1-3

 余りにも長い間何もする事が無く、考えれば考えるほど思考の沼に嵌ってしまうと思いぼーっと瞑想のような真似事をしていたが、無限にも光り続けるように思えていた眩い光が少しずつ収まっていく事に真崎は気づく。


 先程までのまるで拘束されたような体の不自由さは消え、腕と指先でピアノの鍵盤を叩くような動作が出来るまでには動かせるようになっている。


 数刻前のような美しい宇宙空間は何処に行ったのか、視界はぼんやりと霧が覆い眼前10センチほどの近さであっても物体の像はハッキリしない。


 体を起こし少し周りを手さぐりするとコツンと硬いものに手の甲がぶつかる物があり、それを今度は指と手のひらで危険物を扱うように慎重に触れる。


 ―――

 表面はざらざら、ところどころにボツボツとした物、今度は軽く指先で叩くと

 適度な硬度がある。


 これは木の枝か木の幹、もしくは根。杉なのか白樺なのか、木の種類は触感

 だけでは今のところ判別する事が出来ない。


 目ではっきりと見る事さえできれば。

 ―――


 五感と知識を総動員し今得られる最大限の情報で、現状把握しようと真崎は苦心しているとそこへ、

「***********・・・」

 と全く聞き覚えの無い言葉が何処からか鳴り響く。


 真崎の耳はまだ万全ではなく耳栓が入ったままのような状態の為、明瞭にその音声を聞き取ることは出来ないものの女性のような比較的高い声音である事はわかる。


 それが聞える方向を未だぼんやりとした目で追っていくと、何か白い物体が横たわっていて真崎に向かって同じ言葉を繰り返す。


 真崎はその声音のする方へ向って四つん這いのまま手さぐりで数歩這い寄っていくと、むにっと柔らかい物に触れ、それと同時に柔らかい物と桃のような香りに優しく包み込まれる。


「***********?」


 どうやら先程の声音の主はこの柔らかい物のようだった。


 ―――

 あ、あれ?

 ―――


 真崎は目線を上げると、うっすらと女性の顔の輪郭が目に入る。


 彼女の白桃の様に瑞々しい頬、苺の花托の様に張りのある唇。


 真崎の体に無い物が次第に鮮明になりつつある真崎の目の中に飛び込む。


 この柔軟に体を包み込む肌、ああまずい、これは、と真崎は自ら触れた物が何なのかを理解し彼女の体から咄嗟に離れる。


 意図せず女性の体に触れてしまった事に鼓動が早くなる真崎に対して、目の前の女性は何もかもが麗しく宝石のように美しいその顔をゆっくりと近付ける。


「*******、****」


 女性は眉を下げ困った顔で未だに理解できない言語を口にし、今度は真崎の頬、鼻、耳をその絹のような肌触りの手で何かを調べるように探り始める。


 ―――

 一体全体、この彼女は誰なのだろうか。


 一体ここは何処なのだろうか。


 何時から彼女はここに居たのだろうか。


 ずっとそこに居て自分が目覚める事を待っていたのだろうか。


 なら何のために?

 ―――


 真崎の顔をまさぐられ続けて30秒ぐらい経った後、漸く真崎の目がはっきりと物を見る事が出来るようになる。


 ぼんやりとした像だけでも美しいと思えた彼女の顔、それがはっきりと眼前に見える。


 このように美しい女性を今まで見たことがあっただろうかと思う程、まさしく絶世の美女と称するに値する女性が眼前に居た。


 薄い紺色のローブを身に纏い、それをそよ風に靡かせる美女。

 ローブの一部は風に煽られ、そして体に張り付き女性の身体特有のなまめかしいボディラインを表す。


 これを間近に見た真崎はあまりの艶やかさに生唾をごくりと呑み込む。


「*****!」


 彼女の口にする言葉にはある程度の規則性がある事は、この言語になじみの無い真崎の頭でも理解する事は出来たが、その意味するところはやはり解らない。


 彼女の口にする言葉一つ一つに首を傾げたりして、理解できないというボディランゲージを真崎は試してみる事にする。


「****?」


 首をかしげる。


「**、****。」


 また首をかしげる。

 今度は手のひらでわからないというジェスチャーを試す。


「***、***。」


 同じようにジェスチャーを繰り返す。


 このやり取りが数回続いた後、何か解決策でも見つかったのだろうか、彼女は何か思いついたように手をポンと叩く。


 そして真崎の頭を両手でしっかりと掴み何か小さく呟く。


 途端、その両手の先、真崎を掴む指先が光始め真崎の頭部の中へ浸透し始める。

 地球上で起こりえない不可思議な現象、魔法としか表現できない事象。


 彼女の指先から真崎の体内に向かって魔法が放たれている。


 一体全体何が起こっているのかと真崎は困惑しつつ、彼女の為すがままに身を任せていた。

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