第7話 異世界幽霊と死霊使い(リチャード視点)

 アイさんは普通の死霊だった。

 ただあまりに普通過ぎて、異常な死霊だ。

 彼女と出会ったのは、幼馴染に厄介な解呪案件を頼まれて面倒だなと思いながら、特に変哲もない道を歩いていた時だ。


 僕は生まれた時から、死霊使いの才能があり死霊を見ることも、その話を聞くこともできた。これは家系的な才能で、僕の家は代々死霊使いだ。幼馴染がどれだけ呪われても平気な、頑丈な肉体と精神を持つ家系であるのと似たようなものである。

 幼馴染も人から忌み嫌われる家系だが、死霊使いも似たようなものだ。死者というのは特に悪いものではないのに、死者と話し契約できる、死に近い力というだけで忌み嫌われる。困った時は力を貸してほしいとすり寄ってくるのに、そうでない時は気味が悪いと陰で罵倒する。

 だから僕が信頼するのはお金だけだ。お金さえ払ってくれれば望みのことはする。情に訴えられてもお金を払わないなら僕には関係ない。そう線引きしなければやってられない。

 肉体を持っているか持っていないか。それだけの違いだというのに、死霊というだけで恐れ、気味悪がる相手とは話が合わないのだから仕方がない。いずれはお前もソレになるのだぞと言っても、ソレが見えない相手は、自分の先のことなど見えちゃいない。


 幸い幼馴染は俺と同じ人から忌み嫌われる側の生まれだった為、それなりに話ができた。だから幼馴染み料金で、厄介だけど呪いを解呪するという案件を引き受けた。とはいえ、解呪となると頭の固い聖職者の死霊を呼ばないといけないし、その死霊の知恵だけでは解呪できないなんてこともざらなので、道具を集めたりと骨が折れそうだ。

 そう思いながら歩いていると、道の真ん中に死霊が立っていた。

 死んだばかりなのだろう。欠けも変異もない少女の死霊だ。ここまで生前の姿が保たれているとなると、自分が死んだことも理解していないのかもしれない。

 ただ道行く人を避ける様子なく、されるがままにぶつかられるのはちょっと変わっている。死んだことを理解してない死霊は、肉体があった時のように人が向かってきたら避ける。あと、死んだと理解していても、死んでから日が浅い死霊も生前の動きをついしてしまうものだ。

 だから保存状態がすこぶるいい死霊なのに、行動がちぐはぐに見えた。


 変わっていると思いつつも僕はその死霊を避けるように歩く。流石にわざと当たりに行く趣味はない。しかしぶつからなかったにも関わらず、彼女は僕についてきた。

 こういう憑りつこうとするタイプは厄介である。生きている人間から生命力を勝手に奪ってこの世に存在し続けるのだ。ただこれをすると、魂が濁る。生きている人間の意思の方が強いからだ。だから初めて彼女は人に憑りつこうとしているのかもしれない。

 面倒だがあの世に強制的に送るしかないかと思った時だ。

「そういえば、この世界でも塩は幽霊に有効なのかしら?」

「塩?」

「あれって、たぶん殺菌効果とかから来てるのよねぇ。風呂に塩を入れると、なんか色々効能あった気がするし」

 ブツブツと意味不明なことを話しだした。


 僕に話しかけている感じではない。ただの独り言だろう。でもどうして塩。しかも風呂。

 今この場に出てくるにはそぐわなすぎる単語だ。意味が分からない。

 保存状態がいいきれいな死霊だと思ったけど、やっぱり濁って思考がおかしくなっているタイプ? じっと見るが、見た限りはやはりきれいだ。下手すると、あの世から呼ぶ死霊よりきれいかもしれない。

 これだけきれいな魂で、狂っているタイプは初めてだ。

 だから逆に興味が出た。

「えっ。風呂に塩? 何で? スープになるの?」

 僕がたずねると、彼女はようやく僕が自分のことを見ているのに気が付いたようだ。キョロキョロと周りを見渡す動きをする。僕が誰か別の人に話しかけたかもしれないと思ったらしい。

