第三章 高原のスライム

野いちご(暫定)に相対しました

 キノコイムとふたりで、森の中をどんどん進む。


 お互い好きな食べ物が違うから、それぞれ好きなように食べて、寝るときは固まって寝る。


 日が登ればまた移動をする。


 もうあの山小屋からはずいぶん離れたんじゃないだろうか。


 道のようなものも見かけないし、斧で切られたような切り株も見かけない。きっと人間はこの辺りにはいないはずだ。


「なんか、木が少なくなってきたね?」


 キノコイムに言われて気がついた。


 そう言えば、森の中を進んでいると思ったが、そろそろこれは林と言うくらいに減ってきている。


「草原に出ると、今よりキノコの量が減ってしまうかもしれないな?」


「ええー、それは困る!」


「だよね。どうしようか」


 草原でも、水場の近くならキノコが生えることもあるかもしれない。それでも森の中と比べたら減ってしまうだろう。


「キノコイムも、草を食べるようにしたら、心配なくなるんじゃないかな?」


「えー、うーん、まあ、食べてみるかなあ」


 なんとなく、キノコイムはキノコしか食べられないと思い込んでいたけれども、そうでもなかったみたいだ。


 どうも、ただの好みの問題だろう。


 それならもともとスライムは草を食べて生きている生物なのだから、慣れの問題だ。


 そうこうするうちに、とうとう林も向けて、わたしたちは高原に出た。


 傾斜のきつい山肌を、線の細い草が覆っている。


 小さな青い花が、そこかしこで咲いている。風で揺れて、糸みたいな茎が今にも折れてしまいそうだ。


 太陽がずっと近くなって、とても眩しい。


 それなのに、気温は低くなった。


 地面は半分ほどは土だけど、半分くらいは岩だ。


「ほんとにキノコが見つからないよ〜」


 キノコイムが泣き言を漏らす。


 元々スライムはそんなに食べなくても飢えて死んだりすることはほとんどない。


 代謝が低いせいだ。


 だから食べ続けなくても平気なのだけれど、今までずっと豊富な食料に甘えて飽食に耽溺していたキノコイムには、それは辛いだろう。


「やっぱり草は食べたくないのか」


「うーん、うーん」


 そんなに草を食べるのに抵抗があるのか。


 わたしはキノコイムの前で遠慮なく、草を食む。


 生まれ育った草原の瑞々しく逞しい草と違って、ここの草はパサパサしている。葉も茎もボリューム不足だ。けれどこれはこれで、わたしには問題ない。


「それより、なんだか息苦しくないか?」


「そうかな? ……そうかも!」


「やっぱり?」


「気にしはじめたらすっごい苦しい〜死ぬかも〜」


「死なない死なない」


「ほんとに〜? このまま進んだら、もっと苦しくなるんじゃないの〜?」


「それは、わからないけど」


「わーん、やっぱ死ぬかも〜!」


 標高が高いからとそんなにすぐに息苦しさを実感することなんてないはずだ。


 スライムの体だから敏感なのだろうか。


 そもそもスライムは呼吸をしているのか。


 肺とか血管とかもなさそうなのに。


 そんなことをとりとめもなく考えていたときに、わたしは見つけてしまった。


 網のようにこんがらがった草姿。棘のような尖った葉。その葉の生えた根元に、みっしりと、赤い果実が生っている。


「……これ、食べられるかな」


 わたしは興味津々だ。


「えー、やめとこうよ?」


 キノコイムは好みではないようだ。


 赤い果実は、野いちごに似ているのだ。小さなつぶつぶが集まったような形をしていて、丸くて、甘酸っぱいいい香りがしている。


 わたしは今まで生きてきて食べたことがないくせに、なぜかこれがおいしいものだと確信している。


 これは絶対、おいしいやつだ。


「おなか、壊しちゃうかもよー? 赤いし、ブツブツしてるし、なんかブキミ~」


 キノコイムは否定的だが、わたしはもう食べる気満々だ。


「じゃあ、わたしは食べるから、もしわたしが食中毒でアレでコレになったら、キノコイムだけでも生き延びてね」


