第8話 転生キャンセルした私
ヤバイ。屋台飯、めっちゃ美味しいんですけど。
「ふわぁぁぁ。さっき食べたお肉も甘辛くて美味しいかったけど、こっちはピザみたいで美味しいです。酸味とチーズ、最高です。ありがとうございます」
リチャードさんは呪具屋で契約書に使う紙とインクを買った後、屋台によって沢山の屋台飯を買い、宿屋に戻った。
あまりの多さにびっくりしたしそんなに食べられないと申し出たが、少しずつ私が食べて残りをリチャードさんが食べるから大丈夫だと言ってくれた。
リチャードさんは細身だが男の人らしく、たくさん食べるそうだ。やっぱり食いしん坊なのだろう。だからこそ残飯しか食べられなかった私に同情し、色々手間暇をかけてくれるのだ。なんていい人だろう。
自分では持てないので、スプーンで口まで運んでくれたり、食べやすいように串を持ってくれたりと色々気を配ってくれる。幸せだ。
味覚はすべて感じるようで、何なら温度も感じている。
なんてすばらしい。
ほんの一口づつ貰っただけなのに満足だ。飴の時と同じですぐに満たされる。幸せ過ぎる。
この世界に来てから幸せなんて感じたこと、一度もなかったのに、今日一日でどれだけ味わっただろう。アーチャーさんとかアーチャーさんにまつわることとか、怖い思いもしたけれど、それ以上に人と関われたということが嬉しかった。
「もう十分満足です」
「本当ですか? 遠慮しなくていいんですよ? それだけのことをアイさんにはしてもらったのですから」
「いや。本当に、ものを食べて味や温度を感じられたというだけですごい幸せだなって思うし、リチャードさんとこうやって話せるだけですごい嬉しくて。全然遠慮なんてしてないので大丈夫です」
もしかしたらリチャードは怖い人なのでは疑惑はあるけれど、私に対しては間違いなく優しくしてくれている。普通なら料理を用意したんだから勝手に犬のように口を付けて食べろとか言えばいいのに、わざわざスプーンで運んでくれるのだ。
最初の約束通り、一人の人間として私を扱ってくれている。私のことは誰にも見えないのだから、どんな扱いをしても誰も咎めたりしないのに。
「なら後は僕が食べますね」
私に食べさせたスプーンで、リチャードが次々と料理を片付けていく。
幽霊相手に間接キスもないか。
でもすごいな。流石男の人だ。あんなに買ったのに、次々にテーブルの上に置いた料理が消えていく。リチャードが大食いなだけかもしれないけれど、気持ちがいいぐらいの食べっぷりだ。
私のために嘘をついたわけではないらしい。
きれいに食べ終わったところで、彼は机の上を片付ける。
「すみません、お手伝いできなくて」
一緒に食べたのに、食べた後の片付けすら私にはできない。魔力を纏うリチャードはすり抜けないけれど、その他のものはやっぱり私をすり抜けていく。私はここには存在しないのだというかのように。
「いいよ。気にしないで。僕がアイさんのためにしたくてしているし、実際僕がほとんど食べたわけですしね。それにしても死霊というのはかなり燃費がいいんですね」
「そうみたいですね。私も生前はもう少し食べてましたから」
生前は流石に飴一つで満足できるような体ではなかったし、小食女子でもなかった。
肉体を動かすわけではない分、栄養もそこまで必要ないのだろう。
「さて、腹ごしらえも終わったところで、契約のお話をしたいのですが、いいですか?」
「あ、はい。お願いします」
一度契約してしまえば、リチャードからしか契約破棄はできない。
少し聞きにくい話でもちゃんと聞いておかないと、後で後悔するかもしれないのだ。
母も言っていた。契約に関しては友達だからと軽い気持ちで話を聞いてはいけないと。ちゃんと話を聞けないような契約を持ちかけてくる友達は友達ではないし、契約しなければ友達をやめるような相手も友達ではないと。
「まず僕がアイさんにしてもらいたいのは、僕の仕事への協力です。基本的には、アイさんの知識提供をお願いしたいですし、もしも解呪のようなものでアイさんが出来そうならば力を貸してもらいたいです」
「その点は構いません」
特に知識を出し惜しみする気はないし、解呪もできるものならする。
「ただし、絶対解呪しなければならないとかだと、できないこともあるかもしれないのですが」
たまたま今回うまくいったからといって、必ずできる保証はない。できないことでペナルティーが発生するのは困る。
「大丈夫ですよ。あくまで協力だけで、アイさんにすべてを解決しろというわけではありませんから。僕からアイさんにお渡しするのは、人間らしい生活です。食事と風呂、それからベッドは最低限とします。他にも欲しいもの、やってほしいことが思いつけば随時言って下さい。必ず達成できるとは言えないですが、ご協力します」
