第5話 呪われた男と私

 リチャードに案内されてたどり着いた屋敷は、大きな屋敷だった。

「えっ。ここですか?」

「はい。そうですよ」

 依頼主の住む屋敷は大きいというか、大きすぎやしないだろうか? 多分この町で一番と言っても過言ではない。一体どんな人物が住んでいるのだろう。


「あ、あの。こちらにはどのような方がお住まいなのですか?」

「貴族の方ですよ」

「へ、へぇ……」

 貴族。

 多分身分階級の上の方ということだろうけど……いや、うん。そういった方なら金払いもいいとは思う。でもそういう方の持ち物のナイフで、お肉を切って錆びつかせて呪われた一品とか……すごく怖いんですけど。


 リチャードが声をかければ、中から使用人の初老ぐらいの男性が出てきた。灰色の髪をオールバックにしている方は、物腰が柔らかいのになんだか怖い。

「ご注文のナイフの解呪が終わりましたので、お届けに上がりました」

「かしこまりました。客室にご案内します」

 私には気が付いていないとは思うけれど、ドキドキしながら私はリチャードの後ろをついていく。屋敷についてからは手を離されてしまったので、なんとなく心細い。

 調度品も立派なものだが、やっぱりそわそわとしてしまう。

「あの、リチャードさん……依頼主はどのような方なのでしょうか?」

「貴族の中でも、裏方の仕事を承る方ですよ。なので、とにかく呪われやすくて。今回のナイフも長年愛用している商売道具だったので、どうにかできないかと依頼が来たんです」

 ……裏方の仕事? 呪われやすくて、肉を切るナイフが長年愛用している商売道具……。駄目だ。絶対、危険な人じゃん。

 えっ。リチャードは、依頼主がどんな経歴の方とか気にしないタイプの人なの?

 それとも断り切れないから引き受けているの?


 リチャードから出てくる情報に、頭がくらくらしてくる。

 こういうの、普通? いや、違うよね? でも日本人は平和ボケしていると海外では言われているぐらいだしなぁ。案外海外では普通とか?

 ううううん。どうなのだ。ありなのかなしなのか。いや、仕事に貴賤はないという言葉もあるし。

 頭を抱えて私がぐるぐると考えていると、リチャードがクスクスと笑った。

「大丈夫ですよ。すごく呪われますが、そのぶん鈍い方なので、アイには絶対気が付きませんし、何かしでかそうとすれば、僕がちゃんと守りますから」

「えっ。いや。でも相手は貴族なんですよね?」

 簡単に守るといって、守れるものではないと思う。

 というか、すごく呪われるってどういうことだ?


 うーん、うーんとうなっていると、扉がノックされ、黒服を来た男性が中に入ってきた。

 それを見た瞬間、私はひゅっと息を飲む。

「やあ、もう解呪できたんだって? ご苦労様」

 鈍いとか、そういうレベルじゃない。

 そう言いたくなるぐらい、嫌な気がその男のにはまとわりついている。そして黒い服だと思ったけれど、正確には違う。元々黒い生地ではあるのだろうけど、そこに血痕の汚れが付いていて、より黒くしているのだ。

 ナイフなんて目じゃないぐらい、呪われまくった男だ。


「はい。運よく、解呪方法を知る死霊と出会えましたので。お預かりしたナイフはこちらになります」

 禍々しい男にドン引きしている私をよそに、リチャードは鞄から布に包まれたナイフを取り出してテーブルに置く。

 それを受け取った男は、布を取り払いナイフを掲げると、しげしげと見つめる。

「うん。すごいね。錆が全部とれてる。いやー、ありがとう。これ、先祖代々のものなんだけど、中々呪われなくて切れ味が落ちないから重宝していたんだ」

 何を切る切れ味ですか?

 怖い怖い怖い。

 あれだけ呪われても平然としゃべっている男なので、鈍いのは間違いない。だからリチャードが言うとおり私には気が付かなさそうだ。でも怖い。

「でも、リチャードはいいよなぁ。死霊にこうやって解呪とかしてもらえて。俺は一切見えないから、ご先祖様に何も教えてもらえないし」

 男はこの世界の言葉を使っているので、リチャードが話してくれる言葉ほど意味を聞き取れていないけれど、死霊と話せることを羨ましがっているのは分かる。

 でも絶対私はこの男に契約を持ちかけられても断っている。死霊にだって選ぶ権利はあるのだ。


「見えたら逆にあなたの周りが賑やかすぎて疲れるでしょうが。殺された者たちが怨念吐き続けますよ」

「俺が殺す相手は自業自得な相手ばかりだよ。俺に恨み言言われてもなぁ。依頼する方に言えよというか。でも確かに殺して死霊になってもギャーギャー騒がれたらうるさそうだなぁ」

 殺すって言った!

