第36話 ラストステージ ブラックボックス②

「菊池健太を問い詰めたところ判明したのだが、おまえは愛しているはずの茜とも、まだシていないそうではないか。それはなぜだ?」

「お、大きなお世話だよっ!」

「ふん。本当は、茜ともスルことができないのではないか? 所詮おまえは彼女ともできない、ただの臆病者なのだ。愛だの何だの小綺麗な理由をつけて、我々をごまかしているだけだろうが!」

「ち、違う! スルことだけが、愛情なんかじゃないっ!」


 そう。

 茜と楽しく会話したり、手を繋いだり。

 それだけでも十分に愛情は感じているんだ。

 そりゃあ、その時が来たら自然とそうなるかもしれないけど、それは今じゃない。

 それが、俺にとっては当たり前のことだと信じている。

 西園寺には、わからないだろうが。


「たわけたことを言うな! そんな愛など、この世界で聞かぬわっ!」


 西園寺は椅子から立ち上がると、再び指をぱちりと鳴らす。

 とたんに、西園寺の両脇で待機していたゴリラ女子たちが俺に突進してきて、俺の両腕をがっしりと掴んだ。


「なにをするんだ、離せよ!」


 必死に抵抗してみるが、ゴリラ女子の力は強く体がぴくりとも動かない。

 もがいていると、扉が開いて、ひとりの男子が教室に入ってきた。


 それは、制服に着替えた高宮だ。

 その顔は、取り乱していた前ステージの時とは異なり、至極すっきりとした表情で笑みすら浮かべている。


「やあ、また会ったね」

「なんで高宮先輩が、ここに!」

「なんでって……今回はこのステージのスタッフとしてだよ。西園寺も俺も同じ3年C組なんだ」

「スタッフ?」

「本当はスタッフとしてではなく、君に勝って選手として来る予定だったんだけどね」


 高宮は笑みを浮かべながら、足早にベッドに歩み寄る。

 そして眠っている茜の顔を、両手でそっと抱えるようにした。


「なにしてるんだよっ! 茜から離れろっ!」

「君が茜ちゃんとシないと言うのであれば……俺が茜ちゃんとキスをする」

「はあ、それってどういう理屈!?」

「君がスルか、俺がキスをするか。どちらかを君が選ぶのが、このステージのルールなんだ」

「な、なんだってっ!」


 高宮が茜とキスするのは、どうしても許せない。

 だからと言って、ここで茜とスルのは……。

 どうしよう……どうすればいい……。

 顔から汗が滝のように流れ、床にぽたぽたと落ちる。


 

 ふと、俺は顔を上げた。

 そして西園寺を睨みつける。


「俺が……茜とシます」


 西園寺は、驚いた表情を顔に浮かべた。


「ほう。やっと決心したか。おい、放してやれ」


 ゴリラ女子から解放された俺は、落胆の表情を浮かべる高宮を横目に、ふらつきながらベッドの上に乗ると。

 寝ている茜のからだに、覆いかぶさった。

 そしてそのまま、ぴくりとも動かない。


「おい、何をしている! 早くシないか!」


 西園寺の怒声にも、俺は動じない。

 俺は、茜を守るんだ。

 この身を挺してでも、誰にも茜に触れさせないぞ。


「おまえらっ! 青空を星咲から引き剥がせ!」


 命令を受けたゴリラ女子たちが、すさまじい腕力で俺の体をどけようとする。

 だが俺は、ひしと茜を抱きしめて絶対に離さない。

 すると今度は、強烈なパンチの連打を繰り出してきた。


 ドスドスドスドスドスッッッッ!!


 顔や腕、背中に足と至るところに激痛が走る。

 その痛みは並大抵のものではなく、声も上げられない。

 だが、俺はその攻撃をひたすら耐え抜く。


 ドスドスドスドスドスッッッッ!!!!


 そのままどれだけ時間が経っただろう……すでに痛みすら感じなくなり意識が朦朧としたそのとき。

 遠くで西園寺の声が聞こえた。


「……もういい。やめろ」


 とたんに攻撃が、ふっと止む。

 俺がやっとのことで腫れ上がった顔を上げると、西園寺はそこに屹立したまま俺を睨みつけていた。


「青空よ。それがおまえの愛なのか」


 俺はその問いに答えず、なんとか体を起こすと茜を両手で抱え上げる。

 そして足を引きずりながら教室のドアへと向かった。


「いてて……」


 そのまま教室から出ようとしたその時。

 俺の背中に向けて、西園寺がぼそっと言った。


「……どうやら私は、おまえに惚れてしまったようだ」


 いや、聞かなかったことにしよう。

 

 

 茜を抱きかかえたまま、校舎の外に出た。

 真っ青に広がる空は、酷くダメージを受けた俺に元気を降り注いでくれているようだ。

 なぜか自然と、笑みが溢れた。

 

 そう言えば……。

 ラストステージでも禁欲を守った俺は、優勝ってこと?

 いや、違うな。ルールを破ったから失格か。

 まっ、どうでもいいや。

 

 ふと、茜が目を覚ました。


「あれ? どうしたの私!?」

「ちょっと、寝てたんだよ」

「なんで晴人にお姫様抱っこされてるの!? は、恥ずかしいっ!!」

「ご、ごめんごめん」


 俺は、そっと茜を立たせてやった。

 茜は俺の顔を見ると、驚いて目をまんまるにする。


「晴人、めっちゃ顔が腫れてるよ!?」

「いや……たぶん、虫に喰われたんだろ……」

「うそっ。誰にやられたのか教えなさいっ。私がそいつをとっちめてやるからっ!」

「やめておいたほうがいいよ、相手は人間じゃないから」

「へっ?」

「悪魔とゴリラなんだ」


 俺は茜を連れて、校門のほうへとゆっくり歩き出す。


「どこ行くの? みんな体育館で待ってるのに」

「そんなの、もういいさ。それより……」

「それより?」


 ちょこんと首を傾げた茜に、俺はこう答えるのである。


「茜、めっちゃ愛してるっ!」

 

 



── 一旦、完 少しお休み頂きます(この程度の話でヘタレめがっ、と罵って頂けると励みになります)──


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貞操観念がバグった世界で、幼馴染のカノジョを死守する方法 ねじまき猫 @nejimakineko

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