デルムントの鏡

星野☆明美

   プロローグ☆骨董市

木曜の早朝。

まぶしい朝日が差す中でまるで夢の中を歩いてでもいるような錯覚を覚えた。

大半は古いお皿やテーブル、箪笥。着古した着物、舶来ものの古びた壷、古本・・・。

そんなものが並んでいる市に私はいた。

ポケットに大事な一枚のコインが入っている。取り出して太陽にかざすと、コインは銀色に輝いた。

この素敵なコインと交換にできる品物は果たして見つかるだろうか?

「問題は、このコインと同等、或いはそれ以上の価値がある、って私が思うかどうか、なんだよね」

大事に大事にポケットにもう一度しまいこむ。


「ドゾアじゃないか」

近くで男の人が古本に飛びついていた。

「もうこれは廃盤で、翻訳もされないって聞いてたぞ!」

その男の人は店主と交渉の末、ホクホク顔で大枚はたいて本をてにしていた。

他の人からすると、なんであんなボロボロの本にあんなにお金を出すのかわからないけれど、その男の人にとってはそれだけの価値があったのだ。

私も急いで捜さなきゃ。この調子だと学校に遅れちゃう。


キラリ。

何かが光った。

私は目を細めて「それ」に近づく。

ぼろ切れを掛けてあって見逃しそうだけど、下から年代物の凝った装飾で縁を飾った鏡が出てきた。

「そう、あなた、私に買ってほしいの?」

でも、ちょっと躊躇する。

「お嬢ちゃん、その鏡は千だよ」

横から店主が言った。

「残念。五百しかもってないの」

「じゃあ、こうしよう。来週の木曜の市までに売れてしまわなかったら、その時は五百でいい」

「わかった」

そう言って立ち去る私に、その鏡の奥から向こうの世界が呼び掛けていた。待っている、とそれは言っていた。



   第1章☆13日の木曜日

次の週の木曜は13日だった。

弟の海斗が

「つまんねーの。13日の金曜だったら良かったのに」

と、カレンダーにあかんべーした。

私は苦笑しつつ、出掛ける用意を手早くした。

「こんな朝早くから学校かい?」

パジャマ姿の父さんが怪訝そうに聞いた。

「骨董市に行くの。欲しいのが待っててくれるかもしれないんだ」

「ふうん。・・・ちょっと待て」

「何?」

「お前に見せたいものがある」

父さんが二階に向かったので、ついて行く。海斗も私の後ろをついてくる。

「これ・・・」

くだんの鏡がクローゼットから出てきた。面食らってる私を見て、父さんは言った。

「先週、出勤途中でどうしても足が吸い寄せられてね」

「・・・いくらだった?」

「三千」

「今日、五百のはずだったのに」

「あちゃー」

父さんが頭を抱え込んでしかめっ面をした。

「こら、ダメじゃない」

私は鏡に向かって言った。

父さんは自分に言われたと思ったみたいで、

「この鏡買ったの、母さんには内緒、な」

と言って、私にくれた。

「いいなー。陽子姉ちゃんばっかり」

「へへん、だ」

私は鏡を大事に持って子供部屋に行った。


夜中。

海斗が合わせ鏡をして遊ぶと言って聞かなかった。

「何にも起こらないよ。早く寝ましょう」

私は大あくびした。

母さんの使っていないコンパクトの鏡を持ち出して、海斗は目が冴えている様子だった。

「13日で金曜なのは、ほんの一瞬だけどもうすぐだから」

カチカチカチカチ・・・

部屋の鳩時計がブウンと音をたてる。ちょっと怖くなった。

鏡と鏡の間に無限の繰り返し世界ができる。

パッポウ、パッポウ、パッポウ、・・・。

鳩が12回時刻を告げると、扉が閉まって、鳩は中に引っ込んだ。

しんとした夜の静寂が訪れる。体の芯まで染み入るようだ。

「ほら、もう寝よう、海斗」

「ん・・・」

二人が二段ベッドの方に向かおうとする。

その時。

「呼び出しておいて、それはないだろう」

と男の声がした。

振り向くと、白と黒。二人の対照的な男が立っていた。

外国人かな?彫りの深い顔立ち。でも日本語でしゃべってる。

白いシルクハットと白い燕尾服の男がデルムント。

黒いシルクハットと黒い燕尾服の男がノメド。

「鏡の中に遊びにおいで」

「行く行く!」

「海斗!」

「陽子姉ちゃん嫌なら残れば?」

「でも・・・」

「この鏡の持ち主は陽子だ」

ノメドが言った。

「陽子の意思に我々は従う」

デルムントが言った。

「明日も学校が・・・」

「時間は止まっているよ。今なら自由になんだってできる」

鳩時計が凍りついたように動いていなかった。

