第3話 カラスの巣窟②

 地上に見えていた黒い箱型の建物は、実際には地下に広く伸びていて、見た目以上に大きくなっている。

 また、足元しか電気が付いておらず、全体的に薄暗くなっているのは、夜間行動の際の夜目を鍛えるためだと島田に教えてもらった。


 「ここがわたしの部屋ねぇ。いつでも来ていいからね」

 「……はい」


 出来れば一度も訪れたくはない、と思う颯太と空だが、ニコニコと機嫌よく説明してくれる島田の機嫌を損なうわけにもいかない。


 「それでこっちが二人の部屋よぉ。新人はまとめて一緒の部屋。……羨ましい」


 最後の言葉が微妙に聞こえなかったが、ひとまず綺麗な部屋だとは思った。ただ颯太も空も片付けることが苦手で、今後この部屋がどうなるのかは言うまでもない。


 「なぁふーた。俺が上だからな」


 突然、空が二段ベッドの上を指差して言った。


 「何言ってるか聞こえない」

 「俺が上でてめぇは下だっつてんだよ」

 「はぁ? 俺が上に決まってる!」

 「いいや俺が!」


 どちらが二段ベッドの上を取るか、まるで小学生のような争いに、島田が手を叩いて参加した。


 「二人とも仲良く上で寝ればいいのよ」

 「「それは断る!」」






 結局颯太が空に上を譲る形になった。


 「二人とも仲が良くて良いわねぇ」


 と感想を漏らした島田だが、実際颯太と空は小さい頃から競い合っていた中で、本当に仲が良い。それは二人ともが自負している事であるのだが、絶対に口には出さない。


 「じゃあ次、ここが倉庫。男子なら燃えるんじゃない? あ、ここ火気厳禁だからねぇ」


 島田に連れられて更に奥へと進むと、男子的に魅力を感じるミリタリーなあれこれが綺麗に陳列してある部屋へと来た。


 「すっげぇ……」


 溢したのは空だ。彼は無類の「ミリオタ」であり、常にそういった本を持ち歩くほどだ。


 「触っても良いですか……?」

 「まぁ、安全装置が付いてるから、あ、でも落とさないでねぇ。あと元の場所にちゃんと戻しておいてねぇ。これ並べたのミッチー……ミチルだから、怖いよぉ?」


 空の脳は珍しくフル回転していた。この並びを汚くすると、果たしてどうなってしまうのか。想像に容易い。


 「いや、俺は綺麗に直せる。それくらいできる。よし!」


 そう叫んで、空は目の前の銃を一つ手に取った。軍用の使い回しだと教えられていたが、意外と綺麗な外装をしている。


 「ここの管理はほぼ全部ミッチーだから、気を付けてねぇ」

 「なんで触った後に要らない情報撒くんですか?」

 「嫌がる顔が見たいからぁ? 的な?」


 すると、ニコニコと二人が嫌がる様子を眺める島田の携帯が鳴った。


 「あら、かいとくんったらわざわざ電話なんかしてきて。……うん? あぁ、分かったわぁ」


 颯太は地下なのに電波通じるんだと思いながら、


 「どうかしたんですか?」

 「ちょっと急用が出来たから、少し離れるわねぇ。あと適当に見回ってても良いけど、大人しく、ね?」


 少し語尾を強調し足早に去っていく島田は、最後にウインクを残して倉庫から出ていった。


 「なあふーた。急用ってなんだと思う?」

 「さぁ……何だろうね」

 「蟲が来たかな、俺たちの出番だったりして」

 「それはないよ。だって蟲の発生は三日に一回。昨日来てるはずだから今日は無いだろ」

 「そっかー。つまんねぇの」


 と、言いつつも颯太自身も少し期待していた。


 2123年、初めて蟲が世界に姿を現した。それから時が経つこと16年、正確に言えば蟲が本格出現したのは2130年からだが、蟲を専属で駆除する仕事はそこから始まっている。蟲はおよそ三日で出現するが、その蟲の身体は何倍にも大きくなり、ただ殺虫剤を撒いて殺すだけではないのである。

 しかし、進化したのは蟲だけではない。人もまた、その身体に特別な力を見出したのだ。


 「俺も、早くこの力を使いてぇ」

 「――」


 空が自分の足を撫でるのを見ていた。


 「……心配すんな、ふーたにも使えるようになるって」


 そう言って笑う彼の笑顔が救いだった。

 十八年。颯太が力を見出さずに過ごした時間だ。これからも続くかもしれないし、どこかで途切れるかもしれない。なんとか後者を祈るばかりだが、時間は過ぎていく一方で、何も与えてはくれないのだ。


 「大丈夫、俺はこの鍛えた筋肉がある……」

 「そうだな。お互い頑張ろうぜ」


 空が優しく突き出した拳に、颯太は軽く拳を合わせた。

 そして彼らはまた言い争いをしながら、倉庫を出るのであった。







 少し汚れが目立つ扉をノックする。

 するとすぐに明るい返事が返ってきた。


 「失礼するわぁ、かいとくーぅん」

 「ゆき遅いから来ないのかと思っちゃった」


 部屋の真ん中に置かれた、書類や機械類が散乱した大きな机と何か機械の操縦席のような大きさの回転椅子に身体を沈めるのは橋宮海斗ことチームリーダーだ。


 「ゆき、これ見てよ」


 橋宮はタブレットを渡した。

 画面には複数の写真と文字が羅列され隙間無く埋まっている。


 「これは……蟲かなぁ……?」

 「ご名答だよ。八巻はちまき蟲研究所が撮影した新種の蟲」


 島田はその言葉にチラリと橋宮の目を見た。


 「やだな、ゆき。これは上から送られてきた公式の情報だって」

 「八巻蟲研究所ねぇ。管轄は旧茨城県だったかしらねぇ。それで、これをどうするのぉ?」


 橋宮は返されたタブレットの画像を一つタップして拡大した。


 「三匹出現して二匹駆除。一匹逃したらしい」

 「……言いたい事は分かった。八巻の被害は?」

 「三人食われた」


 島田は頭を抱えた。

 ついさっき新人が来たばかりだというのに。


 「彼らは相当不運ねぇ」

 「雷電も居ないし、今は静かに過ごしたいね」


 二人の会話兼会議は暫く続いた。

 二人以外、聞くことを許さずに。

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