キスはしないで

西しまこ

第1話

 夫は浮気をしている。


 新しい下着を次々に買ってくる。新しい服も買ってくる。スマホは手放さない。こまめに美容院に行くようになった。――なんて、分かりやすい。

 いつも同じ。


 結婚して十年。夫の浮気はこれで三度目だ。……もう慣れた。

 一年くらい帰宅が遅い日が続く。「仕事が忙しくなって」

 そして、土日に家にいなくなる。「出張で」

 でも、だいたい一年くらいで熱は冷めるらしく、また「日常」に戻ってくる。

 それだけ。


 浮気をすると、セックスの回数が増える。――増えなくてもいいのに。罪悪感からだろうか。

 でも、ばかみたい、と思う。

 浮気をすると、セックスのやり方が変わるから。――微妙に。

 夫とのセックスはいつの間に、こんなふうに義務みたいなものになったんだろう。


 キスはしないで。

 もう、こころはないから。

 すべて、あなたの好きなようにすればいい。躰はあなたのもの。でも、こころはわたしだけのもの。


 あなたは娘の父親だから。

 そして、わたしは「仕事を辞めて家にいて欲しい」と言われて仕事を辞めて以来、働いていないから。

 あなたがいないと、生きていけない。

 金銭的に。

 家中をきれいにして、食事を用意し洗濯をする。娘の習い事の送り迎えをして、娘の友だちの母親とつきあう。学校行事に参加する。そして、あなたに笑いかけ、あなたがしたいときにセックスをする。

 それが「妻」の仕事。


 ただでも、もう子どもは要らないので、わたしは産婦人科でピルを処方してもらっている。夫は生理不順で通院していると思っている。

 幼いころはもっと違うものだと思っていた、結婚を。結婚生活に憧れもあった。夢もあった。

 暴力があるわけではない、冷たいことを言われるわけでもない、金銭的に不自由があるわけではない。――ただ、こころが乖離しているだけ。


 わたしのこころはいつでもここにはない。

 こころは切り離して、別のところにおいておく。

 でないと、生きていけない。

 わたしのこころはわたしだけのもの。


 だから、キスはしないで。



   了



一話完結です。

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