第8話
「眼福すぎて、私、もう死んじゃいそう…」
新しくできたロリータ服の専門店。おとぎ話から抜け出てきたみたいな親友の出で立ちに、感激のあまり震えていた。
「気持ちは解るけど、死んじゃ駄目だからね。
言いながら、運転手要員の母は私の親友を激写しまくっている。うん、あとで貰うから良し。
「そちらのお嬢さんも…」
店員が話し掛けてきたのに、下を向いて、首を振る。
「あの…。私、病気で、痩せていて…」
学校指定の革の黒いストラップシューズもはけないほど。横になるのも、骨が食い込んで痛い。
「大丈夫ですよ」
顔を上げた先、笑顔のお姉さん。
「こちらの長袖のブラウスだと、胸のレースに目が行きます。手袋も合わせて…」
選んでもらった服を手伝ってもらいながら着て、お化粧して、髪の毛もやってもらって。鏡の中の少女は、まるで…。
「どこのお嬢様かと思った」
「私も、あなたのこと、どこのお姫様かと思った」
二人で、忍び笑う。
カメラを取ってきますねとお姉さんが声をかける。そうだ。今、母もお手洗いに…。
そっと、唇を重ねる。お姫様からのキス。
続いて、耳元で囁く。
「ねえ、私のお嫁さんにしてあげようか」
「それは…」
以前、何人か、恋人が居たのだと語っていた。遊びだったようだけれど。
「身体が一般の成長に追いついていないからといって、性愛を楽しんではいけないということはないんだよ」
すごく真面目な顔で。息を呑む。拳を握る。
「うん。あとでね」
「あとで」
彼女は、悪戯っぽく笑った。
何度、ノックをしても返事がない。
「ん」
ドアに、僕宛てのメモ。取り外して、中を確認する。勝手に、中に入る。
ベッドの上で、寝息を立てている人物がふたり。メモの要請どおり、同衾の証拠写真をインスタントカメラで激写。元あった場所に戻す。
「あは。撮られちゃったねえ。
にやりと笑うナツ。まだ寝続けようとするいとこを小突く。
「何で、ここで寝たはるん」
眉間にしわを寄せる。
「え、頼まれたので…」
寝起きで、声がかすれている。
「同衾せずに死ねるかと」
「同衾。男女がひとつの布団で寝ること、やで?」
幼いいとこは、首を傾げる。溜息をひとつ。まあ、そう思っているのならいいか。わざわざ訂正せずとも。
「若い子はこれだから…」
あさってを向く。
「人生でいちばんエロに興味あるのが、中高生というものだよ」
「それはまあ…」
ただし、圭一くんでは相手にならないし、ナツもそんな気力も体力もないだろうが。
「さっきから、何の話ですか?」
不思議がる圭一くん。無視を決め込む。
「ねえ、
「あいつは、来ない。何故なら、
「意気地無しねえ…」
「ん、じゃあ、まあいいや。お葬式には来てね。お花でも持って」
それから、夏休みの宿題の話などする。圭一くんも、僕もすでに終えている。
「だったら、圭一くん。吉本ばななの『TUGUMI』を読みなよ」
ピンと来た。
「『病弱な美少女つぐみ』ってのが出てくるんだけどね。ラストで、どう考えても、『病弱な美少女』はそんなことしないだろ! ってことするの。これがもう愉快痛快! あ、映画版もあるよ。つぐみのお歌が可愛いの」
「へえ、読んでみます」
ナツがこちらを見る。
「私、圭一くんに時限爆弾を仕掛けてやったの。きっと、大人になって、『TUGUMI』を読み返す度に、私のことを思い出してくれるようにね」
「ああ…」
僕は、溜息を吐いた。
「これで、圭一くんが輸血している美少女しか愛せないとか、変な初恋のひきずり方でもしたらどうしてくれはるんや」
「願ったり叶ったり!」
輸血のおかげで、肌は薔薇色。
「そう言えば、この前はごめんなさい。血を落とすの、大変だったでしょう。あなた、惨殺現場に居合わせた悲劇の美少女みたいになっていたでしょう。まあ、おりりんの制服だから、まだ良かったけど」
「まあ、わざとやおへんやろうし…」
下を向く。
「ねえ、吐血と喀血って違うのね。大学卒業したての若い先生が、何回も間違えては、上の先生に叱られていたから、こっちのほうが先に覚えてしまったくらい」
「ああ、出血箇所が違うんやろ」
「そう」
結局、十年も経たずに、圭一くんは「病弱な美少女」と恋に落ちた。初恋の呪いである。
その夏、ナツは息を引き取った。
母親お手製の可愛らしい真っ白なワンピースを着せられて。
約束どおり、夏に倒れた君のために、夏の花を手折って。
これから、デートにでも行くのだろうか。そう思わせた。
違いない。向こうには、紙織が待っているのだから。
夏に手折る 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho
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