「行こうよ陽子姉ちゃん」

海斗の瞳がキラキラしてる。

「わかった」

深呼吸して、ちょっと目を閉じたら、次の瞬間、四人は鏡の中に入っていた。



第2章☆ノメドの正体

 古風な外国製の城が曲がりくねった道のはるか向こうにそびえ立っていた。

「ここを歩くの?」

海斗がぶつくさ言った。

「私の言うことを聞くならあっという間にお連れしますよ」

ノメドが海斗に言った。

「聞く聞く!」

軽いノリで返事した小学3年生は、ノメドが呼び寄せた黒い雲に乗って、あっという間に飛んでいってしまった。

「海斗!ノメド!」

私は青ざめて呼び止めようとしたが、二人の姿はかき消えてしまった。

「陽子。海斗を助けに行かなくては」

デルムントがシルクハットに片手をかけて、白い霧を呼んだ。

ピューイ。

デルムントの口笛で馬車がやって来た。

「さあ、乗って」

「ええ」

馬車に揺られながら、デルムントは優雅に懐から水晶球を取り出して中を覗き込んだ。

「きゃあ。なに、あれ?」

私は水晶球の中に、弟を捕まえた恐ろしい黒い生き物の姿を見た。

「ノメド。nomed ・・・逆から読むと?」

「Demon デーモン?」

「そう。彼は13日の金曜日の合わせ鏡の悪魔」

「・・・あなたは?」

「時空間を旅する者」

デルムントは、13日の木曜日と14日の金曜日が交差した時空間に呼び寄せられたのだという。禍転じて福となす。彼がいることはかなりのラッキーだと思われた。

「陽子。諦めなければ、必ず海斗を取り戻してもとの世界へ帰れるよ」

「わかった。デルムント、私に力を貸してね」

「もちろん」

口の端を上げて微笑むデルムント。とても心強い味方。

馬車は霧を抜けて、古城の前にたどり着いた。

「海斗!必ず一緒に帰るからね」

私はそびえる城を見上げて誓った。



   第3章☆劈開

ゴツゴツゴツ。

デルムントがドアノッカーを叩くと、大きな木戸が開いた。

「何の御用で?」

背むしの門番が不気味に聞いた。

「用はない」

デルムントがそういうと、なぜか中へと入れてもらえた。

「主が困っています」

モノクルを片眼に嵌めた背の高い男が何の前触れもなく現れて私たちに言った。

「幼い子どもがガラスの中にダイヤを置いてしまい、どれが本物のダイヤか見分けて欲しいのです」

デルムントと私は城の奥の部屋の一つに通された。

どれもこれも1カラットのブリリアントカットの粒が広いテーブルの上にゴロゴロ転がっていた。

「陽子。どう思う?」

「きっと、あの男の人は鑑定の目利きで、ただ私たちを試したいんだと思うわ」

「うん。いい線いってるね」

デルムントは、肩をすくめた。

「そうだ!これを全部ハンマーで叩いてみたらどうだろう?ダイヤは世界一硬い鉱物だから、それだけが残るに違いない!」

モノクルの男が高らかに叫んだ。

「駄目だ!」

デルムントがさえぎった。

「鉱物には劈開といって、ある方向にだけ割れる性質がある。ダイヤも叩いたら割れてしまうぞ!」

「じゃあどうする?」

「モース硬度計の理屈で行く」

デルムントは自分の燕尾服の裾に縫い付けている色とりどりの小さな石の中からたったひとつだけあったダイヤの欠片を取り外した。

「こいつで引っ掻いて傷がつくのはガラス。傷がつかないのはダイヤだ」

「お見事」

モノクルの男が拍手した。

「お嬢さん、あなたを試したかったんだが、こちらの殿方は手強いね」

そういうと、モノクルの男はノメドの姿に変わった。

「あっ!弟を返して!」

「この城のいくつかの難関を通り抜けたらお返ししよう」

ハハハハハ・・・

笑い声だけを残してノメドの姿がかき消えた。

「デルムント。ありがとう」

「どういたしまして。この後どうなるかは正直、陽子自身にかかっているよ」

「わかった」

テーブルの上にゴロゴロ転がっていたものは普通のありふれた石ころに変わってしまっていた。



   第4章☆三人の男

 デルムントと私がさらに城の奥へ進むと、廊下が二手に別れた。

その手前に灰色の服装の男が三人いて、二人はチェスの対戦、一人はその審判をやっていた。

「弟がいる方へ行きたいの。教えてください」

すると、ノメドの声がした。

「この三人はどちらに進めば良いか知っている。この三人に2回だけ質問して進むことができる。ただし、一人は嘘つきで、一人は本当のことを言い、今一人はきまぐれなことを言う」

