ブッコローしか知らない【本当にあった!】ヤバいぬいぐるみの世界

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本文

              ♪♪テレテテッテ♪♪


「今回はこちら、書店で買える! ぬいぐるみの世界~! よし、こんな感じかな今日は」


 YouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』のMCを務めるブッコローは、動画撮影のために、有隣堂伊勢佐木町本店六階のスタジオを訪れていた。今は台本を読んで声出しをしている最中で、スタジオの長テーブルには、ミッフィー、パディントン、しろくまちゃん、はらぺこあおむしなどの有名作品のぬいぐるみが並べられている。

 もちろんブッコローのぬいぐるみもあり、センターを堂々と陣取っている。


 今回は有隣堂のぬいぐるみを愛してやまない社員が情熱の限り紹介することになっているのだが、肝心の社員が約束の時間になってもやってこない。スタッフが何度も電話をしているようだが、連絡がつかないらしかった。

 ブッコローは最近疲れが溜まっていることもあり、待っている間に眠くなってきてしまった。椅子に座ったまま、うつらうつらと眠りの世界に落ちてしまうのだった。


(アレッ?)


 ブッコローが目を覚ますと、全身が固まって動かなくなっていた。羽ばたけもしない、果てはまぶたさえ閉じられない。無理矢理縫い付けられているような感覚に、焦り戸惑う。


(ど、どうなってるんだ!? おーい! 誰かーっ!)


 目の前は眠る前に座った椅子から見えている景色で、人の気配はしない。どれくらい時間が経ったのだろうか、明かりがついているだけのフロアはしんと静まり返っている。顔が動かせないのでブッコローは人を呼ぼうとするのだが、嘴も動かない。


(あっ、足音がする! よしよし誰か来るぞ)


 カツ、カツ、と靴音が聞こえてきて、ブッコローは安心感が湧いてきた。誰かが気づいてくれれば、自分がどうなっているのか知ることが出来る。体が物で固定されているのなら、外してもらえるチャンスだ。


「おかしいな、ブッコローどこに行っちゃったんだろう……。紹介するはずの社員さんとも連絡つかないままだし、今日の撮影どうしよう」


 姿は見えないが、声で動画制作スタッフだとわかった。ブッコローは動け動けと体に力を入れてみるのだが、ピクリとも動かない。頼むからこっちへ来てくれと念じるくらいしか、やれることがなかった。そのうち靴の音が近づいてきて、目の前にスタッフがやってきた。


「あっ、ブッコローここに……って、なんだぬいぐるみか」


 スタッフは、ブッコローの姿を見て一瞬ホッとしたような顔になったが、すぐに落胆してため息をついた。紹介する商品だと思っているのか、椅子の上から長テーブルの端にブッコローを置くと、忙しそうにフロアを出ていってしまった。


(え、僕、ぬいぐるみになっちゃったの? 嘘でしょ)


 なすがまま置かれたブッコローは、内心でとてもショックを受けていた。寝ている間にとんでもないことになってしまった。悪い夢なら覚めて欲しいと願うばかりだ。どうしてこんなことになってしまったかもわからないし、どうやったら元に戻れるかもわからない。もしかしたら、このまま一生ぬいぐるみのままかもしれない。

 そう思うと怖くなってきた。意識がある状態なのがなおのこと怖い。


(誰か助けてーーー!! ザキさーん! 郁ちゃーん! プロデューサー!)


 スタッフが出ていった後、入ってくる人は現れなかった。営業時間が終わり、今日の撮影は中止になったようで、フロアの電気が落とされた。ブッコローは暗闇の中に一羽ポツンと残されて、伊勢佐木町本店は静寂に包まれる。


(そういえば、伊勢佐木町本店って『出る』って話だったな)


 怖さが限界に達し、一周回って冷静になってきたブッコローは、本店にまことしやかに伝わるある噂のことを思い出していた。

 曰く、幽霊が『出る』のだと。それは人の姿をしているとも獣の姿をしているとも言われ、締め後に本が棚から落ちてきたり、勝手に電気がついたり消えたり、ラップ音が鳴るのだと。だから本店で働く人達は遅くまで残りたがらない、片付けが途中であっても閉店後二時間以内に帰るのが暗黙の了解になっていると。