 殺すって言ったよぉ‼

 聞き間違いであって欲しいけれど、ちゃんとリスニングできていると思う。長年人の会話を聞いてきたのだ。リスニングにはそれなりの自信がある。でも聞き取りたくなかった。今は意味が分からない異世界人でいたかった。

 そうじたばたしているが、もちろんリチャード以外には見えていない。むしろリチャードの仕事を邪魔をしてごめんなさいだ。


「ちなみに、他にも解呪とかしてもらえるの? 今回のナイフはどうしても必要だからお願いしたけど、呪われたものってたくさんあるわけよ」

「お金次第ですね」

「いや、もしもできなかった時怖いんですけど。失敗してリチャードさんに何かあったら困ります!」

 依頼主、この人なんでしょ? 失敗したら殺すとか言い出しそうなんですけど。

 たまたま錆落としはできたけど、他のもできるとは限らない。

 呪われ過ぎている男には聞こえていないが、リチャードには私の声が聞こえている。そして私の言葉を聞いたリチャードはピクっと肩を動かした。


「リチャード。もしかして、お前、今、死霊を連れていて、なんかしゃべりかけられている感じ?」

「仕事とは関係ないと思いますが?」

「なんだよ、友人としてのちょっとした質問じゃん? 死霊さん、居たらこんにちは。俺、リチャードの幼馴染件、友人のアーチャーです。四大公爵家の一つの当主してます。よろしくねぇ」

「あ、よろしくおねがいします?」

 私の方は全く見ていないけれど、アーチャーはへらへらと笑ってあいさつした。すごく呪われているのに顔は明るい。ここまで鈍いと、逆にすごい。


「今近くにいる死霊が、この解呪とかやってくれた系? いいなー。俺と契約してくれな――おっと。うそうそ。冗談だよ。そんな怖い顔で睨むなって。契約したくてもできないの分かってるだろ? 俺は鈍いから当主をしていられる代わりに、鈍いから何も見えないし聞こえない。ずっとそうだろ?」

 私はリチャードの後ろに立っているので、その顔は見えないが、どうやらアーチャーが私と契約したいという冗談を言ったことで、彼を睨みつけたようだ。私もこんな危ない人との契約は絶対お断りなので、断ってくれてありがたい。

「たださ。流石に最近肩こり酷いわけよ。もう、めっちゃ呪われてるからじゃないかなって、わかんなくても分かるのよ」

「まあ、そうでしょうね」

「私も呪いの所為だと思います。肩こりは生活習慣も関係しますけど」

 こんなに呪われて、変な気を出し続けてピンシャンしている方がどうかしている。……でもこれだけ呪われても不調が肩こりだけなのか。どう考えても、不治の病とかにかかってもいいんじゃないレベルで呪われている気がしてならないんだけど。


「眠りも浅くてさぁ。やっぱり呪いだと思うわけよ」

「でしょうね」

「眠りが浅いのは、もしかしたら生活習慣かもしれませんけど、呪いがバンバン影響してそうですよね」

 それ以外の要因があるかもしれないけれど、絶対呪いの影響はある。というかないと、この呪っている相手も報われないレベルだろう。

 真っ黒になるほどの邪悪な気が出ている呪いをかけられても、ピンシャンしてるってどうなってるの? と思う。そこに込めた熱量に対しての反応が悪いにもほどがある。SNSなら、泣いちゃうぐらいの反応の悪さだ。

 これだけ呪われた結果出た不調が、眠りの浅さと肩こりのみ。……現代社会の人の方が疲れてそうだよ。えっ。現代人の方が呪われている感じ? そんなバカな。


「リチャード。折角だからさ、死霊さんに聞いてよ。この呪い多少でも改善する方法はないかって」

「お金は?」

「出す出す。幾ら欲しい?」

 出された紙にカリカリカリとリチャードが数字を書き込んだ。……一応数字は読めるようになったけど、露天で見て来た数字と桁が違う気がする。えっ? どう読むの?


「ふーん。いいよ。じゃあ、前金はこの半分で、効果が出たら全額でいい?」

「いいでしょう」

 いや、前金の半額でも、かなりとんでもない数字じゃない?

 目の前で交わされるお金のやり取りにひょぇぇぇぇと変な声が出るのみだ。というか、リチャード、この人からこんなにお金もらっちゃって大丈夫?

