第2話 カラスの巣窟

 静かな落ち着いた土地というべきか、寂れた土地というべきか。枯れ草が割れたコンクリートから生え、人の気配はせず、この「トーキョー」という巨大な都市を囲う大きな障壁はお世辞にも綺麗な情景とは言いがたい。

 というのも仕方がない。ここは軍事施設が多く建ち並ぶ区画であり、景観などどうでもいいのだ。


 「おい、ふーた」

 「ん?」


 片手に懐かしい映画に登場するような紙地図。


 「これ……合ってんのか?」

 「だってここだって言われたし」


 背丈とほぼ変わらない大きさの黒いリュックを背負い。


 「は? ちゃんと確認しろよ」

 「いやいや、ソラがやれよ」


 ツンツン頭とサラサラ頭の青年の2人は、そんな地味色な施設を彷徨い歩いていた。


 「てめぇ、俺に指図しやがって……!」

 「ソラなんもしてねぇだろうが!」


 お互いに胸ぐらを掴み合い、道端でレスリング勃発。と、そこへ……


 「うるさい!」


 青年2人の前にある黒い箱型の建物の扉が勢いよく開いた。その建物は人が住むにはいかんせん小さすぎるほどの大きさしかなく、人が出てくるなど予想もしていなかった。


 「うるさい!」

 「大事なので、二回言いました……」


 そんな建物からは背丈のほぼ変わらない筋骨隆々の……黒髪ショートカットの女の人と、銀髪ボブの小柄な美少女が出てきた。


 「さっきから外で騒いでるのは君達か? そうに違いないな」

 「そうに、違いないです……!」


 断定の二段構えと勢いに圧倒されたソラは逃げ出そうとするも、筋肉を惜しげもなく晒した姿の女の人に首根っこを掴まれてしまった。


 「た、食べないでくれ! 俺は筋肉にはならねぇ! ほら、こいつの方が良い腕してるだろ! 髪の毛もサラサラだし!」


 女は視線をソラから離し、ふーたの方へ向けた。


 「ほう、確かにそうだ……」

 「すみませんすみませんすみません! え、いや、え? 聞いてた話と違うんですけど!」


 ふーたの目には兎を毛一本残さず平らげてしまおうとする猛獣と、自分の死を悟った兎のようなソラの姿が映っていた。


 「とにかく来てもらうからな」

 「来てもらいます!」


 そう言われ、ふーたとソラは首を掴まれ地面から足が離れたまま、問答無用で黒い箱型の建物に連行されていった。






 入ってすぐに2人はようやく空中散歩から解放され、締められていた首を何度かさすった。そしてその薄暗い部屋は入ると特に何もなく、地下への長い下りの階段だけが真ん中にあった。違和感しかない光景だが、背後に立つ屈強な女が今にも頭を潰さんとしているため、進むしかないのだろう。


 「早くしろ、 こっちは忙しいんだ」


 そう屈強な女が言い終える前にソラの身体が前に飛び出した。普段から何かと前に出るタイプのソラだが、ここでも勇気があるな、とふーたは思っていたのだが……


 「痛ぇ!」


 不自然に腰から飛び出したソラはそのまま階段を滑るように転がり落ち、下の闇に吸い込まれてしまった。


 「えっ、今、え?」


 状況を理解できない脳みそを回していると、


 「おっとすまないな、私の足が苛立ちを隠せないようでね」

 「蹴ったの!?」


 ふーたは背後の威圧に耐えかねて遂に足を踏み出してしまい――


 「早く行きな!」


 ソラ同様に蹴り飛ばされてしまった。







 下に落ちると、そこは少し薄暗いが広い部屋のようなところで、人影が動くのが見えた。


 「あの……」


 気絶しているソラを横目に、ふーたは痛む背中を触りながらその人影に話しかけてみた。


 「お、やっと喋ったね。ごめんねぇミッチーが乱暴でねぇ」


 おおよそ中性的な声色だが、喋り方のクセが強い。どうも個性の強そうな印象だった。そしてあの筋肉、ミッチーというのか。似合わない。


 「君たちよねぇ、今日配属になったって新人くんたちはぁ?」


 人影はコーヒーカップ片手に、腰まである濃緑の髪を揺らしながらコツコツとヒールの音を鳴らして近付いてきた。


 「あっ! 俺は風間颯太と言います! 本日よりチームコード【crow】に配属になりました! よろしくお願いしますっ!」


 勢いよく頭を下げ叫んだのだが、すっと白く細い腕が顎の下に滑り込み、視線が上がったと思うと、


 「あぁ、よろしくねぇ。あ、ワタシのタイプの顔じゃぁないの! 気に入ったわ」

 「え……?」


 性別不明の人は軽くウインクすると、颯太の後ろにいるソラの元に行った。


 「あららぁ……気絶しちゃってるわねぇ……ワタシの愛のキスで起こしてあげちゃおうかしらねぇ!」

 「やめろぉ!」


 そう言って顔を近づけ唇が交差する寸前、ソラは目を開けて身を翻した。そして素早く立ち上がり、


 「俺は白矢空。今日より配属になった。よろしくお願いします」

 「アナタはやんちゃなの? 真面目なの? まぁどっちでも良いわねぇ。あら、ワタシの好み♡」


 やり取りを見ていた颯太は、空の素早い変わり身に驚きつつ、この人の好みが分からなくなっていた。空は細い目とシャープな輪郭で、颯太自身はアザラシみたいだと言われる事がある。全くもって別である。いや、分かりたい訳ではない。


