大空に憧れました
それからさんにんで、必死に走った。
鎧を着た兵士の人間は、思っていたよりずっと足が遅くて、捕まえられることはなかった。
あっという間に振り切れて、塔から随分離れたところまで逃げてきて、やっと人心地がついたところで、イチゴイムが、
「人間、怖っ!」
と叫んだ。
そりゃそうだ。出会い頭に、売るとか言われたら、誰だって怖い。
「剣で襲ってくる以外に、ああいう人間もいるんだね」
キノコイムも顔色が悪い。
わたしも事の深刻さをそろそろ把握していた。
これまでの旅が気楽だったのは、わたしに何の価値もないからだった。食べても売っても使えない、そういう生き物だったからだ。
けれどイチゴイムは、人間にとって、売れば金になるほど価値のあるものらしい。
これからは、イチゴイムを攫われるかもしれないと、そういう危険も念頭に置いておかねばならないということだ。
「とにかく、ここから離れないとね」
わたしはふたりに話す。
「あの近くだと、あの塔に行く途中の人間とかにもバッタリ会っちゃうかもしれないし」
「それ、怖っ!」
「怖っ!」
ふたりとも、移動するのに異存はないようだ。
ではどこに逃げようか。
街から森を通って、山の上にまで来た。この先、もっと人間の少ないところに行くには、どこに向かえばいいだろう?
わたしは天を仰いだ。
高原の空はとても広い。そこを、大きなワシが、ゆっくりと滑空しているのが見えた。
「いいなあ、空を飛べるのって」
無意識のうちにつぶやいていた。
「空に逃げたら安全そうだよね」
キノコイムが相槌を打ってくれる。
「景色も良さそうよね」
イチゴイムはロマンチックなことを言う。
わたしたちのちょうど真上を通り過ぎる際に、ワシは、羽ばたきを二、三回ほど繰り返した。こげ茶色と白の大きな羽を力強く羽ばたかせる様は、猛々しくも美しい。強者の風格だ。
ワシはそのまま、わたしたちを視界に入れることもなく行き過ぎて、悠々と飛び去った。
「憧れるね」
「気持ちいいだろうね」
「かっこよかったね」
そんな感想を言い合うわたしたちの上に、はるか上空から、ふわふわと、ワシから抜けた羽が一枚、落ちてくる。
わたしは思いついた。
とても荒唐無稽なのだけれど、試してみて損はない。
もしも仮説が正しければ、なんとわたしたちは有効な逃げ道を得ることができるのだ。
最悪でも、お腹を壊すぐらいだ。
わたしは、その羽をパクリと口の中に収めた。
ごくん、と飲み込む。
「わー! チョピ! それ食べ物じゃないよ!」
「食べちゃダメだよー!」
「食い意地が張りすぎだよ!」
「いつも慎重なくせに、なんで食べることにはアグレッシブなの!」
「出して出して!」
「ペッてして!」
ふたりは大騒ぎするけれど、元々胃腸は丈夫だし、なんとかなる。
さすがにちっともおいしくないけれど、ふわふわの羽毛で口の中はくすぐったかったけれど、丸呑みしちゃえばなんのことはない。
来た。
お腹がぐるぐるする。
ポヨンポヨンと渦巻いて、ぐるぐると動き出し、ボヨヨンとわたしから離れる。
「生まれた〜」
わたしは快哉の声をあげる。
仮説は正しかった。
どういうわけか、わたしは、変わったものを食べると、スライムを産んでしまうようだ。
しかも、変わったスライムを。
「チョピ、このスライム、変だよ!」
「こんなの、おかしいよ!」
ふたりとも、いい反応をしてくれる。
生まれたスライムは、ドヤ顔をしている。
真っ白な体表、その体には、大きな翼が生えているのだ。
羽ばたいて、宙に浮いている。
「名前、何にしようかな」
わたしが呟くと、キノコイムがすかさず、
「グレートキングダムフライング、とかどう?」
と、大変呼びにくい名前を提案してきた。
「白銀の裂空、とかどう?」
イチゴイムの提案もなかなかにアレだ。
わたしのネーミングも大概に分類上の合理性重視で褒められたものではないけれど、このふたりよりはマシだと思う。
わたしは断言する。