 ということは、彼女は死んでいるという自覚があるのだ。

「……見えてます?」

「見えてますね」

 質問に答えてあげると、瞳が零れ落ちるかと思うぐらい大きく目を開け叫び声を上げた。

 すごく素直な死霊らしい。この感じだと、まだ若い子かもしれない。死霊の姿形は、あまりあてにならない。

 死ぬと死霊はすぐに自分の肉体のことなど忘れてしまうので、老婆なのに子供の姿をとることもあれば、逆に幼い子が親をまねて大人の姿をすることもある。

 でも感性と知識は生前のままだ。


 ひとしきり驚いた彼女は、突然漆黒の瞳からボロボロと大粒の涙をこぼした。

 その涙に僕はドキリとする。

 あまりにその涙がきれいだったからだ。

 彼女の泣き顔は見てられないぐらい不細工なものだったけれど、涙は驚くほどきれいで、見惚れてしまう。

 きっとこの涙の色が彼女の魂そのものの色なのだろう。

 きれいな宝石を見ると人は欲しくなる。

 その感情のまま、僕は涙に手を伸ばしたくなった。でもそれを我慢するために、眉間に力を入れる。


 死霊使いは嫌われるのだから、道のど真ん中で異常行動をとるべきではない。嫌われる者が相手ならば、何をしてもいいと思う馬鹿は一定数いる。そしてそれを馬鹿がすることであると思い眉をしかめても、自分が巻き込まれないように助けようとしない者がこの世の大半を占める。

 悪役のような立場で生まれた僕や幼馴染は、その馬鹿よりも強い力を持ってねじ伏せるか、一時的に周りに合わせて擬態するしかない。

 ねじ伏せるのには労力がいるから、基本的には擬態するのが常だった。

 でもこのきれいな魂を見失いたくない。

 だから手を伸ばし掴んだ。

 生れて初めて、死霊使いでよかったと思った。


 まだ誰も見つけてない、どんな宝石よりも美しい魂。

 死霊使いでなければそれに気づくことさえできなかったのだ。

 ルンルン気分で、僕は宿に戻った。部屋の中まで入ってしまえば、会話ができる。死んだことを理解しているのに、死霊らしくないきれいな死霊。一体彼女はどんな死霊なのだろう。 

 彼女が入ったところで僕は扉を閉める。

 向き直った彼女はまだ泣いていた。あまり泣いたらその黒真珠の瞳が溶けてしまうのではないだろうか? 涙はため息が出るほどきれいだけれど、その涙を見続けていると胸のあたりがキュッとする。

「あの、大丈夫?」

「あ、はい。ずびばぜん。人と話せるの久々過ぎて、何だか、もう、それだけで感動してしまって」

 ここまで無理やり引っ張ってきたようなものなのに、彼女は警戒することなく、そう言って泣きながら笑った。

 その笑みが涙と同じぐらい綺麗で、僕は息を飲む。


 それにしても泣くほど久々ということは、彼女は死んだばかりの死霊ではないらしい。

 生きた人間を避けたりしないのだから、そのあたりの行動で彼女の言い分が正しいのだと分かる。それならばどうしてこんなにもきれいな形を保っていられるのだろう。あまりにも不可思議な存在だ。

 と思ったら、次に彼女から出てきた言葉は不可思議なんてものではなかった。

 異世界?

 は?

 召喚術が存在し、僕が生きる世界意外にも世界があるのは真実だ。でも普通、異世界の魂は異世界で巡る。魂だけが異世界からこちらに渡って来ることはなく、もしもこちらに来たのならばこちらのやり方に神は従わせる。魂ならば、必ずこちらで転生させて肉体を持たせ、この世界の理にはめ込むはずだ。

 なのに彼女は多分、死霊の状態でこちらに来て、そのまま神に従わずに死霊のままとどまっている。死霊では神に従わないなんて、本来できないはずなのに……。


 何故そんなことが起こる?

 話を聞く限り、こちらとはずいぶんと違う進化を遂げた世界のようだ。でもそれとこの世界の神に従わないというのは違う。

 ただ召喚された、肉体を持つ生き物はこちらの理ではなく、元いた世界の理に縛られることもあるとは聞く。

 ……もしかして、彼女は死者ではない?


