第6話 暗殺者と私

「いやー。マジでリチャードの死霊さん、使える子じゃん。聖職者なんて目がないぐらい、最強の呪い消し。一体生前は何してた人なの? 聖女とか神官とか?」

「普通の学生ですね」

「お前に教える筋合いはないと言っております」

 おいっ。

 リチャードさんがシレっと私の代弁として、リチャードさんの言葉をしゃべる。というか、何故感じ悪く伝えるのか。


「へぇ。いい度胸じゃん」

「ひぃぃぃぃぃ」

 ほら、やっぱり睨まれた。全く私の方は見ていないけれど、でも震えあがる。

「貴方にはもう二度と会いたくないわと言っておりますね」

 うん。それは正解。

 怖すぎる相手から距離を置いて、再び私はリチャードの後ろという定位置についた。

 あまりの怖さに、先ほどのリチャードの代弁は正解かもしれないと思う。変に興味を持たれても困る。

 不審者や訪問販売には、【教える筋合いはない】で全面シャットアウト。これに限る。

 

「わっていう口調ということは、女の子なんだぁ。へぇ。生きている時に会いたかったなぁ。俺の家系にすごい必要とされる能力だし」

「可哀想なので、生きている時は関わらないであげて下さい」

 リチャードの言葉に全面肯定です。こくこくこくと首を縦に振る。

 こんなに呪われている上に物騒な人、生きている時に会ったらどんなことになってしまうか。考えただけで恐ろしい。

 そう思うと転生せずに会えてよかった。今なら大変そうだし、肩こりなどの改善に手を貸してあげてもいいかなと思えるけれど、転生していたら速攻で目の前から逃げ出していたはずだ。

 たとえ大金を積まれても、生きていたら、絶対命の方が大切である。死んでるからここに私はいられるだけだ。


「ほら、貴方がいらないことを言うから、湧いて出てきているじゃないですか」

「えー、いらないことってどれの事かなぁ」

 はぁぁぁぁとわざとらしくリチャードがため息をつけば、アーチャーは楽し気に笑った。

「二十人も三十人もいないけど?」

「そんなに、屋敷の中にほいほい入れないで下さい。駆除が大変じゃないですか。これは、貸しですよ」

「へーい」

 唐突に交わされるゆるいやり取り。

 ゆるいのにものすごい物騒な会話に聞こえるのは、果たして気のせいか。

 気のせいであってほしい。そう願ったが、次の瞬間窓ガラスが割れて、中に黒ずくめの人たちが入ってきた。

「ひょひゃぁぁぁぁぁぁっ‼」

 狐のような仮面をかぶっている為相手の顔は見えないけど、まっとうな人ではないのは分かる。

 だって、手に武器持っているし。

 暗器とか言われそうなの持っている人もいるし‼ これ、いわゆる暗殺者ってやつですよね?


 確かに二十人もいない。六人ぐらいだけど。でもこっちは三人で、うち一人は物理的には何もできない幽霊で、もう一人は死霊使いで暴力とは無縁な感じで、最後の一人が物騒で強いかもしれないけどめっちゃ呪われている人。どう見ても圧倒的不利だ。

「いつも思うけど、なんで正義の味方は多数で襲っても許されるんだろうなぁ。どう考えても卑怯じゃん? 極悪じゃね?」

「それは大義名分があるからですよ。大義名分さえそろっていれば、許されるのが世の常なんです」

「うわー。いーな。大義名分俺も欲しいわ」

 そう言いながらアーチャーは私が先ほど錆取したナイフを掲げる。するとナイフは、黒い刀身の大剣にその姿を変えた。

「えっ、魔法?」

 確かに魔法とかあるような世界っぽいけど。

 まさかただのナイフが形を変えるとは思わなかった。それにしても、黒い刀身。……どう見ても悪役っぽいビジュアルの武器である。

 幽霊としてこの町を浮遊して生活していた時は、悪役でもいいから転生したいと思ったけど、悪役がこんなデンジャラスな毎日を送らないといけないなら、ちょっと考えた方がいいかもしれない。転生した瞬間に即BADENDに突入しかねない。


 私が驚いている間に、アーチャーはサクサクと暗殺者を切り捨てていく。

「うわー。すげー。体、軽ぅ!」

 ヒャッハーと叫びそうな感じでだ楽しく戦う彼は、まさに戦闘狂。そういうのは、漫画とか、小説の中だけにして欲しい。

 現実に付き合いを持つにはかなりご遠慮したい人だ。

 私は転がる死体から目を背けかけたが、そこから何かが出てきて、私は二度見した。

 あれって……暗殺者の魂? 私はとっさに壁際による。

 生きている暗殺者は私を認知していなかったけれど、同じ立場になった死霊ならば話は違う。

 

 頭の中に、町で見かけた、人の姿をしていない怖い死霊が浮かぶ。

 あんな感じだった場合、もしかしたら私を食べようとするかもしれない。

「ええっと。悪霊とかにききそうなもの。えっと、えっと」

 お札とか考えたけど、お札なんて想像できるほど見たり触ったりしたことがない。そのせいか、手のひらには何も出てこない。

 私が知っているもので、幽霊にききそうなもの……。はっ。塩!

