「呑気と見える人々も、心の底を叩いてみると、どこか悲しい音がする」
漱石は明治の頃にこう云ったけども、この言葉は現代の僕らにも深く通じている。生きることの重みというんだろうか、そういうのが僕らにはあって何故だかずっと肩がこり、不意に投げ出したくなる。それはたとえば電車の待ち時間であったり、飛行機から眺めた地上の広大な平野だったり。溜まった何かが欲望して、全部終わらせてみたくなる。
本作はそういう瞬間、ふいに投げ出したくなる瞬間を描いていると僕は感じた。しかし描くといっても簡単なことではなくて、本作の秀逸なところは「描く」ということができているところだと思う。
まず言葉が繊細で、一語一語を丹念に選んでいるのが伝わる。書いていくうちに見つけた得意な道具に頼ってないというか、ひとつひとつをクリティカルにしようという丁寧さがある。それでいて作品に一貫した空気感があり、それだけで主人公の主観的な世界にのめり込める。それも凄い。
また展開の上手さもありとてもスムーズ。横書きのため段落ごとに一行一行あけているけど縦書きの段落ごとにあけない形でも有機的な文章のつながりが楽しめると思う。感覚的なことだけどガタガタしてないというか、何も考えず主人公と視点を一にできるというのは心地いい。
あと、これがもっとも凄いところだと思うけれど、描きすぎていないということ。洗練されていて、それなのに主人公と視点を交えることができる。あれがあった、これがあったと言わず、するりと共感できる。これが出来ることが羨ましい。
新着の欄からふと読んだ作品だったが、とても良い読後感、現代文学のプロの作品を読んだ感じ。みなさんも是非。