事件九 昭和の青春。
この回の表題を「昭和の青春」、と、したのは、高田のサイトを運営してくれている、お目付け役の、大石多加子の意見によるものです。青春ど真ん中のムスメがいます。高田が書くことに率直に感想を言ってくれる大切なフォロワーの一人です。
大石が言うには、
平成から令和へと、若い人たちが人生で一番大事な月日を、自分自身の人生のテーマを持たずに過ごしているように思える。
たぶん、平和で豊かで便利で、生きているだけなら何んの問題もないから。
高田が経験した昭和の出来事についての投稿に、若い人たちの反応が少しづつ大きくなっている。
「いろんなことを、気づかいなく話してあげてください、時代はかわっても、若い果実が水を吸い、太陽を浴びて成熟するのに、避けてとおれない試練や障害はあるのだから」
よう、わかっています。
テレビのニュースを見るたび、若い人による悪質な犯罪行為が増えていて、心の隙間につけこむ悪魔にそそのかされたとしか思えないことが多く、自分の孫なら、死んでお詫びするしかないと思ったりしているので。
夏目漱石の小説「三四郎」に、こんな言葉がある。
「考えるには、青春の血があまりにも暖かすぎる」
百五十年も前の偉大な文学者で、小説は上流階級の話が多いけれど、文章は知的で美しく、人生の真理をつく皮肉な言葉があって高田も愛読者の一人です。
青春の血が暖かすぎる、とは、あいまいな言い方で、昭和の高田でさえ、どう受け止めて良いのか分からないけど、たぶん、理性でおさえきれない血のたぎりが、向こう見ずの行動に走らせるから、そんなことではないかと思う。
「三四郎」は若い男女の愛の話で、旧約聖書にある、ストレイ・シープ、迷える子羊、と言う言葉がしきりに出て来る。
恋であれ、何であれ、なかなか、思うようにはならない。
経験が浅く、自分の気持ちをコントロールできない、一歩、ふみこむチャンスを逃がしてしまう。
三四郎は失恋する。
ストレイ・シープと、自虐的につぶやく。
自分だけではない、相手にも。
たぶん、二度目は変わる。
と、慰めても、同じ失敗をして、迷いの闇は深くなってゆく。
青春の特質です。
高田が体験した「昭和の青春」は荒れていた。
一九四八年、百余の大学が全日本学生自治会総連合、全学連を組織したのは、基本的には学門の自由を守るためとされる。
ちよっと、難しいが、思想としては、マルクス主義に根ざす弱者の階級闘争による社会主義の実現、そんな解釈で良いと思う。
高田が東大に入学した一九五八年当時、米軍の立川基地拡張のため同市砂川地区が接収されることになり、住民、主に農家の反対運動に左翼系団体とともに全学連が加わり、高田もプラカードを持って連日のように砂川に行った。
日本がアメリカの植民地として極東の基地にされる、との危機感は現実のものとしてあった。
立川の基地に隣接する農地で、頭上すれすれに戦闘機が威嚇するように離陸し、鉄条網越しにカービン銃を持った米軍の兵士とにらみ合いになる中、機動隊が工事の測量の人達を入れようとして、解散を呼びかけながら盾を並べて押し寄せて来た。
「脅しだ、退くな」
リーダーが叫ぶが、相手はヘルメットと防具を装備し警棒を持っている。こっちは頭に気をつけろと言われて帽子を鉢巻で縛っているだけ。
誰かが石を投げた。
機動隊が本気になって突っ込んできた。プラカードを盾にして押し返そうとした。若い機動隊の顔が見えた。まじ、怒っている。
なにがどうなったか、ここで、詳しく書いてもしようがない。
高田は血が頭にのぼるほうで、カッとなって喧嘩をして骨折したこともある。
この時は頭の負傷ですんだ。機動隊と戦ったことにしたが、持っているプラカードをぶつけただけのこと。
夕焼け、こ焼けのあかとんぼ
負われて見たのはいつの日か
山の畑の桑の実を
小籠(かご)に、つんだは
まぼろしか
工事が中止になったとの知らせに、農家のひとたちが喜んでくれて、嬉しくて、みんなで歌ったのが、赤とんぼ。三木露風作詞、山田耕作作曲の童謡の名曲です。
その頃、歌声喫茶が
たぶん、助かった、生きてた、との安心感が、この歌の懐かしさにつながったのやと思う。
在り来たりの日本人でよかった。
五十年後、ある集まりで、この話を自慢気にして頭の傷を見せようとしたら、
ない。
さがしたら、おでこにあった。
青春の傷は年齢とともに移動して、懐かしさだけを残して幻になって行く。
これを言いたかっただけ。
大学では連日のようにデイスカッションがあって、学業放棄、ストライキを呼びかける声もあった。