食事と風呂とベッド。この三点だけでもかなり私には得だ。
これまでの残飯をあさり、風呂など夢のまた夢で、寝る場所は野ざらしな固い地面だったのだから。もうこれだけですごいお得だと思う。
でもここで飛びつくのは危ない。もっと考えろと母が言っている気がする。
うーん。何を聞いておくべきか。
「あの、えっと。確かご飯食べさせずに消えたくなければ、言われたことをしろという脅しはできないんですよね?」
「神との契約でできなくなっていますが、心配なら契約書に書きますよ」
「あの、リチャードさんがする人だとは思わないのですが、その、リチャードさんは私を触れるわけじゃないですか。なら、私を殴ったりとかもできるということですよね? そういう暴力行為で脅すとかも出来ちゃったりしませんか?」
手を握ってもらえたり、涙を拭いてもらえたりしたことはすごく感動したし、嬉しかった。
でも触れられるということは殴るなどの暴力も振るえるということではないだろうか? 死んでからは殴られたことがないので、痛みがあるかは分からない。でも痛くなくても怖いとは思う。
「……できますね。ただし死霊は肉体があるわけではないので、痛みは感じないと思います。生前の感覚が強いと、痛くなった気はするでしょうが。でも僕は絶対アイさんに暴力は振るいませんし、アイさんが傷つくような行動はしません。こちらも契約書に書きましょう」
「あ、あの。本当にごめんなさい。リチャードさんがそんな人ではないとは思っているんです」
酷いことを言っている気がして、私はリチャードに謝る。
本当はここまで気にせず、相手を信じるべきなのかもしれないけれど、私を守ってくれる人は誰もいないのだ。
「いいえ。むしろ、ちゃんと警戒してくれて嬉しいです。アイさんはどこかお人よしなところがあるので、僕以外の死霊使いに会った時、うっかり騙されてしまうのではないかと思いましたから。ちゃんと警戒して自衛するのはとても大切なことですよ」
「あ、そうか。リチャードさん以外にも死霊使いっていますよね」
ずっとこの町にいたけれど、リチャード以外に気がつかれたことはなかった。だから他にもいるということは言われるまでピンと来ていなかった。
「そうですね。体質が関係する職業なので、なり手は少ないですがいますよ。だから少し話ができただけで信頼なんてせず、ちゃんと警戒をして下さい」
「はい。でも、こうやって教えてくれるリチャードさんは優しいですね。私、初めてお会いできた死霊使いがリチャードさんでよかったです」
リチャードは口先だけでなく、ちゃんと私に食事を食べさせてくれたし、人間として扱ってくれたのだ。
何気なく伝えた言葉だったが、リチャードは奇妙な表情で私を見た。照れているというより、苦り切った顔のようにも見える。
「そのように評価してくれるのはアイさんだけですよ。僕は……あまり人から好かれるタイプではないです。死霊使いというのがそもそも嫌われ者ですから」
「そうなのですか? でも私はリチャードさんが死霊使いだから出会えたので、よかったなと思うんですけど、そういうのって困る感じですか?」
「……いえ。僕も、死霊使いでよかったと思いました」
自分の職業を嫌っているのなら、肯定されるのは迷惑かもしれない。そう思ったが、リチャードは優しく笑いながら首を横に振った。
「アイさんがこの町に縛られている件なのですが、もしかしたらアイさんはこの町で転生する予定だからかもしれません」
「えっ。そうなのですか?」
私、転生予定あったのか。
ずっと神様に放置されている状態なので、地縛霊みたいになっているのかなと思っていた。でも転生予定地がここだからずっとここにいることになったのか。でも、ソレ、いつになるのだろう。
どれぐらい順番待ちなのか、神様はもう少し親切に教えてくれてもいいと思う。
「多分アイさんの元の肉体は死にかけていいて、戻ることができないぐらい損傷していますが、まだ死んではいないんです。死んでいなければ転生はできませんので」
車に引かれた私の体はかなり損傷していそうだ。多分生きかえっても後遺症で苦しむレベルだろう。そもそも戻れないということは後遺症どころではない状態かもしれない。
「でもどこに転生予定なんですかね? かなり長年この町にいるんですけど」
そもそもの予定のタイミングは絶対ずれていると思うのだ。
その場合死産となるのか、別の魂が入るのか。分からないけれど、キャンセルになってしまった場合、私は一体どこに転生することになるのだろう。
「アイさんの能力と予定地を考えると、たぶんアーチャーの家系に生まれることになるのだと思います」
「……えっ? アーチャーさんの?」
アーチャーさんって、あの、全身呪われまくっているアーチャーさんだよね?
