第32話【エピローグ】
【エピローグ】
ああ、またやっちまったな。
それは意識が戻った時、ゴンが真っ先に思ったことだ。
やっちまった、というのは、戦闘中に負傷して医療施設に収容され、医師や看護師の世話になってしまうということ。
手厚く処置してもらえるのは有難い。だが自分がヘマをしなければ、人員も薬品も他の負傷者のために使えたはず。
それなのに、自分が今回のような大規模作戦で負傷してしまうとは。
「ったく、俺としたことが……」
ベッドに横たえられたまま、ゴンは大きな溜息を一つ。同時に右手で、禿頭に滲んだ汗を拭う。
「ん?」
違和感を覚えた。後ろの右腕の感覚が妙なのだ。試しに左腕も動かそうとするが、妙な違和感がある。
自分に何が起こったのか察しがついて、再びゴンは溜息。
「俺の後ろ腕、食われちまったのか」
よくもまあ、今まで俺に仕えてくれたなあ。
ゴンにとっては、後ろ腕の消失よりも、その後ろ腕がいかに役立ってくれたかという労いの気持ちが大きかった。
いっそ、自分が死んだら同じ棺桶に入れてやりたいくらいだ。が、今その後ろ腕は、恐竜の腹の中、それも海中で結界によって封じられたところにある。取りに行くことは不可能だ。
今の自分の状態からして、どのくらい困難な依頼を受けられるだろうか。
それを考え始めた時のこと。
「ゴンの目が覚めたって!?」
ベッドを囲むカーテン越しに、妙に甲高い声が響いた。同時に誰かがこの医務室に駆け込んでくる。
ばさり、と乱暴にカーテンが引き開けられ、予想通りの人物が現れた。
「ゴン、意識戻ったんだよね? 大丈夫だよね?」
「あー、まあな。ケレン、今何時だ?」
「夜の八時だよ」
ふむ。午後一杯、俺は眠っていたのか。
「お前は元気そうだが……。レベッカはどうした?」
「いやもう凄かったよ! メリッサで恐竜を引っ張ってきて、思いっきり海に――」
「はいはい、分かったよ」
俺が訊きたいのは、今のレベッカの状態だ。作戦概要の復習をしているわけじゃねえ。
そう言おうとした時に、渦中の人物がカーテンを引いて入ってきた。
「よっ」
「おう」
レベッカとの実用的な遣り取りは、この程度で済んでしまった。
ゴンはさっき考えていたこと――どのくらい自分が戦力になれるかということを、再び考えこもうと試みる。しかし、何か重要なことを忘れているような。
「ん、ああ」
「どうしたんだい、ゴン? 生返事だなあ」
「ケレン、お前の親父さんはどうなった? 地下のラボでほったらかしにしてきちまったが」
すると、ケレンの顔が不快に歪んだ。
「誰があんな酷いやつ、父親だなんて認めるか!」
「恐竜を葬ってから、警察によるラボへの取り調べが入った。結局動けずにいたらしい。今までかけられていた疑いについて、全て認めたんだとさ」
レベッカが淡々と述べていると、話が進むにつれてケレンの表情に笑みが浮かんできた。
「おいケレン、お前、悪役を気取ってんのか? そのへんのガキと変わらんぜ」
「ああ、気に障ったらごめん。でもさ、父さんの今までの発明品って、何もかも無駄、ってわけじゃなかったんだ」
「ほう?」
腹筋と背筋だけで身を起こしたゴンは、ケレンと目線を合わせた。
「実はね、ゴン。君が気を失っている間にいろいろと調べたんだ。すると、父さんが開発していた義手・義足の技術が、ゴンの後ろ腕の回復に活用できそうなんだって!」
「何?」
ゴンは顎に手を遣った。あのポンコツ発明家が、そんな研究までしていたとは。
「こう言っちゃなんだけど、ゴンの負傷具合が義手の開発にちょうどいいとか、って聞いたよ。もちろん、まともな医療工学の先生に診てもらって、ってことだけど」
「つまり、俺はまだ戦えるのか?」
「あっ、えーっと……」
「義手の安全性の確保、お前の腕に装着する手術、実戦的な駆動実験……。やらなきゃならないことは山積みだけどな。こればっかりは、魔導士たちも手が出せないそうだ」
腕を組んだレベッカが、無感情に答える。
そうだ、この『鉄壁さ』こそ、彼女がレベッカ・サリオンたるゆえんだよな。
「もうちっと眠らせてくれ。俺もいろいろ考えておきたい」
「了解。行くぞ、ケレン」
「わわっ! 待ってよレベッカ!」
警官と罪人よろしく、レベッカとケレンは病室を出ていった。
※
一ヶ月後。
「さあ、ゴンさん。神経接続は完了です。試しにゆっくりと動かしてみてください」
医師の指示に従い、ゴンはやや広めの個別運動室で後ろ腕を回してみた。左右共に義手だ。
