ウチに、まかしとき!



 デュゲは公爵家なので、会場入りは最後だ。

 ルイゾンは、騎士たちと最終確認してくると言って、今はいない。

 

 控室で、徐々に緊張してくるジゼルにシルヴェルトルは

「いつも通りに。そばに居てくれれば、それでいい」

 と穏やかに寄り添う。

「うん……」

「ジジ。……愛している」


 シルヴェルトルが微笑んだ後で、ジゼルの額にキスを落としてくれた。


「本当はここにしたいが。せっかくのべにが落ちてしまうからな」


 人差し指でジゼルの唇をちょんちょん、とつついていたずらっぽく笑う黒獅子に、

 


 ――あかん! なんなんその甘い色気! 聞いてない! うっかり萌え死ぬやん!



 と心臓がバクバクと跳ねたが、ただでやられるジゼルではない。

 

「残念だわ……じゃあ……あとで?」

「うっ」


 シルヴェルトルもまた、心臓を押さえて苦笑した。

 

 

 ――いよっしゃ、これでドローやろ!



「あとでだな? よし。キスだけで済むかな」

「!! もう! シル!」

「はは」

「はいはい、イチャイチャはそこまで。出番ですよー」


 

 いつの間にか控室の扉前で呆れている侍従に

「頼むから、気配を殺すな」

「ルイ、見てたの!?」

 ふたりして動揺する。

 

「気配なんか殺してないって。ったく……お互いに夢中なだけだろ」

 肩をすくめるルイゾンのぼやきは、やはり二人には届かないが、それで良いと思っている。

 


「シルヴェルトル・デュゲ公爵閣下とその婚約者、ジゼル・バルニエ伯爵令嬢!」


 儀典官が呼ぶと、会場が一瞬で静まった。


 暴虐の黒獅子公爵と、白王子に婚約破棄された伯爵令嬢。

 ゴシップ好きな来賓客たちが、一斉に王城のダンスホール入り口に視線を向けると、そこに立つのは。

 

 やや伸びた髪の毛を後ろへ流して耳にかけた、琥珀色の瞳で細身のタキシードを着こなす、若い公爵。

 そして――

 

「きれい……」

「ほう」

「あのネックレスは、いったい!」


 ダイヤとプラチナのネックレスをぞんぶんに生かすよう、長い黒髪を後ろにフルアップしたジゼルが着ているのは、白地に銀糸で細かい刺繍がされた、マーメイドラインのドレス。

 鎖骨から胸元にかけてと背中部分は、下品でないぎりぎりのラインまで大胆にカットされているものの、肌はレースでぴったりと覆われている。ジゼルの華奢な肩周りや肩甲骨が透けて見える仕様だ。うなじからも後ろへ長く伸びている、ネックレスチェーンの先端部分にもダイヤが付けられており、歩く度にゆらゆら揺れて背中を彩る。

 足元では、アシンメトリーでたっぷりとつけられた銀糸のレースチュールが、同じように足さばきできらめく。

 これでもかと贅沢に使われた銀糸とメレダイヤが、動くたびに光を放つ、ジゼル自身がアクセサリーになったかのような――そんなドレスだ。


 会場中の視線を奪ったジゼルに、もちろんアンリエットは

「ふん。あんなドレスのどこがいいの?」

 とすぐさま悪態をついた。

「アンの方が何倍も美しいよ」

「ニコラ……!」

 谷間がこれでもかと強調された、ピンク色のプリンセスラインのドレス。

 アンリエットは、わざとニコラの二の腕に、胸を擦り付ける。


 そんな二人を尻目に、国王と王妃が並ぶ玉座へと挨拶に訪れたシルヴェルトルとジゼルは、美しい礼とカーテシーを行った。


「陛下。今日のこの記念すべき日に、健やかなるお姿を拝謁賜れたこと。大変光栄にございます。また新たなる、栄えあるお年をお迎えになられたこと、心より寿ことほぎ申し上げます」

「大儀である、シルヴェルトル。ジゼル嬢も、ありがとう」

「恐縮にございます。陛下、不躾ですが少々お時間を賜ってもよろしいでしょうか」

 ジゼルは、国王が引け目を感じていることに、付け込む。

「……良い」


 ゆっくりとカーテシーから姿勢を直すが、目は伏せたままだ。

 高貴な人間を直視してはならない。その不文律を自然と保つ令嬢に、国王は目を細める。


「この度の素晴らしき日に、デュゲより贈り物を差し上げたく、持参致しました」


 恭しく頭を伏せた状態でルイゾンが差し出すのは、青ベルベットの宝石箱だ。


「ほう?」

「我が領、バルニエの特産品であるプラチナ。そして」

 ジゼルが見上げるシルヴェルトルは頷き、

「我が領、デュゲで採れる青珊瑚を使った、サークレットにございます」

 

 タイミングを合わせ、ルイゾンが蓋を開けると、見事な細工のサークレットが鎮座している。

 正面には加工された青珊瑚の大粒のティアドロップ。国王の目の色と同じ色だ。


「こちらの青珊瑚は、大変希少。数百年を生きているものなのです」

 