 普通は魂だけ肉体から引きはがして異世界に送るなんて暴挙はできない。何故なら向こうの世界にも管理する神がいるからだ。

 しかし魂が戻れないぐらいに肉体が損傷してはいるが、死んでいないために繋がりが切れず、転生ができないということならばどうだろう。異界とこちらの時間の流れが違うことはままある。向こうの一秒がこちらの一年なんて話もあり、召喚術では元の世界に戻ったらおじいさんになっていたなんて事故もあるそうだ。

 虫の息状態だけどまだ死んでいない状態ならば、繋がりは切れずに転生に組み込めない。そして時間の流れが違うために、死ぬまでの時間が恐ろしくかかっているというのならどうだろう。同じ世界なら神がとどめを刺すこともあるだろうが、違う世界では管轄外な為にちょっかいをかけられない。

 まだ仮説の域ではあるけれど、納得がいく考察ができて少しすっきりする。


 彼女のこれまでを聞くと、心がない人間扱いされる僕でも同情してしまうものがあった。いつからあの場所にいたのかも分からなくなるぐらい長い時間、彼女は放置されたのだ。

「それは……寂しかったですね」

 率直な感想を言えば、アイと名乗った彼女はまた泣いた。

 ああ、もったいない。

 そんな気持ちで彼女の涙をぬぐう。

 彼女の涙はいつまでも見ていたくなるぐらい綺麗なのに、切なくなる。笑顔もきれいだったのだから、できるなら笑って欲しい。そんな気持ちで彼女と会話する。


 そんな中、彼女がとんでもない力と知識を持っていることが判明した。

 幼馴染にお願いされためんどくさい案件である呪われたナイフを、彼女は知恵と不思議な力で解呪してしまったのだ。

 彼女はそのすごさが分かっていないけれど、とんでもないことだった。

 呪われまくった幼馴染なら喉から手が出るぐらい欲しい能力の持ち主だろう。

 異界でもそういうものを縄張りにしていたのかと聞けば、そうでもないようだ。


 あまりにすごい能力なので、是非自分と契約をして欲しいと持ちかける中で、彼女がこの町から出られない状態だということを知った。

 この町に異世界から来た彼女が執着するようなものがあるとも思えない。会話の中でもそんなものは出てこなかった。

 それなのになぜこの町から出られないのか。

 ……考えられるのは、彼女の転生先の予定地がここだからではないだろうか? 魂のつながりが切れないから転生させられないけれど、でも見失わないようにこの地に縛り付けられている。


 異常なほどきれいな死霊。

 普通の死霊はあの世に行けずこの世に留まれば、いずれ他の死霊を食らって自我を失い化け物となり果てる。でも彼女は、残飯を食べるみじめな日々を過ごしても、他者を傷つけることを嫌がった。その気高さと比例するように聖なる力が強く、それが解呪の力となる。

 こんな魂の転生先は並大抵の場所ではないと思う。


 この町で一つだけ思い当たる家系があった。幼馴染の家系だ。

 あそこは縄張りにしている仕事が仕事なために代々呪われる。ただしその呪いに屈しないぐらい、鈍く頑丈な人物が生まれる。

 自分がしたことではない先祖の事でも呪われるのだ。鈍くもなければやってられないだろう。そしてその家系こそ、彼女のような解呪の強い力を持つ者を欲しがるはずだ。


 果たして僕の推理があっているか。

 一度彼女を連れて行けば、繋がりの強さが見えるだろう。

 でもたとえ、そこが転生予定地だとしても、僕には彼女があの家系に生まれて幸せになれるとはとても思えないかった。あの家系は呪われ、他者から嫌われ、暗部を押し付けられる。

 彼女を彼女たらしめた、他者を傷つけることを嫌う気高さは、あの家系とは真逆のもの。それは生まれ落ちた瞬間から、彼女を苦しめ、美しい涙を汚していくだろう。

 きれいだった魂はボロボロになり、変質するか、もしくは耐え切れず擦り切れる。


 それが本当に幸せか?

 

 それと同時に思うのだ。

 誰にも見つけてもらえず涙を流した彼女を見つけたのは僕であると。

 僕の魂に縛り付ければ、彼女はこの町から出られる。ならば彼女に選んでもらえばいい。

 あの家で転生したいか、それとも僕に縛り付けられる方がいいか。もちろんただ縛るなんてしない。彼女を傷つけないよう、縛らなくても離れたがらないぐらい優しくしよう。

「そこに行くまでに、アイさんに屋台で何か食べ物をおごろうと思うのですが」

「行きます」

 まずは幼馴染の家で答え合わせをするために、僕は優しく彼女を誘った。

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