貴族だけど暗部を担当していて、暗殺者を送り込まれても、戦闘狂で敵をなぎ倒していくあそこ? 悪役どころか、たぶん悪人な感じのあそこ?
心臓が動いてないのに、血の気がさっと引いた気がした。
いや、えっ。あそこで生まれたら、私、即BADENDでしょ? 生まれた瞬間から呪われているような場所で生き残れる自信がない。
「む、無理すぎる」
なんでよりにもよって、あそこ。
悪役でもいいから転生したかったと思ったけれど、あそこはない。神様、私、何か悪いことしましたか?
「僕もアイさんがあそこに生れて幸せになれるとは思えません。だから問答無用で僕の魂に縛ってついて来てもらおうかと思いましたが、言わないのも騙すようでよくないかと思いまして」
「そ、そうですね……。言われないと、知った時に騙されたと思ったかもしれませんので、言ってくれてよかったです。でも、よりにもよって、あそこ……」
確かにあれだけ呪われているのだから、解呪の能力は必須だろう。生き残るための転生特典だったのだ。
でも転生特典つけられても、無茶振りすぎるだろと言いたい。
私に戦闘スキルはない。
これから覚えて暗殺者をなぎ倒せと? いやいやいやいや。
「えっと、リチャードさんの魂に縛られるとどうなるんでしょう」
確かリチャードさんは契約をすれば、この町も出られると言っていた。つまり転生予定地を離れられるということだ。
その場合はどうなるのだろう。
「縛られている間は、アーチャーの家系での転生はできなくなるはずです。そして僕が死んだ時は、僕と一緒にあの世に行き新たな転生地に行くことになると思います。犬に引っ張られてあの世に行った死霊が、次は犬として生まれるように」
次は犬。
リチャードと一緒にあの世に昇った場合、次は何になるのか。
分からないけれど、アーチャーさんの家系は無理なのだけは分かる。
今、目の前に『テンセイシマスカ? ハイ イイエ』の選択肢が出されている。本来ならば、ハイの選択肢しかないのだろう。これはバグに近いものだと思う。
「リチャードさん、私と契約してください」
でもここでの選択は全力Bボタンキャンセルだ。たくさん連打してやる。
何度アーチャーさんのところに転生しますか? と表示されても全力拒否だ。
「もしかしたら次はもっとろくでもない転生先かもしれませんが、でも私はアーチャーさんのところに転生するより、リチャードさんと一緒がいいです」
「それはとても賢い選択だと思います。末永くよろしくお願いします、アイさん」
私はこうしてリチャードさんの手を取った。
溺愛もチートもいらんのでせめて悪役でもいいから転生したかったんですけど、神様! と思っていた。でも私はこの偶然が生み出した状況に感謝しつつ、自分の持っている知識を使ってリチャードと生きようと決めた。
異世界幽霊と死霊使い ~溺愛もチートもいらんのでせめて悪役でもいいから転生したかったんですけど、神様!~ 黒湖クロコ @kurokokuroko
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