第33話:エピローグ
「……以上が、報告になります」
「……………なるほど?」
上司が困惑した様子で返答する。さすがに理解できる範囲を超えたらしい。
「――いや、信じていないわけではないんだ。君の魔力量、気配、立ち振る舞い、どれをとっても完全に別人だ。この短時間ではあり得ない変化が起きていることは間違いない。ただ……そんなことが起き得るとは、思っていなかった。魔術というのは本当にわからないな」
よく考えてみれば、彼女があの魔方陣を発動させ、帰ってきて、魔王を倒すまでに現実時間では一日も経っていないのだ。その間にこれだけの変化があればそれは驚くだろう。
「まぁ良い、とりあえず魔王はいなくなった。――町の被害は甚大だが、住人は元々いなかったし、作戦開始以降の犠牲者は魔族だけだ。よくやってくれた」
「はい。――でも、まだ何も終わってはいません」
カスタネルラは、目を伏せる。魔王はただ利用されていただけだった。魔族全体が、この大陸への侵攻を考えているのであれば、同じことは繰り返されるだろう。
「そうだな。魔王の侵攻の際、多くの人は攫われて、魔界に連れ去られている。つまり、それだけ簡単に、魔界とこの世界を行き来できる状況、というわけだ。――調査の結果、シルバの北にある無人島に、魔界へとつながる穴があるらしい。つまり、シルバはこれからも、魔族による人間界進行の足掛かりとして狙われ続ける」
「……可能なら、魔界へ行って攫われた人々も助けなくてはなりません。でも、まずはこの大陸を、人間の住む世界を守らないと」
攫われた人たちが無事である保証はないが、かといって放置するわけにもいかない。だが、それを魔界へ行くためにはとにかく準備が足りないのだ。
「ああ。既にヴァルコイネンの王とは話が付いている。シルバは対魔族用の前線基地とすることとなった。そこで――カスタネルラ。君にはその基地のトップとして、この町を、国を、そして、大陸を、守ってほしい」
……体感でえば、十年以上気の休まらない日々を過ごしてきた。もちろん上司から見たらほんの数日ではあるが、さすがに精神的には疲れている。少し休みたいと言いたいところではあるが、それが許される状況でもなさそうだ。
「わかりました。でも、私には基地を作ったり、軍を率いる知識はありません。あくまで魔族に対する戦力、抑止力として考えてもらえれば」
「ああ、もちろんだ。基地を立ち上げるスタッフやサポートするメンバーはすぐに集める。……数日中には何とかしよう。その間、少し休んでくれ。人事含めて、段取りを調整する」
「助かります。――ああ、そうだ。私に一人分の人事権をくれませんか? 優秀な人員に心当たりがありまして」
カスタネルラの言葉に、上司は不思議そうな顔をして頷いた。そして――。
◆◇◆◇◆◇
翌日。カスタネルラは、凍り付いたシルバの町を、城の一番高いバルコニーから眺めていた。多くの人々が、基地への改装のために忙しく働いている。
カスタネルラは天を仰ぐと、右手を伸ばした。そして――狭間の世界でずっと準備していた、魔方陣を空へ解き放つ。
彼女が巻き込まれた魔方陣とよく似た形の陣が、空に展開された。しかし、これは彼女が改良を行ったもの。カスタネルラが、ある人を呼び出すために作り変えたものだ。
「――お願い、届いて」
カスタネルラの願いと同時に、陣が眩い光を放つ。そして、中央に大きな穴が開いた。そこから――一人の女性が降りてくる。そのまま落下しそうになったところを、カスタネルラが氷で滑り台を造り、バルコニーまで導いた。
「――こんにちは、メリル」
「ええ? カスタネルラ? あれ、なんですかここ。私は、機能を停止して朽ちていくだけだった、はず……」
メリルは驚きの表情を浮かべ、周囲を見渡し、はあ、と息をついた。
「……なるほど。貴女がコツコツと内職していたのは、この魔術のためでしたか」
機械の身体を持つ女性は、呆れたような顔でカスタネルラを見つめる。
「さすがに、異世界からの召喚は難しいけれど、狭間の世界からなら、いけるかなって。びっくりした?」
「ええ。本当に、驚きました。……ここが、貴女が救おうとした国なんですね」
メリルはバルコニーから町を見つめる。雪に覆われた町が、太陽の光を受けて輝いていた。
「そう。――そして、これから私が、私達が暮らし、戦っていくことになる、町」
「――はぁ、その口ぶりでは、魔王を倒したけど、まだまだ働かされそうな感じなんですね?」
「そうそう。だから、信用できる人が、近くに居てほしいんだよね。――私、今一人ぼっちだからさ」
「……ふぅ。全く、しばらくゆっくりしても、それこそ逃げだしても、
「まぁそうかもしれないけどさ。――でも、まだまだ、何も終わっていないから」
「――私を呼び出して、やってほしいことがあるんですよね? 遠回しに言わないで、ちゃんと話してください」
メリルは、じっと、カスタネルラの目を見た。
「うん。メリル。私と一緒に、この町を、この国を、この世界を守って。私には、貴女が必要だから」
苦しい日々を、支え続けてきてくれた彼女なら、信頼できるから。
「――ええ、カスタネルラ。ただ死んでいくだけだったこの身体です。貴女の望むとおりに、働きましょう」
メリルはそう言って、笑みを浮かべた。
「ありがとう! まずはとりあえず、この町を前線基地にして、魔族との戦いに備えないとならないんだよねー。何したらいいかな」
「私だって状況がわからないと何も言えませんよ。とりあえず有識者を集めてください」
「ああ、それは数日中に来るみたい。とりあえず、私の上司に紹介するね。それから――」
――それから。とりあえずゆっくりお茶でも飲んで、話をしよう。これから長い、困難な日々が始まるのだから。
◆◇◆◇◆◇
カスタネルラは、この後に前線基地を作り上げ、渡る魔族からの侵攻を食い止め続けた。その功績と、能力から、彼女は『白の魔女』と呼ばれ、その名は大陸中に広まった。人間どころか魔族からも恐れられるその魔女の傍らには、機械の体を持つ女性が常に控え、彼女を支えていたという。
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後書き
これにて、カスタネルラの物語はひと段落となります。
読んでくださった方、ありがとうございました。
ですが、彼女には願いがあり、会いたい人も、助けたい人もいます。
そのために、彼女はまだまだ戦い続けるでしょう。
もし面白かったという方、あるいはこの先の物語が見てみたい、という方。
是非、星やいいね、コメントを頂けると幸いです。
里予木一
氷の魔女の異世界放浪記 里予木一 @shitosama
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