 なんというか、目の前の人は悪役というか、悪人のボス的な感じがする。貴族だけど、裏方の仕事を任されて、こんなに呪われちゃっているのだ。そしてそんな男と付き合う死霊使い。……アウトーという言葉が脳裏をよぎる。

 いやでも。今まで見てきたリチャードを思い出すんだ、私。めっちゃいい人だったじゃないか。職業で貴賤を決めてはいけない。その人をちゃんと見て見極めないと。


 とりあえずテーブルの上で金貨がやり取りされていたけど、それは丸っと見なかったことにする。生きている限り、お金は必要なのだ。それを稼ぐことにとやかく言うのはおかしい。うん。

 別にリチャードは何も悪いことはしていないのだ。

「アイさん、申し訳ないですがこの男の肩こりと寝つきの悪さを改善する解呪方法は知りませんか?」

 肩こりや寝つきの悪さ。

 これは現代でも結構慢性的に持っている人が多いものだ。


「えっと、肩こりも寝つきも基本的には血行を良くするのがいいです。解呪とかは分かりませんが、風呂に塩を入れるといいと思います。バスソルトというんですけど、使うと副交感神経が優位になるので、リラックスできます。あと、好きな匂いのハーブとか入れてもいいかもしれないです」

 母も肩こりやそれによる寝つきの悪さに苦しめられていた。

「あと、頭を使うと疲れるのですが、体が以外に疲れていない場合もあるので、少し動く時間を取り入れるといいかもしれないです。肩こりも肩甲骨をはがすような動きをすると改善が見られますし。散歩とかで腕をちゃんと振る感じでもいいですし、こんな感じのストレッチも効果あると思います」 

 私は肩を動かすポーズをする。

 指を肩に置き、ぐるぐるぐると回すだけ。まあ動かし方はなんでもいいのだ。要は肩甲骨が動けばよし。

「ストレッチは色々あるので効果がみられなかったら、別のも教えます」

 母が色々やっていたので、一応知っている。

 なので私は説明するが、アーチャーには全く聞こえていない。なのでリチャードがそれを通訳してくれる。二度手間で申し訳ない。


「へぇ。塩かぁ。どこの産地がいいとかあるの?」

 産地?

 塩って岩塩と海水からできる塩があることは知っているけど、何がいいかまでは知らない。というか確か塩は風呂窯を痛めやすいから、エプソルトとか使ってたはず。エプソルトは酸化マグネシウムだから、ナトリウムとは違うな、うん。

「リチャードさん、すみません。どこがいいかは分かりません。ただ、塩を入れた後の風呂釜は使用後早めに水洗いした方がいいです」

 役立たずだと思い頭を抱えたが、リチャードが気にした様子はなかった。

「色々試せばいいんじゃないですか? 匂いとかつけるのも、どれが好きかやってみないと分からないでしょう?」

「あー、まあ。そうだな。薔薇の匂いがいいって言われても、俺、苦手だし。ありがとうな、死霊さん」

「あ、はい。こちらこそ、ちゃんとした情報を渡せず、すみません。あ、折角だから肩を温めるもの出しましょうか? 後、磁石とかもいいみたいですよ?」

 想像すれば、母愛用のホットパックが出てきた。

 霊体なので触れられない可能性もあるけれど、クレンジング剤と同じなら、これだけ呪われているのだからうまく肩に乗せられそうな気がする。

 しかしリチャードはすごく嫌そうな顔をした。


「リチャード、なんだ、その顔」

「貴方の所為でアイさんが汚れそうで、迷っている顔です」

 そうか、迷っている顔なんだ。

 皺皺になった顔は、私が触るのが迷惑だと思っているのかと思った。

「なんで俺の所為なんだよ」

「呪われ過ぎて汚物状態だからですよ……でも、お金を貰ってますし……。アイさん。クレンジングザイを使った時のように手袋をしてくれますか? 素手はなんか嫌なのでやめてください。それぐらいなら彼は呪われたままにしておきましょう」

「おいっ」

 アーチャーはツッコミを入れたが、私としてもお金を貰ったということは大切なことだ。

 貰ったのならそれだけの仕事はしなければ。そのお金が私のご飯代になるのだ。働かざる者食うべからず。残飯が嫌ならやることはやるべきだ。


 確かにリチャードが言うとおり呪いを直接触って何かあると怖いので、プラ手袋を今回もはめる。

 そして温まった状態で出てきたホットパックをアーチャーの肩に乗せた。

「うわっ。突然方が温かくなったんだけど? えっ? これ、リチャードの死霊さん?」

「温めると血行がよくなりますから。マッサージとかするにも温めて筋肉が緩んでからやった方がいいですよ」

 アーチャーには聞こえていないけれど、とりあえず解説をしてみる。

 最初こそびっくりしていたアーチャーだったが、すぐになれたのか気持ちよさそうな息を吐いた。うんうん。だいぶんとお疲れのようだ。


「はい。もう十分です。アイさんお疲れさまでした」

 一分ほどしか経っていないのに、すぐさまリチャードにストップされた。止められたならやめた方がいいだろうとホットパックから手を離せば、すぐにそれは姿を消した。やはりこの世界に出現させ続けるには私が触れているという条件が必要なようだ。

「えっ。もう終わり? でも軽っ。うわー、すげぇ。今なら、暗殺者の二十人や三十人、相手にできそう」

 軽くなったことはいいことだけど、なんで暗殺者が二十人や三十人も出てくるのか。呪いより本人が物騒すぎてやっぱり怖い。

 呪いによる負の気配が若干減り喜ぶアーチャーから私は少し距離をとったのだった。

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