虚無猫

ひゐ(宵々屋)

虚無猫

 夜は虚無のもやもやがたくさん生まれる時間です。


 日が沈んで静かになった世界で「何故こんなことをしているのだろう」と虚無感に苛まれる人間が多いためです。彼らはかわいそうに、虚無に悶々と悩まされ、眠ることができず、そのまま朝を迎えてしまうのでした。


 それをどうにかしたいと思った神様が、世界に一つ、ルールを作りました。朝が来たら、夜が来る。いいことをしたら、いいことが巡ってくる。信じる者は救われる。そういったルールに、新しいものを作ったのです。

 それこそが「虚無猫」でした。


 夜、人々が虚無感に苛まれ、虚無のもやもやを生んだのなら、それは猫の姿になって人々の目の前に現れる――それが、新しい世界のルールでした。


 人々は最初こそ、驚きました。悶々としていたら、部屋の中に猫が現れるのですから。けれども虚無猫が「まーお」と鳴いたのなら、皆、その頭を撫でずにはいられません。誰もが虚無猫をかわいがり、遊び相手になりました。

 そうして遊んでいるうちに人々は寝てしまいます。


 朝になれば、虚無猫は消えてしまいます。そして目覚めた人々の心も晴れやかになっています。

 虚無は人々を苛むものから、人々を癒すものへ変わりました。苦しいときに必要なのは、温かくてかわいいものです。つまり猫。神様の計画は、人類に効果てきめんでした。


 ただ、虚無猫には一つ、問題がありました。

 虚無猫は時々、人間の上に乗って寝てしまうことがあるのです。眠ってしまった人間の、絶妙な場所にくっついて寝ることもあります。


 こうなれば、人々は我慢を強いられました。お腹に乗られて呼吸が苦しくても、我慢。頭に乗られても、我慢。寝返りを打ちたくても、我慢。


 虚無は、人々が相手にするにはとても難しい存在でした。

 猫になってしまえば、人々はなおさら手出しができなくなってしまったのです。猫ですから。



【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虚無猫 ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