「羽を食べて生まれたから、ハネイムで」
ふたりからは非難轟々だけれど、わかりやすくていいと思う。今後どれだけ仲間が増えても、代を重ねてわたしたちがみな死んだずっと後になっても、何がきっかけで生まれたのか、忘れられたり失われたりすることがない。
「ハネイム、わたしたちを連れて、空を飛べる?」
ハネイムは自信たっぷりに、大きく頷く。
わたしたちはハネイムの背中に乗る。ちょうどトーテムポールのような、積み木のような、そんな見た目だ。
ハネイムが羽ばたく。
地面から離れる、加速のための重力の抵抗で、背中に乗っているわたしたちさんにんの体はペシャンコになる。
振り落とされないように、みんなして必死にしがみつきあう。
それも、上空に出て滑空を始めてしまえば、もうなんともない。
あっという間に空の上に出て、風を切りながらの遊覧飛行だ。
どこまでも遠くまで見渡せる。
わたしたちが飛び上がった高原と、その塔。どうやらかなり高い山の上だったみたいだ。
抜けてきた森は、上から見るとこんもりと、まるでお椀を伏せた形のようだ。そして長々と広がっている。
その先に、薄く見えるのは、懐かしい草原だ。今ももちろん、青々とした草が茂っていて、とてもおいしそうだ。
その草原の中に、微かに薄茶の道が続いているのが見える。
細くたなびく道の向こうには、豆粒くらいの大きさの、あの城壁のある街が見えた。
「すごく遠くまで来ちゃったなあ」
わたしは感慨深い。
わたしのような小さな体でも、毎日歩き続けたら、こんなに遠くまで来られるものなのだ。
そして、わたしの歩いてきた場所よりも、三百六十度、ずっと広く、世界は続いている。
まだわたしは水晶がたくさんあるところを見ていない。
火山とやらに行ったこともないし、リザードマンに会ったこともない。
そういえば、光石というものも、世界のどこかにはあるのだった。あれはセイラも好きそうだった。いつか手に入れて、いつか再会できたら、セイラにプレゼントしたい。
わたしはワクワクしている。
「空からなら、スライム王国を作るのにいい場所が見つかるかもしれないね」
キノコイムが言う。
わたしは実のところ、王国を作るなんて野望はすっかり忘れていたので、
「そうだね」
と少々覇気のない返事をしてしまった。
「スライム王国を作るんだったの?」
イチゴイムなんて初耳なのだろう。
「王国と言うと大げさに聞こえるかもしれないけど、つまりスライムだけでのんびり暮らせるところを探そう、っていう意味だよ」
わたしはそう説明した。
「それはいいねえ」
イチゴイムも、ハネイムも、途端に活気付いた。
「じゃあいい場所を探さないとね」
イチゴイムはキョロキョロとし始める。
ハネイムの背中の上でゆらゆらと、おかげでわたしもキノコイムもバランスを崩しそうになって困る。
その様子にハネイムはおかしそうに笑って、
「ねえ、あそこはどうかな?」
と旋回し、前方に、「あそこ」を指し示した。
わたしは、目を丸くする。
なんと、空の上に、ぽっかりと島が浮いているのだ。
そんなわけはないと思うけれど、確かに、雲に乗って、プカプカと空を浮いている。
ここから見ると、そう大きな島には見えないけれど、島の上には草の生えた大地が見える。岩山があって、そこには滝がきらきらと光っている。
「あそこなら、人間もいないんじゃない?」
ハネイムは得意げだ。
「確かに、そうかも」
「そうだよね」
「いないよね、人間は空を飛べないから」
わたしたちもそれには同意だ。
「じゃあ行こう」
ハネイムは大きく羽ばたく。スピードが上がり、どんどんとその島に近づいていく。
わたしはドキドキしている。まさかそんな、空の上の島にまで冒険に来てしまうなんて。
そんな不思議なことがあるなんて。
世界は、不思議に満ち溢れている!
スライム謳歌論 武燈ラテ @mutorate
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