私は青ざめた。

不思議の国のアリスに正直者の門番と嘘つきの門番二人が出てきて、その場合の質問は知っているのだけれど、三人というロジックは初めて聞いたのだ。

(ちなみに、二人の門番に尋ねるには、片方に「もう一人の門番はこちらの門が正しいと答えますか?」と尋ね、「はい」だったらあちらの門、「いいえ」だったらこちらの門が正しい)

「まず、きまぐれが誰かある程度絞り混むんだ」

デルムントが言った。

「自分は気まぐれだと思う者、手を上げて」

デルムントの質問に、三人は顔を見合わせてから、チェスの黒い駒の男と審判の男が手を上げた。

「デルムント、無粋なことをするなよ」

ノメドがデルムントの声を出なくしてしまった。

私は、自分でも考えなくちゃいけない!

でも、今の質問で白い駒の男が誰だかわかった。

嘘つきは必ず手を上げるし、気まぐれは上げても上げなくてもいい。そして正直者は必ず手を上げない!

私は、白い駒の男に「どっちに進めば良い?」と聞いた。

白い駒の男は右を指差したので、私とデルムントは、そちらへ進んだ。

「デルムント、声は?」

彼はなんとか声を出そうとしたがでなかった。

「私のせいね。ごめんなさい」

デルムントは、首をぶんぶか横へ振った。

私はデルムントをぎゅっと抱きしめて、きっと何もかも良くして見せると誓った。



   第5章☆万華鏡の覗き穴

 「陽子姉ちゃん!」

通りかかったドアの向こうから海斗の呼ぶ声が聞こえた。

ノブに手をかけるけれど、ガチャガチャ回しても開かなかった。

ドアに覗き穴がついていて、覗くと、縛られてソファに座っている海斗の姿が見えた。ただし、無数に、だった。

「デルムント」

デルムントが私と代わって覗き穴を覗いた。

彼は手のひらで3方向の平面を示した。

鏡が三枚合わさって、万華鏡のように映し出している。本物は一つだけ。

「どうする?君たちも中に入るかい?」

ノメドがいつのまにか背後に忍び寄っていて、耳元で囁いた。

「もちろん!」

そう言った私は覗き穴に吸い込まれていった。

ノメドがケケケケケと嗤う声がした。

ゴオオオオオン。

世界がねじれていた。

海斗がいる。でもどれが本物なのかわからない。

私の姿も無数にあった。

どれが本物なのか?

私が私である証明はどうすればできる?

私が動けば、他の私たちも同じように動く。そう。本物の私には意思がある。

ポケットに手を突っ込んで、なにか硬いものに触れる。

銀色のコイン!

あの日、鏡はこれと引換ではなく家へきた。だから、このコインは私のポケットにある!

鏡の床を、コインでガンガン叩く。バリン。

バキバキバキバキ・・・

鏡は粉々に崩れ落ちた。

「陽子姉ちゃん」

「海斗!」

赤いビロードのソファに座っている海斗。本物の弟見つけた!

「崩れるぞ、早く」

デルムントが言った。声が戻った。

喜んでいるのもつかの間。地響きがして、城自体が崩れ始めていた。



   エピローグ☆鏡の行方

「ノメド、功を焦って鏡を三千で父親に買わせたのが裏目に出たな?」

デルムントがニヤリと笑った。

私と海斗は無我夢中でデルムントにしがみついていたら、いつのまにか自分達の部屋に戻っていた。

「あの鏡が無いわ」

「もう次の場所へ移動した。多分二度とお目にかからないと思うよ」

デルムントは、ちょっと寂しげな顔だった。

「時間が動き出す。俺も行かなくちゃ」

「えっ」

ブーン。

鳩時計の動く音がして、デルムントの姿がかき消えた。

「ひどいよ。さよならも言わないで」

私はグスンと鼻をすすった。

「陽子姉ちゃん、僕、眠い」

海斗が二段ベッドにもぐりこんで、すぐに寝息をたて始めた。

ほけっとしていたら0時半の鳩時計が一度だけ顔を出した。

なんとなく、とぼけた顔の鳩がノメドのような気がして、クスクス笑う。

ポケットに手を突っ込んで、お守り代わりのコインを出した。

夢じゃなかった証拠に、コインでガンガン叩いたときの傷がついていた。

「おやすみ」

私はあの不思議な鏡のことを思いながらベッドに入った。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デルムントの鏡 星野☆明美 @akemih

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