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 真崎は唐突な光が目の前の一切合切を包み込み、自らの体ですら光の一部でしかないような光の海に放り出された。


 体の自由は無くただ生暖かい空気なのか液体なのかそれすらわからない不思議な感覚に包み込まれ、毎秒、毎分、毎時など時間の感覚が狂うほどの長い間、重力の有無、上下など見当もつかない不可思議な状況の中に真崎は居た。


 かろうじて眼球は動く。自らの体をなんとか覗けば半透明で実体が無いように感じ、上を見つめれば自らの汚い尻が見え、下を見れば自らの頭が見え、左は右半身、右は左半身とまるで自らの体が連続的に存在しているかのような空間であることは理解した。


 では真正面はどうなのだ、と改めて前を見つめると自らの背面は見えず、ただ光が前から後ろに延びて一筋の光跡となって残るのみで「ああではきっと、こちら側に進んでいるのだ。」と真崎は考察する。


 何処かで見た覚えがある。超光速の星間航法の際、光よりも自らの速度が速いので光が置いてけぼりになっている、のだったか。確かなにかの映画でみた光景だ。


 光よりも速いスピードで私の残像が置いて行かれている、そして何らかの空間によって自分は閉じ込められているのだ。


 一体全体自分はどうなってしまうのだろうかという、漠然とした不安があるかどうかも分からない真崎の頭の脳裏を過った。





 どれぐらい時間が経っただろうか。


 先ほどまで右の眼下にはっきりとした形で見受けられた特徴的なオリオンの砂時計も、今は机から落として割れたように形なく崩れている。


 左の眼下にはこぐま座だと思われる連なりと南十字星が横合いになって並んでいた。


 地球上で観測できる星座とは全く異なり、全てひっちゃかめっちゃかになる遠くまで、銀河系の果て、あるいは宇宙空間のバブルの外まで来てしまったのだろうか。


 肉体から魂が飛び出て宇宙空間の果てまで飛んで行ってしまう。死とはこういう事なのだろうか。一旦死んでしまえば宇宙の果てまで飛ばされて、お世話になった人たちに一瞬ですら挨拶にも行けないとは、まったくもって慈悲がない。


 と、時間を持て余して余計なことを考えていると、なんだか頭のてっぺんがムズムズして来ているのに気が付いた。


 実体が無いという事は神経がつながっていない筈で、そうであれば五感も無いという事になる筈なのだが、どうやら頭のてっぺんの触感は感じとれている。


 まぁ神経や電気信号が無いと考えることすらできない筈ではあるが、そこは霊体は考えることができると仮定して置くことにしよう。


 話は逸れたが一部ではあるが触感があるという事は、肉体が一部ずつではあるが再生しつつあるという事なのだろうか。いや、新しく作られているのかもしれない。

 段々と強くなるむず痒さを耐える手段を考えなくてはいけない。


 体は動かないくせに頭頂部は今すぐにでも搔きむしれと電気信号を流してくる。

 どうすべきか、とにもかくにも念仏でも唱えてみるか?


 真崎はひたすらに頭の痒みと格闘していると、さらに痒みの部位が増えていることに気が付いた。


 頭頂部からその周囲、今はちょうど額の真上まで来ている。


 頭のてっぺんから肉体の生成が行われている、ということだろうか。


 一応神経が生成され始めて、まだ神経が敏感故に痒いのだろう。


 だが、こんなところで肉体が出来ても一体どこで使えというのか。そもそもムズ痒すぎてたまらない。


 声を出すこともままならず、ただ痒いと目で訴え様にも訴える相手がいない。


 真崎はこの拷問にひたすら耐えるしかなかった。






 さてまたどのぐらい時間が経ったであろうか。


 頭の先から始まった真崎の体の生成は段々と進み、今は痒い痒いと愚痴ることができる喉元までできていた。


 また、頭頂部とは別に指先、足先からも生成が始まり、それぞれ二の腕と大腿部の生成も完了していた。無論、そちらも痒いが。


 後は胴体部を残すのみとなり、痒みを感じる部位が4倍に増え悶絶必死となる中、真崎はあることに気づいた。


 ひとつは、前方の視界がさらに明るく眩しくなってきたこと。


 もう一つは、果実のような甘い香りがすることだ。


 そうだ、考えるまでは疑問に思わなかったが視覚はなぜかあった。眼球が生成されなくても視覚はあったのは、幽霊が物や人を認識できるのと同じ、と考えることで自分の中で理解することにした。


 だが幾ら眼球が出来たからとはいえ、それ以前と比べて大分前方の光量が増してきている、明らかに何かが起ころうとしているのだろう。


 そして、鼻が生成された後から今の今まで香りの類は一切感じ得なかったのだが、今ははっきりとシトラスとリンゴの中間にあたる香りを感じとることができる。まるで今さっき絞ったばかりの果汁で満たされた中を泳がされている。


 いや、むしろ私自身が果実そのものなのだろうか?果実が熟れるに従って私の体の生成も行われている?


 だとすると私は植物の種にあたるものなのか?そうであれば、私の体が完全に生成された後、つまり果実が完熟した後どうなる?幹から落ちて朽ち、そのまま木に成るのか?


 であれば、私はやはり木に生まれ変わるのだろうか。しかし、であるならば私の体を生成する意味などあるのだろうか?いや無い。


 一体全体何が目的で私の肉体を生成しているのかがわからない。


 私が何をしたのか、いや私に何をしろというのだろうか。


 真崎がより深く考えていると、あたり一面に光が溢れ体の感覚もすべて失われ、ただ光の海に消え入るのだった。



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