 「そろそろ自己紹介しないとねぇ……ワタシは島田幸先ゆきさき。性別は……そうね、無いわぁ」


 シマダユキサキ。そう名乗る無性別の……無性別の場合は彼とも彼女とも呼べないか。

 そして島田は思い出したかのようにもう一言付け加えた。


 「あ、でもちゃんとわよぉ? 見る?」

 「見ねぇ!」

 「見ない……」


 息のあった2人は島田を「彼」と呼ぶことにした。





 その後すぐに奥の部屋に案内された。リビングと呼べば妥当だろうか。

 それくらいの広さの部屋に大人が七人。

 ただでさえ狭苦しいのに、何故かこの部屋は足元に電気は付いていても天井には付いていないのだ。そのせいで相手の顔がまともに見えない状態になっている。


 「じゃーん! 新人隊員歓迎会の司会は私リラが担当ちゃうよー!」


 ジョッキをマイク代わりに声を張り上げるのは、真っ黒な髪をツインテールで結んだ美少女。


 「へいへい、ウチの名前はリラやで〜! 覚えておくんなはれ!」


 見た目は日本人離れした顔と肌の白さだが、普通に日本語を喋るらしい。

 突如として始まった自己紹介集会が始まり、空と颯太は焦りと動揺を隠しきれずにいた。

 そしてリラは気にせず手にしたジョッキを隣の人に回していく。


 「次は隊長さんの番ー!」


 ノリノリでジョッキを渡されたが、その男はジョッキをリラに押し返し、


 「俺は橋宮海斗だ。【crow】のチームリーダーをしている。よろしくな!」


 堅い人かと思っていたが、意外と好青年である。暗いのにニカッと白い歯が輝く笑い方が特徴的で、そして何故か足に鉄の枷が付いている。


 「さっきも言ったけどぉ、島田幸先よ。チームの司令塔……つまり戦闘中は嫌でもワタシと会話することになるわね!」


 この人が一番クセが強くあって欲しいと願う颯太だが、既に他の人のキャラも濃い事は突っ込まないでおく。


 「私は夜空ミチル。よろしく」

 「わ、わたしは霧崎霞です。よろしく、お願いします……」


 ミチルは背も高くガタイも良い。美形ではあるが、その腕の強靭さと言ったらもう既に体感した。

 そしていつもミチルの横にいる童顔で背の低いこの霞という女性は、どこをとっても可愛い。(颯太目線)


 「まー、こいつら……じゃなくてこの二人、君たちが来るのを下のカメラの前でずっと待ってたんだぜ!」


 リラの突然のカミングアウトに橋宮が吹き出す。


 「それは言わない約束じゃないの?」

 「記憶にーございまっせーん!」

 「おい、リラ!」


 ミチルが怒鳴る。さながらメデューサか何かが召喚されたように、颯太と空には何もかも食らいつくす怪物に見えてきた。


 「きゃー、リラ食べられちゃうかも!」


 狭い部屋の中をドタドタと走り回るリラとミチル。それをキョロキョロしながら心配そうに見つめる霞。


 「……可愛い」


 颯太の口から、つい滑り出した形容詞を島田は聞き逃さなかった。


 「あら、ふーくん、誰が可愛いって? ワタシ?」

 「ふーくん!?」


 心も身体も距離を縮めにかかる島田を手で制止して、


 「いや、あの、あ! 猫! あのカフェラテみたいな猫!」


 丁度部屋に入ってきた小さめの猫を指差した。猫はそのままリビング中央のテーブルの上に登り、当たり前のように横になる。


 「あぁ、この子はタマねぇ」

 「急に普通だなオイ……」


 これまで濃い面々に圧倒されていた空がようやく口を開けた。


 「今ここには居ないんだけどぉ、その人が連れ込んだのよぉ。今はみんなで飼ってるの」

 「ちなみにその人って」

 「今はロンドンに派遣されてるわね。そのうち戻って来るわよ」


 ロンドンに派遣という言葉が引っかかって飲み込めない空は頭にハテナを浮かべていた。

 そこへ、ミチルに追いかけ回されていたリラが手を上げた。


 「君たち二人の素性はバレバレだぜ! と言う事で自己紹介は割愛しちゃいまーす!」


 と言うと、リラはそのまま奥の部屋へと姿を消してしまった。自由奔放を体現したような人だと言う感想しか出てこない。


 「ともかく、颯太と空! これからよろしく頼むな!」


 チームリーダーの橋宮は再びニカッと笑い、奥の部屋へ消えてゆく。


 「あの……皆さんどちらへ行ってるのですか?」


 颯太は恐る恐る霧崎に聞いてみた。


 「え、えと、その……あの……」

 「おい、霞を虐めたのか」


 背後から現れた夜空は颯太の頭を片手でガッチリと捉え、力を込めて握り出した。


 「そんなことありませんって! やめ、ちょ、頭割れるから!」


 颯太は頭をブンブンと回して無理やり手を振り解いたが、睨む視線にもはやHPの限界が来ていた。


 「次は許さないからね」

 「冤罪ですって!」

 「いいのよ、ふーくん。わたしがこの建物の中を紹介してあげるからぁ」

 「うわぁ!」


 細い指が優しく颯太の頬を撫でた。しかしその指の所有者は色が強めの人。空に至っては情報が処理しきれずに放心状態になっていた。


 「ソラくんも一緒に行くわよぉ〜」


 白く細い腕だったが、二人の首をガッチリ押さえて、この三人もまた奥の部屋へと消えていった。

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