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 魔法の眩い光が真崎の目を眩ませている中、彼女の奥にそびえる巨石の数々がこちらを見ろと強烈に主張していることに気付く。


 それらは日の光に照らされて白く美しく輝き特徴的なマーブル模様が見られる、恐らく大理石のようだ。真崎には地学の知識は余りないので、そうであるとは断言できないのが惜しい。


 大理石の巨石は一つだけでなく、巨石の柱が幾つも天空を支えるようにある程度の規則性をもって威容を放ちつつ立ち並ぶ。


 その様相からここはまるでギリシャ神殿のような、神々の神域のような場所ではないのか。


 眼球を使って更に周囲の様子を探ろうと試みる前に、あの魔法の光が段々と弱くなる事に気が付く。


「あの、私の言葉理解できますか・・・?」


 全く理解できなかったはずの彼女の言葉が今は理解できる。


 ―――

 魔法が効いたのだろうか。あれはきっと万物の言語を翻訳、そして理解し利用する事が出来る魔法なのだろう。


 そんなものが地球上にあれば通訳の仕事なんて無くなってしまうのだろう。

 ―――


 言葉が理解できなければ意味が分からず一つの音楽の様に感じてしまう事も有るが、それが理解できれば尚更の事、秋夜の中で響く鈴虫のような音色に似た声、それが大変美しく感じる。


「あぁ、いえ、大丈夫です・・・。あっ、言葉通じてますか・・・?」


 彼女の言葉に自然に返答したものの、そもそも自分が口にした言葉が彼女に伝わる物かと思ったが、「大丈夫ですよ、通じてます。魔法が効いたのですね。」と返答され少し安堵する。


「あの、ここは一体・・・?あっ。」


 真崎の胸に何かが詰まる。


 唾を呑み込んだ訳でもなく、咳込んだわけでもなく、肺の辺りから突然何かが込み上げるような感じがして息が出来なくなる。


「あっ、まだ体が出来たばかりですので無理をなさると・・・。」


 彼女は真崎の体を心配するも、心配どころでは無い状態に真崎が陥っている事に気付くとすぐに「大丈夫ですか!?」と真崎の背中を擦ろうと体を寄せる。


 目の前に彼女の香しい果実が二つ眼前に迫ってくると、真崎は緊張のせいか鼓動が早くなりより息が苦しくなる。


 緊張すればその分人体の各部分が必要とする酸素も多くなる為、より息苦しさが強くなる。


 今起きている危機をボディランゲージで彼女に伝えようと、喉と胸を指さしたり首を絞めるような動きを試す。


 ―――

 苦しい。早く息を・・・。

 ―――


 彼女は漸く真崎が呼吸出来ないことを察し、何かまた小さく呟く。


 その途端、また彼女の指先が光り輝く。


 そしてその指先で真崎の胸の辺りを数度突くとすぐに真崎の口から水のような物が噴き出し始めた。


 只の水かと思いきや、何か甘いまるで果実のような香りがする液体。


 それが肺から気管、そして喉を通って口から噴き出す。


 真崎はそれを粗相の無いように彼女の居ない方へ向いて吐き出す。


「まだ体が出来たばかりですので、あまり無理はなさらず・・・。」


 彼女は真崎の体を心配するものの、真崎自身は口から噴き出る物を制御する事に精いっぱいで彼女の言葉すら耳に入らない。


 ―――

 そもそも何故肺の中からこんな甘い液体が、まるで蜜のようなものが出てくるのかさっぱりわからない。


 こんな甘い物が、何故。

 ―――


 ゲッホゲッホゴホ、幾度か吐き残しの物を追い出す為の咳を繰り返す。苦しい、息を吸わなきゃ。


 ゴホッゴホ。


「大丈夫ですか・・・?」


「何とか、大丈夫、です・・・。」


 次第に咳が落ち着いてくるにつれ、真崎は少しずつ大きく呼吸を整える様に息を吸い込む。


 息が吸える。漸く。


 そして真崎はふと気づいた。


 この場所で気が付いたころから無意識に行っていたが、呼吸ができるのだ。周りに水泡のような気配はなく、ましてや水の中に包まれている感覚もない。


 つまり、この場所は自分が呼吸することができる地球上と似た大気構成だという事だ。


 無論、肉体がこの場所で生存可能な様に作り替えられている、という事も有り得るが。


 改めて新鮮な空気を肺一杯に吸うために、上を向いて大きく息を吸う。


 強い陽射しが真崎の網膜を焼こうと躍起になるが、その陽射しを防ごうと枝葉がカサカサと揺れ邪魔をする。


 真崎が息を大きく吸い吐くと、その様子を優しく見守っていたのだろう枝葉は安心したようにまた風に揺られてカサカサと揺らめく。


 まるで意志が有るかのように。


「ちゃんと息できるようになりましたか・・・?」


 彼女は真崎の息が整うまで静かに、真上の枝葉の様に静かに真崎の事を見守っていた。


「なんとか、いろいろありがとうございます。」


「いえ、まだ本調子ではないと思いますので・・・。」


 真崎の体を心配し、彼女はまた真崎の背中をゆっくりと優しく擦る。


 すると漸く鼻も匂いを判別できるようになったのだろうか、林檎の皮から発せられるような甘酸っぱい彼女の香りがふわりと真崎の鼻先をくすぐる。


 美しく良い香りの女性に背中を擦ってもらっているとなんだか少し恥ずかしく、顔も林檎の色づき始めの様にほんのり紅く染まってしまった。

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異世界で運輸業を始めることになった。 斧田 紘尚 @hiroyoki_naoyoki

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