第9話 簡単な方法
少し不機嫌そうに髪を揺らしながら歩く姿を見ながら勝呂は少し思案した後魔女に言葉をかける。
「真島さん、この後はどこへ向かう予定ですか?」
彼女はちらりと勝呂の方へ振り返り、いつも通りに無表情に近い微笑みを返した。
「被害者の死体を見るのと、被害者の彼女さんを探すの……勝呂さんはどちらを優先すべきだと思いますか?」
彼女は言っていた、例の女生徒はおそらく次の標的として犯人から何かをされる予定だと。それを考慮すればまだ危機は去っていないと見られるため、通常その女生徒の方へ向かった方が良いように思われる、だが勝呂はまだ魔女から重要なことを聞けていなかった。
「それを選ぶ前に聞かせてもらえますか? 被害者がどのような方法で殺されたのかを」
「知りません、ただ手間がかかっていて強力な呪いだということだけですかね」
彼女は悪びれることなく淡々と告げてから、別にそこまで気にすることでも無いでしょうと肩を竦めた。
「ですが、殺害手段を知っていなければ対策を打ちづらいのでは」
「どうしてそんなことを気にする必要があるんですか?」
そう言いながら魔女は静かに鼻にかけたような笑いを飛ばす。彼女がそういった類の出来事の専門家である以上、勝呂は彼女に対して眉を顰めながらも何も言わずに言葉を待った。
「ああ……なるほど、いえこれは私も悪かったですね。ですがこの手の呪いは定番と言えば定番だから説明するのを失念してました」
一呼吸置いて、彼女はどう説明したものかと思案するように指で顎に触れる。やがて何かを決したように彼女は言葉を紡ぎ始める。
「死んだ人間が大事な人間であればあるほど、人は深い悲しみに落ちます。その死が理不尽であればあるほど、その傾向は強い」
「それはそうですが……それがどう関係するんですか?」
「……まあ、一応考えてみてください」
勝呂は想像する。自分の隣で恋人が頭を叩き潰されたように見える死に方をする。つい先ほどまで仲睦まじいといった様子で語り合っていたのにも関わらず。
教授の話を聞くに、二人は付き合い始めてから2,3カ月の月日を過ごしたということらしい、まさに幸せの絶頂期といった具合だ。それがいともたやすく、回避しようのない形で崩された。自分はどうすればよかったのか、恋人が一体何をしたというのか。
勝呂の頭によぎるのは、天罰という言葉。恋人、もしくは自分が何か悪いことをしたから巡り巡ってこのような死に方に至ったのだ、と脳が直感的に告げる。だが、それは欺瞞だ。少しでも自分の悲しみに納得感を与えるための嘘、あるいは誤魔化しでしかない。
そう、頭の奥底で理解する。誰かが悪いのではなかったとしても、誰かが悪いと思ってしまいたくなるのが人間心理だ。自分が悪いと思い込み自殺に走る人間だっているくらいだ。
他にも、喪失感や自分はそうなりたくないという逃避、自殺に繋がる理由だけはそこに溢れていた。
「色々要因はあれど、最終的には自殺するかもしれないってことですか? で、でも今回の件は魔女が犯人で……」
悪いのは犯人じゃないですか、と勝呂が言うのを遮るように彼女は言葉を拾い上げて続ける。
「あなたがどういう結論に至ったのかは知りませんが……犯人が判明すれば、そうですね。でもまだ犯人は判明していません、捜査状況を教えることもそう軽く行えるものではありませんし」
魔女は静かに目を伏せる。犯人を判明させるのは彼女の役目、彼女にしか出来ないことが密かに重圧としてその体にのしかかっていた。早く犯人を見付けなければ、それはほぼ確実に起こる。それだけの力を、魔女という生き物は所有しているのだ。
「魔法……魔法ですか? 魔法で考え方を誘導することが可能なんですか?」
「寧ろ物理的に人を殺害するよりもずっと簡単なんですよ、魔法で人の精神に干渉するのは……今回のような件であればちょっとネガティブになるように魔法をかけるだけでコトは済みます。その上証拠は魔女裁ですら見付けづらいものになる」
だから厄介なのだ、と魔女は呟き溜息を吐く。勝呂ははっとその女生徒の様子を思い出す。誰とも話したくないといった様子で聞き取りを拒否する彼女は、今にもどこかへ身を投げそうな儚さを醸し出していた。
そんなことはよくあることだと、勝呂は簡単に考えていた。だが事態はもっと深刻だったのだと思い直す。
「真島さん、今すぐその女生徒の……
自然と自殺へ向かう人はしょうがないと普段の勝呂は諦める。だが……自殺へ向かうように仕向けられた人間を放ってはおけない、そう思いながら彼は駆け足で研究棟を抜け駐車場へかけていく。
「これが罠でなければ、良いんですけどねぇ」
手口がやけに挑発的でありながらそれでいて周到に見えるのをひしひしと感じながら、魔女はやはりこうなったかと思いながら小走りで勝呂へついていく。
魔女が為の魔女裁判 松神 @matsugami
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