「えー、そんなのやだよー。それなら、わたしも食べる!」


「いいよ、無理して付き合わなくて」


「だってひとりはイヤだもん!」


 わたしは少し驚いて、キノコイムの顔を見る。


 あの草原でたくさんの仲間と一緒にいたけれど、そのみんなはわたしと中身はそれほど変わらなかったはずなのだ。


 キノコイムはわたしから生まれていて、わたしとは中身が違う。


 わたしは、ひとりの気まま旅を、ちっともイヤだと感じていなかったのだから。


 もしかして、体の色が違うとか、そういう目に見えた違いよりも、もっと大きな違いがあるのだろうか?


 それはひとまず置いといて。


「じゃあ、同時に食べよう」


「うん、そうしよう」


「じゃあ、いっせーので!」


「で!」


 わたしたちは同時に果実、暫定野いちごにかぶりついた。


 口いっぱいに甘酸っぱい果汁が飛び散る。


 果肉は舌の上で、しゅわしゅわとと蕩けて消えてしまうようだ。


 最初の酸味で、きゅうとほっぺたが痛むような感じがする。


 飲み込み終わった後は、口の中に残る甘さと、芳醇な香りで満たされる。


「おいしー!」


「おいしー! いくらでも食べれちゃう!」


 キノコイムも気に入ったようだ。


 ふたりで夢中で食べてしまう。


 その周辺にあった小さな群生のほとんどの実を、ふたりで一気に食べ尽くしてしまった。


「おいしかったねー」


「おいしかったねー」


 わたしはとても満足して、今日のところはもうここでお昼寝して過ごそうかと思った。


 少しぐらい息苦しい程度、きっとすぐに慣れるだろう。


 明日になればまたこの野いちごを探して、近くをうろうろしよう。


 そうウトウトし始めたときに。


 アレが来たのだ。


 久しぶりの、二度目のやつだ。


 お腹が、バインバインし始めている。


「ちょ、チョピ、病気になっちゃった⁉︎」


 キノコイムはとっても焦っているが、わたしはわかっている。


 前よりは苦しくないし、目もぐるぐるしないが、これは、アレだ。


「これ、分裂するやつだ」


 言うより早く、わたしのお腹から一部が分たれる。


 わたしから離れていった一部が、ぷよんぷよんと揺れている。


 その姿は、やっぱりまた、色が違う。


 今度はピンク色だ。野いちごを食べた後だからだろうか。


 それになんだか、顔つきも、ピカピカキラキラしているように見える。


 そして生まれたてのくせに、突然、


「ララリーララー、ララリラル、ラルラ―」


 と、歌い始めたのだ。


 それもとても綺麗なソプラノボイスで、きっちりビブラートまで効かせた本格的なやつだ。


「すごい! すごい!」


 キノコイムは無邪気に喜んでいる。


「仲間も増えた! そんで歌ってる! すごい!」


 ピンク色の周りで、キノコイムは喜びはしゃぎ回っている。


 わたしは呆気に取られて見ていたが、次第に、気がついてしまった。


 歌の波長と言えばいいだろうか、とにかくそのピンク色が歌うと、その周辺に波紋のように白い光が広がるのだ。


 ビブラートを入れたり、音階を変えたりするたびに、ひらりひらりと光が広がる。


 見た目にとても神秘的で美しい。


 が、これは、もしかして魔法音楽というやつではないだろうか。


 わたしは、周辺や自分たちに、何か異常はないかと確認する。


 そういえば、高原に来てからの息苦しさが、ずいぶん楽になっているようだ。


「キノコイム、まだ息苦しい?」


「あれ? そういえば、全然」


「やっぱり。この子の歌のおかげだね」


 ピンク色は、ニコニコキラキラしている。


「名前、つけないとね。いちごを食べて生まれたから、イチゴイムでいいか」


 これはキノコイムが、


「もっといい名前にしてあげようよ!」


 と散々反論したのだけれども、当のイチゴイムがまったく頓着なかったので、そのままその名前で呼ぶことにした。

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