 ブッコロー自身も『夜の書店を徘徊する』という連続企画で夜の本店を散策している時、ラップ音を聞いたり電気がついたりする怪奇現象に遭遇していた(※詳しくは有隣堂しか知らない世界013~を見てね!)が、本当に怖いのは深夜2時を過ぎると起こる現象だという話を聞いていた。具体的にどんなことが起きるのかを知っている者はおらず、企画ではその現象も撮影しようという話が上がったが、有隣堂社内の有識者から「それだけは本当に絶対に駄目」と差し止められて結局没になっていた。


(あの噂が本当だったらどうしよう……。こんな姿じゃ動けないからなぁ)


 ブッコローの不安を煽るように、ミシミシ、ピキピキ、パキンと音が聞こえてくる。いや、これは家鳴りのデカいやつなんだとブッコローは自分を安心させるためにとそれっぽい理由を付けて誤魔化そうとするが、バサッと自分の後ろで明らかに本が落ちている音がしてじわじわと恐怖に蝕まれていく。振り返ることすら許されない体では確認のしようがない。人のせいだったらいいのにと思う一方で、こんな時間に真っ暗なフロアに人がいたらそれこそ大問題だと気づく。


(うう……嫌だ嫌だ嫌だ。怖いよー!)


 目をつぶれないブッコローは、暗闇の中で永遠にも似た時間を過ごしていた。ゆっくりゆっくりと時間が進み、深夜2時を回った瞬間だった。ボーンボーンと古めかしい柱時計の鳴る音が聞こえてきた。しかし、ブッコローは知っている。六階にそんなものは存在しないことを。そして時計の音が鳴り終わると、今度はクスクス、ウフフと笑い声が聞こえてきた。子供のような、女のような声がフロアに響き渡る。


(うわわわわわわわ!!! ヤバいってヤバいってこれマジなやつ!)


 内心震えに震え上がっているブッコローの耳元まで笑い声が近づいてきた。いや、最初から近いところで笑い声がしていた。閉じられない視界の端っこに、ぬいぐるみたちが映っている。声は、そこから出ていたのだ。


「遊んで」「遊ぼう」「こっちへおいでよ」「楽しいよ」


 それまでうねりのようだった笑い声は、はっきりとブッコローに対して話しかけるものへ変わった。おいでおいでと呼びかけてくる。


(嫌です嫌です絶対にお断りします僕は家に帰りたいんです勘弁してくださいお願いします……)


 心の中で拒否を続けていると、話しかける声がフッと音が消えた。ああ、よかったと安心したと気を緩めたその時。


 ブッコローの体を、床から生える無数の白い手が掴んで持ち上げたのだった。


(うわああああああああ!!! 出たああああああああ!!!!)


 心の叫びなど気にも留めず、無数の手の波はぬいぐるみになったブッコローを掴んでフロアから連れ出し、階段を降り、吹き抜けになっているフロアまで持ってきた。ひんやりとした感触に転がされたブッコローの視点は下向きに固定され、転落防止の柵の上に迫っていく。


「遊んでくれない」「どうして」「ぬいぐるみなのに」「遊んでよ」


 白い手に運ばれている間にも、声が聞こえてくる。悲しそうな子供の声だと気づく頃には、もう床が見えるくらいまでせり出していた。


(ま、まさかここから落とされる!? 嫌だーーっ! やめろ! やめてくれーーっ!!! 僕はぬいぐるみじゃなーーーい!!!!)


 ブッコローの願い虚しく白い手の波は柵に押し寄せ、抵抗する力を持たないぬいぐるみの体はふわりと宙を舞い下の階の床に向かって落ちていった。子供の笑い声がうっすらと聞こえる中、ブッコローの視界は黒と白のモノクロに彩られて、意識はブツっと途絶えた。


「うわあっ!」


 体の痛みに目を覚ますと、ブッコローはスタジオの床に倒れていた。椅子に座ったまま寝ていたので、バランスを崩してしまったようだった。長テーブルには文房具が置かれていて、今日は有隣堂文房具バイヤー岡崎弘子と共に、文房具屋さん大賞を受賞した商品を紹介したりしなかったりする回の収録だったと思い出した。


「よかったー、夢で。心臓に悪いわホントに」


 固まった体をほぐすように伸びをして、ぶつけた箇所を摩りながら起き上がると、動画制作スタッフがやってきた。


「ブッコロー、お疲れ様です。これ、次回の台本なので今から読み込んでおいてくださいね」

「ああ、はいわかりました」


 生返事で受け取った台本には『書店で買えるぬいぐるみの世界』と書いてあった。


               ♪♪テレテテッテ♪♪

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