「お? おお。何だか違和感がねえですぜ」
「それはよかった」
医師はゴンの感想を聞いて屈託のない笑顔を浮かべた。
「今装着したのは、飽くまでも骨格部分です。頑丈ですが、しばらくは無茶をしないように」
「世話になりやした、先生」
「いえ、それが私の仕事ですから」
ゴンはさっと立ち上がり、大きく頷いてから手術室を出た。
廊下に配された長いソファに、レベッカが腰かけている。
「おう、どうだった? 新しい腕は」
「改めて動かしたが、もうとっくに俺の手足みてえなもんだな」
「ふーん」
レベッカの素っ気ない態度を気にすることなく、ゴンはあたりを見渡した。
「おい、ケレンは?」
「今、携帯端末で連絡したところだ」
「携帯? 一緒にいたんじゃ――」
いたんじゃないのか、と言おうとしたゴンの眼前で、小さな竜巻状の何かが渦を巻いた。
「うっく!」
「ビビるなよ、ゴン。お前らしくもねえ」
四本の腕で自分の頭部と胸部を守ったゴン。彼が腕を引き、目を開けると、そこにはケレンが立っていた。
「なっ!」
「あ、やっぱり驚いた? 僕、ここまで習得したんだよ、テレポート魔術!」
流石にジンヤやセドたちに比べると雑だが、確かにケレンは突然この場に現れた。
次はテレパシーの発信技術を習得するのだと、ケレンは息巻いている。
「ケレン、それじゃあお前、しばらくローデヴィスに留まるつもりなのか?」
「うん。僕みたいな親なしの子供を、一人でも多く助けたいんだ」
「はいはい、随分とご立派なお志をお持ちのようで」
レベッカの嫌味を気にかけず、ケレンは目をきらきらさせている。
ちなみに恐竜については、三人が同様の見解を示していた。
窒息死したまま、ずっと封印されたままになるであろうということだ。
問題は、未だに小型の食人獣による襲撃があるということ。
だが、魔術と科学の分野横断的な兵器開発が急ピッチで進行し、食人獣たちの早期発見と迎撃体勢の整備が着々と進んでいる。
「ねえ、外に出ない? どうしても、薬品臭いところは苦手で……」
「異議なし。ゴン、てめえは?」
「ん、まあいいだろう。付き合うぜ」
※
秋の気配とでも言うべきだろうか、眩しいほどだった街路樹の緑の葉が、徐々に色あせてきていた。
ふっと風に頬を撫でられ、ケレンは片手で頬に触れた。戦闘で負った傷だ。
とっくに処置の終わった軽傷。薄っすらと傷痕が残ってしまったが、ケレンはそんなことを気にしはしなかった。
正直、傷痕のことなどどうでもよかった。別件で、ケレンは緊張していたのだ。
ごくり、と唾を飲む。その間に、両手が急に汗ばんでくる。
「そんじゃ、ゴンとケレンはここに残るんだな?」
「だな」
メリッサに乗って、病院の正面玄関から再び旅立とうとするレベッカ。
今はちゃんとヘルメットを被るはず――だったのだが。
「レ、レベッカ!」
「あん?」
わざと面倒くさそうに視線を遣ると、ケレンはまっすぐに、強い目で見返してきた。
「ど、どうしたんだ?」
「あのっ、これ!」
腰から身を折ってお辞儀しながら、ケレンは拳を突き出した。そっと手を開く。
そこにあったのは――。
「こ、これ……。安全祈願の?」
「うん、レベッカだけ別な仕事でどこか行っちゃうと思ったから、先輩の魔導士たちと協力して錬成したんだ。お守りの宝石……」
しばし、レベッカは無言でケレン宝石とを交互に見つめていた。
「あ、えーっと、その……。まあ顔を上げてくれ、ケレン」
「う、うん」
「……ありがとな」
ケレンの目が、パッと強く見開かれる。その顔は既に真っ赤だ。
一方のレベッカはといえば、顔を逸らしてフルフェイスのヘルメットを手に取るところだった。
「卑怯だぜ、ケレン」
「えっ?」
「ま、またどうせここには来るから、その時までくたばるんじゃねえぞ! じゃあな!」
レベッカ本人もあずかり知らぬことだが、彼女もまた、微かに頬を朱に染めていた。
それに気づいたのはゴンだけ。腹を抱えて大笑いしたかったが、そんなことをすれば間違いなくレベッカに殺される。
「ケレン、魔術以外の勉強もちゃんとしとけよ」
「……」
「ケレン?」
ああ、駄目だ。恋は盲目とはよく言ったものだが……。
結局、ゴンにできたのは、全身を活かしてやれやれとかぶりを振ることだけだった。
THE END
血戦目録 -食人獣駆逐データファイル- 岩井喬 @i1g37310
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