雷様の太鼓の皮は

武江成緒

雷様の太鼓の皮は




 どろどろ、どろどろ、音が響いてきています。


 音がするのはお窓の外から。

 お窓の外はまっくらで、夕ぐれのあかい光りもありません。


 空にあるのは、ただただ厚い雲ばかり。

 ときおり中からかすかな光を閃かせては、どろどろ、どろどろ、音を奏でているのです。




 弟はかわいそうに、お部屋のすみで毛布をかぶり、新聞がみの刀もすてて、ただぶるぶると震えています。

 妹のすがたはもはやありません。恐らくは、台所へとかけ込んで、お母さんのお足に泣きついたのでしょう。

 窓のわくにもたれかけて、ガラスの外から響いてくる、この低い調べに聞き入るものは私だけ。


 黒い雲のかなたから、どろどろ、どろどろ、とどろいてくる太鼓の音。


 大気をふるわせ、ガラスをゆさぶり、部屋のなかに鳴りわたって、私の耳に、頭に、おなかにまでも、ずぅん、ずぅん、と調べを響かせています。

 お布団にころがるよりも、お風呂につかっているよりも、さらに心地良いこの響き。

 雷様におへそを取られるというのは、昔むかしの人のだれかが、いまの私とおなじようにこの調べをお腹にいて、そのあんまりの心地良さに言い伝えたことではないかと。

 そんなことすら思うのです。




 その刹那、いきなり部屋が紫色の光に染まり。

 シンバルのような凄まじい音が、空気と私の身体を打って。

 うっとりと、稲びかりの余韻をあじわおうとした私の目の前の窓ガラスには ―――。


 雷様のお姿が、くっきり映っているのでした。




 雷様はおっしゃいました。


 ――― いてくれてありがとう。喜んでくれてとても嬉しい。

 ――― けれどこの頃、太鼓の調子が良くはなくてね。

 ――― 私の鳴らすこの調べに聞き入ってくれた君ならば、すこし助けてはもらえないか。


 いやおうもありませんと、頭を縦に振ったとたん。


 雷様はお手を伸ばされ、私を、ぎ取られました。






 雷のすさまじい音に、子らの様子を見にかけつけた母親の目に映ったものは。


 毛布にくるまり泣きじゃくっている幼い息子。

 のひとつもない窓に寄りかかる長女の姿は、どうしたことか、雷に打たれたとしか思えないほどにぶすぶすと黒い煙をあげて焼けげて。

 その皮膚は、まるごとうばわれたように、一片たりとも残されてはいませんでした。

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雷様の太鼓の皮は 武江成緒 @kamorun2018

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