兄から手紙があった。大阪の親、とくに、母親は心配して、自分で連れ戻しに行くと言っている。どこで聞いたのか、
「東大生はみなアカの手先になっている、就職も卒業さえ出来ない」。
アカとは共産主義者のことで、アメリカでは大規模なアカ狩りが行われ、日本でも一般社会では強い拒否反応があった。
兄は十一才年長、朝日新聞社の印刷局の技師をしていた、真面目で優しく、事実上の親代わりやった。
心が傷んだ。
大学に入って卒業して良い会社に就職して、結婚し家庭を持って子どもを育てる。
普通の男子の生き方で、たいがいの親はそう望んでいる。
一九六〇年、新日米安全保障条約の締結を前に、学連の運動は政治への批判になって、「革命」、と言う言葉まで飛び出すようになっていた。
権力と戦う、大学を砦にして。
学生の本分(人としてするべきこと)ではない。
高田は正論を吐いたつもり。
議論のあと、文学部の赤レンガの建物の裏手に呼び出された。待っていたのは、見知らぬ学生で、高田と同じ英文学科の一年下、「先に自分を殴れ」と言う。
さっきの議論をきいていた。
「高田は卑怯だ、逃げている、許せない、制裁する、(自分は)空手の心得があるから、卑怯な真似をしたくない」
先にと言われても、こっちには殴る理由がない。
「自分の暴力行為を正当化しようとする魂胆」こそ卑怯そのものや。
東大には、このような独りよがりの理論をおしつけるヤツが時々いてる。
拒否した。
「逃げる気か」
小心な人間ほど、武器をもつと使いたがる。
こんな最低の人間と、日本の国がどうとかやっていたとは。
冷めた。
後の話になるが、テレビのニュースを見ているとその人物の顔があった。
スーパーに、ワシントン支局長、そんな肩書があって国際情勢を解説している。
名前は本人が名乗ったので間違いはない。
この話を大石にしたら国際的に高名なジャーナリストで、名前はよく知っていると言う。
「ひどい話、本名をだしたらどうですか?」
あの呼び出しは明らかな脅しで、のったら、双方ともに犯罪を犯すことになった。
高田みたいな素寒貧の学生に人生をかける値打ちがあると思ったのか?
今になって思うのは、高田が口先人間で、自分の誘いにのることはないと見切っていたのでは。
と、すれば、ご明察です。
口惜しいから言っておくが、高田は柔道は黒帯、やるなら、みぞおち、当て身で、相手の戦力をなくす。柔道の禁じ手です。
理由はどうあれ、傷害の罪になる。
高田の母親なら、裁判官になぐりかかって、母子で前科者になっていた。
弱虫の高田でよかった。
後輩、日高義樹君のためにも。
七十年前の、あの時のこと、高田がシナリオにしたら、
高田、相手のみぞおちに突きを入れる。
相手は手練の達人、気合で突きをはねかえす。
高田、呆然。
相手、軽侮の冷笑を残して背を向ける。
「せんせい、それ、かっこよすぎる」
大石は口をとがらせるにちがいない。
高田としては、そうであってほしい。
あの時、小籠にいれた、赤とんぼ、の、まぼろしのように。
本郷の東大赤レンガの、どの教室か忘れたけれど、地下に学食があって、肉の代わりの油揚げ入りのカレーが二十三円、コーヒが十円、煙草は一本売りの二円? そんなところのぜいたくでする文学談義も愉しみでね。
その中の一人に、あの大江健三郎さんがいた。
高田の卒論のテーマはシェークスピアで、夢は詩人になること。
「近代文学」に投稿して編集長の
「飼育」「死者の奢り」大江健三郎著。
(※「死者の奢り」第38回芥川賞候補、「飼育」第39回芥川賞受賞)
石原慎太郎が「太陽の季節」で、華々しく文壇にデビューしたのが二年前。
高田が書いた詩は、古墳時代の女呪術師、卑弥呼のような女帝を賛美するもので、二人の著作を読み、自分の感性が甘く思えて落ち込んでしまった。
そのころ、高校で親しくしていた友だちからある家族を紹介されて、出会ったのが、「妻」と呼ぶことになった女性です。
美しい人でした、息をのむほど。
高田が男として現実と向きあった瞬間や。
母親に心配をかけたくない、そんな口実もあるけど、男を変えるのは女やで、カクヨムのフォロワーの男性諸君。
高田の話を聞いてたら、なるほど、と、うなずき、人生の勉強になる事件を惜しみなく話したげる。
就職難の時代でね、左翼系団体のオルグが会社に入りこみ、労働争議が頻発する時代、会社は思想的な面を気にする。
つまり、就職の準備にはいった。
つづく。
高田宏治の「映画より面白い映画の事件」~昭和の京都~ 高田宏治・映画脚本家 @Kotaka573
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