 シルヴェルトルが、ジゼルの腰をそっと抱き寄せて微笑み、促してくれる。

 ジゼルも頷き、高らかに言う。

 

「そしてこのプラチナという素材は、決して黒ずむことがありません。この色のまま変わらないのです――永遠の輝きを、陛下へ!」


 国王は、感激のあまり思わず立ち上がった。

 

「なんと……! なんと嬉しいことか!」


 その反応を受けて、シルヴェルトルは隣席の王妃へも、言を添える。

 

「王妃殿下にも、おそろいでお作りしております。お受け取りいただけますと幸甚です」

「まあ!」

「他国遠征の際にでも身に着けて頂ければ、豊かなカロン王国を見せうることができましょう」

「その通りだわ! とっても嬉しい! ありがとう!」

 感激よ! と、体の前で手を合わせて喜んでもらえた。作戦成功だ! とジゼルの内心から歓喜の波が打ち寄せてくる。腰に添えられているシルヴェルトルの温かい手がなければ、立っていられないだろう。

 

 ジゼルたちの思惑通り、周囲の貴族たちも「黒ずまない」「色が変わらない」ということに興味津々だ。

 金や銀は酸化して黒ずんでしまう。丁寧な手入れが必要だし、手入れを怠ると使えなくなるのだ。

 

 ニコラからの酷い仕打ちにも関わらず、こうしてジゼルが笑顔で良い品を送ってくれたことに、安堵する国王と王妃。

 だが――


「はん。一体何を企んでいるのだ!」


 それをぶち壊すのが、ニコラだ。


「企む、とは」

 静かに返すシルヴェルトルは、ジゼルの腰に手を添えたまま真正面から王子を見据えるよう、全身を向ける。

 

「プラチナなどとっ。武器を作る物ではないか! 暗殺をもくろんでいるのではあるまいな!」


 その腕に巻き付いたまま、その発言に乗っかるのは、やはりアンリエットだ。

 

「きっとそうだわ! なんと恐ろしいこと!」

「……言いがかりです」

「言いがかりな訳ないわ! 現に、貴方は私に暴力を振るったのよ!」

「それこそ、事実無根だ」

「そんなっ、ひどいっ! 嘘つき!」

「かわいそうなアンリエット……! この、暴虐公爵をひっとらえろ!」


 静かな会場に響き渡るのは、ニコラとアンリエットの叫び声だけだ。

 しんとして、誰も動けない。

 

 ようやく国王が口を開きかけた、その時。

 

「はー。相変わらず、脳みそ空っぽやな!」

 突如として態度を変えたのは、ジゼルだ。


 二歩ほど前に進み出ると、両腰に手を当てて堂々と発言する。


「まずシルヴェルトルが暴力を振るったって? 知らんかったんかもしれんけど、王宮の美術回廊には貴重品がたっくさん。つまりー? 目に見えんところで、近衛騎士が常にいる場所なんよ。わかる? 暴力振るったら騎士がすぐ駆けつけんの。証言も記録も、なーんもなかったで?」

「!」

「このサークレットが暗殺の武器って、陛下への献上品を、なんも確認せんと持ち込むわけないやろ! 騎士団のお墨付きやで! さっきからほんま……王国騎士なめすぎてんのとちがう? 毎日守ってもろてんの、自分やろ!」

「なっ」


 これには、会場で護衛任務に就いている騎士たちのヘイトがものすごく上がった。心なしか、気温も上がった気がする。

 

「あと、物の価値のわからない人間が国王になるなんて、ゾッとする。国潰れる。わかる?」

「なんだとっ」

「最後に。言いたくなかったけどねー、そこのご令嬢に捨てられた男たちから、すんごい愚痴られんのめちゃくちゃ迷惑! わかる?」

「っ!?」

「ちょっと! 何言ってるのよ!」

「ほんっと安直すぎる」

「はあ!?」

「この夜会でウチを襲わせようとして、『懇意な』男たちに協力依頼したっしょ」


 これには、一気にシルヴェルトルとルイゾンの殺気が高まった。

 

「な!?」

「おいジジ……今、なんつった?」

「その中の一人、ウチ、クラスメイトやってんな~結構仲良かって。相談されてん。どうしよー! って。な?」

 

 さーっと引いた人波から、恐る恐る出てきたのは、ひとりの青年だ。

 顔面蒼白で、震えている。


「アン……僕には、できないよ」

「ちょ、何言ってるの! 知らない! 知らないわ!」


 ルイゾンが、すらりと剣を鞘から抜いて、構えた。


「そいつ以外にもいるんだろ……今すぐ出てきたら、許す。出てこなかったら、即殺す」


 ひいいいっ

 やめ、やめて!

 まだなにもしてない!


