第4話 恋の季節

 小さな部屋には、かつておじいさんが仕事で使っていた、医療機器が集められていました。

 炭素体の衰退と共に、必要とされなくなり、ほとんどは、破棄されたはずのものでした。


 その部屋の隅に、透明なビニールシートで覆われていた医療機器は心電図の機械です。


 おじいさんは、これを使えというのでしょうか?


 ハイブリッドの心臓や血管を構成するものは、強い炭素繊維です。

 心臓に関する病なんて、聞いた事がありません。

 心電図なんて、ここしばらく使われる事は、なかったはずです。

 

 出てくる波形に問題は無いはずだと思いながら、測定してみました。

 古い機械のそれは、測定に時間が、必要でした。

 何もしない測定中の時間、B870の黒い瞳と風に揺れる黒髪を思い出しました。

 対になる事すらできない、不完全なハイブリッド。

 名称すら皮肉な僕たち理想体。


 測定後の波形をて、僕は驚きました。


 そして、おじいさん引き出しの中にあった封筒を取り出しました。


 それからすぐに、僕の心電図を封筒に入れると、B870へ差し出しました。

 僕も彼女も理想体ハイブリッドです。

 心電図を読む知識は、すでに持っていました。

 波形の意味は、すぐに解析出来ました。


 結局、ハイブリッドには、合理性とは無縁な詩という表現を持つ事は出来ませんでした。


 しかし、僕等にとって、乱れた波形は恋する気持ちの昂ぶりを不器用ながらにも表現する、ひとつの手段だったのです。


 僕はハイブリッドで初めて恋を告白した存在になりました。


 僕は、彼女をハナと呼ぶことにしました。

 彼女も僕をゴローと呼びます。

 僕たちは、ハイブリッド間で、初めての対になりました。


 恋する気持ちの伝達を可能にした波形。

 それは、僕たち理想体ハイブリッドの思いを素直に表現したもの。


 僕たちにとっての詩だったのです。


 それは、心伝図と呼ばれ、たちまちその古風な医療機器は世界に広がりました。


 そして、僕たちハイブリッドから連なる生命体は、恋をする事に障害を持たない本物の完全体でした。


 彼等は、自分たちの事をC群ではなく、人間と呼びました。


 地上に再び人間が増えはじめ、少子化問題は、ここに解決しました。


          終わり


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心伝図 @ramia294

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