということだろうか。
まあいい、これまで自分から切り出したくても切り出せなかった婚約破棄についての話を向こうからわざわざ振ってきてくれたのだから、それで良しとしようと思う私であった。
「もうよろしいでしょうルブランテ様、わたくし喉が渇いてしまいましたわ。どうでしょう、この後お茶にいたしませんか?」
いつの間にか面を上げていたロゼッタは、それまで纏っていた従順な小動物の雰囲気から獰猛な猛禽類のものへと変えていた。
やはり先程のいじらしい姿の彼女は演技だったらしく、当初の目的も済ませたからさっさと素に戻ったというわけなのだろう。
他人の機微に疎いルブランテはまるで気づいていないようだけれど、そうでなくてもこの些細な変化に気づける者は同性くらいなものかしら。
まったく、大した演技力だわ。
「おおそうだな、愚かしい女にいつまでも構っているのは時間の無駄だな。茶か、であれば静かに嗜みたいものだな。王城内にある余専用の茶室に招待しよう」
「まあ、それは楽しみにしておりますわ」
「ようやっと
私によるイジメが真実であるなら確かに正当な理由にはなるけれど、それを裏付ける証拠もなく一方的に婚約破棄を告げただけなのによくもまあそんなしたり顔ができるものね。
噛み付いてくるのが分かっているからもちろん口にはしないけど。
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