 

 私が想像すれば、一キロ袋に入った塩が出現した。

 うん。そうだよね。霊験あらたかそうな塩なんて私は知らない。私が知っているのは、スーパーで売っている塩だ。多分頑張れば、ピンクの岩塩と味塩コショウまでなら出せる。

 その中では、まだ一キロ袋の塩がマシな選択な気がする。

「秘儀、砂かけばばあ!」

 昔見たアニメの妖怪を思い出して、私は袋の中に手を突っ込んで、塩を遠慮なく死体に投げつけた。


「寄ってこないでよ! 塩投げるわよ!」

 ばじゃー。ばしゃー。

 遠慮なく私は塩を投げる。掃除が後で大変かもと思ったけど、死霊には当たるけど、当たらなかった塩は勝手に消える。よかった。掃除の手間がいらない。


「わんわんわんんわん!」

「へ? 今度は犬?」

 塩を投げて、死霊が近づけないようにしていると、どこからともなく数匹の犬が現れた。そして犬は迷うことなく暗殺者や暗殺者の魂にかみつく。えっ? 魂にもかみつくタイプ?

 ちょっと待って。何、この犬⁉


 犬たちはたちまち残っている暗殺者を倒すと、そのまま魂に食らいつき、空高く昇っていく。

 ……はい?

 残った犬の体の方は、何事もなかったようにその場で耳を掻いたり、くつろいでいる。えっ? 何?

「もう大丈夫ですよ。今死霊にお願いして暗殺者を強制的にあの世に連れて行ってもらいましたから。犬と一緒に昇った彼らは、来世は犬なので仕返しにはこないと思いますし」

「えっ? 死霊? 犬?」

「はい。犬の死霊にお願いして、アーチャーのペットの犬たちの中に入ってもらい、攻撃してもらったんです。そしてそのまま魂をあの世まで引っ張っていく契約したので安心して下さい」

 安心してください?

 うん。これ以上ナニカされるわけではないので、暗殺者の件は安心だ。間違いない。

 でもなんだろう。全然安心できないですけど。


「あの。えっ? リチャードさんは憑りつかせたりはできないんじゃ?」

「ああ。僕自身には憑りつかせませんよ? 疲れますし、自分の体に誰かが入るなんて気持ちが悪いですから。でもお願いして他者に憑りついてもらうことはあります」

 ……あれ? リチャードって、結構怖い人?

 自分では絶対しないことを、他者にはする。そしてさらっと言ったけど、暗殺者の来世は犬になるようにしてしまった。

 それを悪いなんて全く思っていない。

 倫理観とは?

 

 私を見つけて、人間のように対応してくれて、ご飯も食べさせてくれたいい人だけど。……この人と契約しても本当に大丈夫?

 私はじりっと距離をとろうと後ずさったが、その前にリチャードが私の手を握った。

「アイさんが無事でよかったです」

「えっ……」

「アイさんはただおびえるだけではなく、死霊も撃退するぐらい強くて賢い方ですが、もしも取り込まれてしまったらと気が気ではなくて……。怖い思いをさせて申し訳ありません」

「……あ、はい」

 私のために対応してくれたのか。

 よく考えれば、死霊は呪うことはできるかもしれないけれど、物理的に何かすることはできない。何も触れないし、死霊使い以外の人は声も聞こえず素通りしていく。

 だからわざわざ犬を使ってあの世に強制送還しなくったって、リチャードやアーチャーには問題なかったのだ。問題があるとすれば私だけ。


「もしかして来世が犬というところが気がかりですか? でもこんな場所で死んだ彼らは、強制的にあの世に送られなければ、永遠にとらわれて、いつかは自分が誰かも忘れて死霊だけでなく生きている者も食らう化け物になり果て、聖職者に消滅させられるだけですよ。それよりは、飼い犬として愛された方が幸せというものです」

 確かにそんな化け物になるのは嫌だ――というか。

「えっ。死霊って、そんなヤバいものになるんですか?」

「みんながなるわけではありませんよ。ただ、ここは呪いが強い場所なので」

 チラッとリチャードがアーチャーを見た。なるほど。確かに強い。

 あれだけ呪われてぴんぴんしているアーチャーがおかしいだけで、普通なら狂うはずだ。そんな呪われた場所で死んだ魂がどうなるか。実験したくもない。


「さあ、疲れてお腹がすいたのではないですか? 先ほどは甘いものでしたし、帰りはしょっぱい物系にしましょう。味覚が全部感じるかも試しませんか? 僕も気になりますから」

 空腹を指摘されれば、確かにお腹が減った気がする。たぶん沢山塩をまいていたからではないだろうか?

 そしてリチャードの言葉で口の中がしょっぱい物を求め始めた。

 えっ。どれがおいしいんだろ。色々食べたい。

「はい、喜んで!」

 気づけば私は繋がれていないもう片方の手でリチャードさんの手を握っていた。

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