AI商売

結城藍人

AI商売

 そんなに割は良くないバイトだと思う。最低賃金ギリギリの上、4時間のあと1時間休憩をはさんで更に4時間の連続勤務だし、三交代シフトで夜勤や深夜早朝勤もあるし。でも、やることは楽だ。


 ユーザーからの問い合わせに、文字入力のチャットで答えるだけ。質問内容に関するネット検索の使用は自由。引用も自由。別に書籍とかWebサイトとか作るワケじゃなくてチャットで質問に答えてるだけなんで、引用元とかの明記も不要。内容が正確である必要すら無い。それっぽく読めるなら、適当に書いてかまわない。


 ユーザーからの問い合わせも四六時中あるワケじゃないので、問い合わせが無いときは適当に暇をつぶしててもいい。


 トイレとかは休憩時間に済ませることになっているが、どうしようもないときは離席も可。そのときは、画面に「臨時メンテナンス中」と表示されるボタンをクリックしておく必要があるけど。


 あと、質問内容が難しくて、すぐに返答できない場合は、「時間稼ぎ」ボタンをクリックすると、画面に「プログラムに不具合が発生しました。現在再起動中。Please Wait……」と表示されて三分ほど時間が稼げるので、その間に対応策を考えるか、社員の人に丸投げする。


 これが一体何のバイトなのかというと、最新鋭の対話型AI開発のための対話パターン類型の蓄積のためのデータ収集なんだそうだ。こうやって、本物の人間がチャットして対話している応答をAIに読み込ませて、AIが同じように応対できるようにするための研究なんだとさ。


 このバイト先は国内のAI研究スタートアップベンチャーとしては、そこそこ名が通ってる会社だけあって、設備はなかなか豪華だ。綺麗なオフィスに最新のPCやネットワーク回線、椅子や机も長時間座ってて疲れないような人間工学に基づくヤツで、しかもピカピカ。


 もうすぐ東証グロース市場にIPO(株の新規公開)をして、さらにたんまりと資金を集める予定だそうな。


 まあ、こちとら一介のバイトに過ぎないんで、きちんとバイト代さえ払ってくれたらそれでいいんだけどね。


~~~~~~~


 ところが、ある日突然、部屋に検察が入ってきた。警察じゃない、検察だ。東京地検特捜部。ニュースやドラマでしか聞いたことがない組織が目の前に居る。


「実態の無い成果を示してのIPOは詐欺と株価操作の両方の側面を持ちます」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているであろう俺に、捜査官のひとり――俺よりは年上だけど、まだ若い女性だった――はそう言った。


「実態が無い……ですか? でもこうやってAIを作るための研究データを集めてるんですよね? 今すぐにAIができなくても、作ってる最中なら別に詐欺にはならないんじゃないですか?」


「あなたのやっていることが、本当に『研究データの収集』ならね」


「へ?」


「契約上の守秘義務、あるんでしょう? 自分の仕事内容を他人に話さないようにという項目」


「あ、はい」


 確かにバイトの契約のときに、そのことは特に念を押された。まあ現在一番ホットなAI関係の最新研究をやっているんだから、大した内容じゃなくても研究内容は秘密にしたいんだろうなと思ったんで、気にもしないで捺印したけど。


「あなたがやっていたのはね、AIだと思って質問してくるユーザーにそれっぽい答えを返すこと。研究中のAIなんて無いのよ。AI研究という、今一番資金を集めやすいところで『最新鋭AIに匹敵する人間的な反応をする対話型AI』という派手な成果を見せて、集まってきた金をくすねて逃げようって詐欺だったのよ、この会社は」


「はぁ!?」


 そう言われた上で改めて考えてみると、データ収集目的だったら、あの「時間稼ぎボタン」って確かに要らないよな。


 そう思い至って唖然とした俺に、捜査官の人は肩をすくめて言った。


「話題になってるチャットAIって言っても、素人ユーザーが質問することに対する答えなんて『ネットで適当に調べた知識をそれっぽく書くだけ』でしかないのよ。それがAIによる全自動で行われているから話題になってるけど、実態なんて、あなたがやっていた最低賃金のバイト程度のことなんだから」


 そう言うと、ニヤリと笑って、こう続けた。


「でもまあ、今のところはAIよりは人間様の方が賢いみたいね。こんな詐欺商売、さすがにAIじゃあ、まだできないでしょうから」



~~~~あとがき~~~~

この前書いたAIもの短編とは真逆の内容になりました(笑)。

実はChatGPTって、やってること自体は「ネットで適当に検索した内容をそれっぽく書き散らしてるだけ」なんですよね(笑)。確かに、それを全自動で短時間にできるってことが凄いことではあるんですけど。

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