分裂条件がわかりません
すっかり野いちご食にハマってしまったわたしたち三にんは、その日その日に野いちごの群生を探し、好きなだけ食べてはまた眠って、起きればまた探すという、飽食の時代を謳歌していた。
「チョピ、野いちご食べてももう分裂しないんだね」
キノコイムは不思議そうだ。
「最初の一回限定なのかな」
わたしも不思議だ。草以外のものを食べた場合に最初の一回だけ分裂するとか、そういうルールなのだろうか。
そんなスライム、聞いたことないけど。
「ふたりとも、ぜんぜん歌が上手くならないしね」
イチゴイムも不思議そうだ。
そうなのだ。あれからイチゴイムの指導のもと、歌唱練習を続けているのだが、わたしもキノコイムも、一向に上達しない。
もちろん、イチゴイムのような魔法効果は発動しない。
「キノコイムも、イチゴイムも、わたしから分裂したのに、ぜんぜん違うね」
「スライムって、こんなに違うものなんだねえ」
わたしは、ない首をかしげる。
草原で暮らしていた頃は、こんな色違いだとか、変わった特技があるとか、そういうスライムは、ひとりも見なかったのだ。
みんなわたしと同じで、中身もわたしと同じ。みんなでひとつ。だった。水色一色で、個性なんてなかった。個体としての意識が希薄だった。
「そういえばキノコイムも分裂してたけど、あれは、ふたりとも同じに見えたよ」
「うん、同じって感じがしてた。わたしも、あの子も、おなじ自分自身。だからおっちゃんのとこに行ったのも、今ここにいるのも、どっちもわたしだよ」
キノコイムは頷く。
「でも、チョピとイチゴイムには、同じって感じはないねえ」
「だよね」
不思議は不思議だけれども、考えていればわかるという問題じゃない。
それに、イチゴイムの歌にはとても助かっている。高原での息苦しさが消えるだなんて、これは、バフってやつではないだろうか。
どこまで、どんな効果があるのかわからない。一度いろいろと検証してみるのもいいかもしれない。
そんなこんなで野いちごを辿って移動を続けるうちに、なんと、また人間の住処に出くわしてしまったのだ。
「人間って、意外と、どこにでもいるんだね」
キノコイムが感心したように言う。
清流から、人工的に支流を作って流し込んだ堀の先、石造りの建物があった。
水と塀で二重にぐるりと囲んだ中に、石の塔が見える。
塔自体の敷地面積自体はそれほど広くはないのだけれど、何せ、物々しい。
堀の上を渡る、立体的な跳ね橋。そこを渡った先には、たくさん鋲が打ってある扉がある。見るからにとげとげとしていて、威圧的だ。
両側には、兵士と見られる人間が、左右にひとりずつ立っている。金属の鎧を着ていて、武器を手に、そこで立ったまま動かない。
「槍、持ってるよ〜」
キノコイムは先日剣で切られかけたからか、一際恐れて震え上がっている。
「近づかないで、さっさと離れたほうがいいよね」
わたしはそう提案する。それにふたりは、うんと頷く。
ところが、わたしたちは本当にうっかりしていたのだ。
息が苦しくなるからと、イチゴイムにはいつも歌ってもらっていた。
イチゴイムも、歌うのが好きだからと、好きなときに好きなだけ歌う日常に満足していた。
この頃になるとそれが普通のことになってしまっていて、歌ってもらっている意識すらなかったのだ。
聞きなれたBGMのようなものだった。
だが、当然だけれども、兵士に気づかれてしまう。
「なんだ? スライムが、歌を歌っているだと?」
扉の横の兵士が野太い声でツッコミを入れてきて、初めてわたしたちは、自分たちのうっかりを自覚した。
「わ、わ、わ」
イチゴイムは慌てている。どもっているのさえ歌のように聞こえる。
「逃げよ! 逃げよ!」
キノコイムも慌てていて、大声をあげている。
「怪しいスライムめ」
兵士が恫喝してくる。
そこにもう一人の兵士が提案する。
「歌うスライムなんて、珍しいじゃないか。しかも、ピンク色だ。こりゃ金持ちのご婦人なんかにゃ喜ばれそうだ。捕まえて売ったらいい金になるぞ」
兵士がにやにやと笑っているのが、遠くからでもよくわかった。
「それはいいな! ここの安月給にはもう飽き飽きなんだよ」
「遊んで暮らせるぐらいに稼げるかもしれないぞ」
イチゴイムは、あまりのことに目を回している。びっくりしすぎて固まってしまっているのだ。
わたしはイチゴイムにポヨンと体当たりをした。
「逃げるよ!」
イチゴイムは気を取り直したようで、今まで見たことがない真剣な顔で頷いだ。
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