 わらわらと出てきた、四、五人の男たちは全員タキシード姿だ。


「うわあ。どんだけいるん? え、ひょっとして――全員そんな関係? えっぐ! え、それって良いん?」


 ジゼルが王子とアンリエットを振り返ると、顔面が蒼白を超えて白くなっている。


「我が王国の『未婚の高貴な女性は、清廉潔白』でないといけなかったような? ちごた?」

「違う! 知らない!」

「まあどうでもええけど、お似合いやわ。なー? ニコラ王子殿下!」

「な、な……」

「ウチのこと、学校で押し倒そうとした時に蹴り上げたとこ、もう治ったんやな! よかった、よかった!」


 ひっ、とニコラが小さな悲鳴を上げた。若干腰が引けている。

 それを聞いたシルヴェルトルが、見たことのないぐらいに怒りをあふれさせた。


「なんということを……殺すっ!」

「あかんてシル。ウチは未遂やったし! あーでも、被害者は他にもおるって……ま、それ噂やしな! 殺したら、ほんまに暴虐公爵なってまうよ?」

「愛するジゼルのためだ」

「うれしい! でもあかんよ。あれ、多分ウチらがやらんでも、死ぬよ。ほら、みてみて?」

「!」


 気づけば、国王の肩がびっくりするぐらいに震えている。


 

「こんの、馬鹿息子があああああああ! 廃嫡だあああああああああああああ!!」


 

 ――誕生日の国王、ダンスホールの中心で、息子の廃嫡を叫ぶ。

 


「わーお。なかなかシュールやなー」

「ジジ……他には何もされていないか? 大丈夫か?」

 

 後ろからぎゅっとハグするシルヴェルトルの頬を、ジゼルは撫でながら自身の頬をすり寄せた。

 

「大丈夫。ウチ――綺麗なままやで」

「ふぐ……ジジ……!」

「えへへ」

 

 その背後で、両肩を落とすルイゾン。

 

「あーあ。殺気そがれた」

「ルーイー、物騒やから。剣、しまってや!」

「ハイハイ」

 

 


 ◇ ◇ ◇


 

 

 ニコラは、遠い親戚筋の子爵家が多額の持参金を条件に、渋々引き取ったらしい。

 王弟殿下の息子(まだ四歳)がいるらしく、そちらを後継として教育していくそうだ。


 そしてアンリエットは――『誰とでもそういったことをする、美しい令嬢』は、嫌な話だが需要がある。


「考えたくないわ」

「考えなくていい。どうせ一生会わない」


 結局、到底この国では暮らせないとなり、隣国の貴族へ嫁ぐことになったらしい。

 

 王都のタウンハウスにある、ガーデンテラス。

 ジゼルとシルヴェルトルは、つらつらとそんなことを話しながら、アフタヌーンティーを楽しんでいた。

 

 

「……なあ、ジジ」

「ん?」

「その言葉は、バルニエのものでもない」

「あー」

「まだ秘密、か?」

「ううん。あんな、信じられへんかもしれんけど――」


 

 じっと自分を見つめるシルヴェルトルの琥珀色の瞳が、たまらなく愛おしい。

 きっと何を言っても愛してくれる、という信頼がそこにある。

 この初恋の人が一途に想ってくれていたおかげで、不本意な『やがて王妃にならなければならない』呪縛から解き放たれた。いわばジゼルの命の恩人なのだ。


 

「また婚約破棄されたくないから、結婚してから言うわ!」

 と笑ってみせたら、

「はは!」

 黒獅子がすくっと立ち上がって、椅子に座っていたジゼルをいきなり横抱きにした。

「わ!」


 そのままぐるりと方向転換をして、近くにあるベンチへ連れて行き、膝の上に乗せる。


「愛するジジ。早く結婚できるように、努めよう」

「うん! 早いとこ公爵領立て直して、結婚式しよ!」

「そうだな」


 シルヴェルトルが顔を近づけてくるので、ジゼルは目を閉じた。

 優しいキスの後で、深いキス。まぶたと、頬と、それから鎖骨に軽いキスが降ってきて――また、深いキス。

 シルヴェルトルの愛情が直接流れ込んでくるようだ、とジゼルの頬はいつも紅潮してしまう。


 最近の二人は本当に忙しく、公爵領に帰る暇もない。

 プラチナアクセサリーや青珊瑚の引き合いが、どんどん入ってきている。

 ジゼルの着ていたドレスも、問い合わせがひっきりなしで――


「閣下! ジゼル様! 会頭がおみえです!」


 思わず顔を見合わせる二人。

 ジゼルは、シルヴェルトルの首に腕を回したまま、今行くわ! と返事をした。

 だが、シルヴェルトルは眉を寄せる。


「ジジ……すまないが、陛下に呼ばれていてな。俺は今から、王宮に行かねばならないんだ……」


 ジゼルは、ちゅっ! とシルヴェルトルに軽いキスを落としてから、明るく言った。

 

「ウチに、まかしとき!」





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お読み頂き、ありがとうございました!

初めて書いたテンプレざまぁ、いかがでしたでしょうか。


少しでも面白かったよ!と思って下さいましたら、是非応援♥や評価★★★してくださったら嬉しいです!


ありがとうございましたm(_ _)m

 

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