最終話「叩きつける」


『どこ行こうって言うんですか?』

『ど、どこって……そんなの――』


 ちょ――なんだか怖い顔したお柳さん……

 イヤですよ、なんとなく怯えちまうじゃないのさ。

 どもるあたしを無視してお柳さんが続けます。


『わたくしと仁太さまから、贈り物があるんですよ』


 お柳さんと、仁太から――?

 一体なにくれるって言うんだい?

 逆にあたしがその、あたしの体をくれてやろうと思ってたんだけど?


 仁太はお化け二人を縁側から座敷に上げ、嬉しそうになんのかんのと語り掛けてます。

 その隙に、捕まえられたあたしとお柳さんとが入れ替わりに庭へと降りて柳の木の側へ。


『こんなとこで一体なにくれるってんだい?』

『由乃ちゃんさ、わたくしに黙って消えようとしてなかったですか?』


 どきっ。

 鋭い、当たってる。


『そ、そんな事ありませ――』

 あ、こりゃダメだ。完全に察してるって顔だもん。誤魔化しようなさそうだね。

『――どうして分かったんだい?』


『だってお祖父様とお話しされた夜からおかしかったですもの』


 え、ほんとかい? いつも通りに振る舞ってたつもりだったけど?


『仁太さまやお祖父様、さらにわたくしを見る目が、最後に目に焼き付けて、って感じの寂しそうな顔してましたから』


 あたし今こんななのにお柳さんはあたしの顔とか見れたんだね。知らなかったよ。油断してた。


『だからね。これ、上げます』


 なんだいコレ……位牌かい?


『有難いけどさ、賢安寺さんとこの檀家だからウチは位牌いらないんだ』

『知ってますよ――故人の魂は阿弥陀如来にお迎え頂き極楽浄土へ導かれ、亡くなった時点で成仏される――往生即成仏、でしたっけ』


 やだねぇ柳の木のクセして賢いなんてさ。

 でもまぁそうさ。

 だからホント言うと、現世を彷徨さまようあたしは教義に則ってないんですよねぇ。

 ごめんなさいね賢仁さん。


『由乃ちゃん。ひとつだけ確認させて下さいね』

『なんです?』


『消えたい訳じゃ、ありませんよね?』

『そりゃそうだよ。あたしだってウチの人と一緒に逝きたいもの』


 四十年近くも前の、まだまだ若々しいあたしのその顔で、ウチの人が大好きだと言った笑顔――よりかは少し禍々しいような笑顔――でニンマリしたお柳さん。


『じゃ、決まりです!』


 言うや否や、握ったままのあたしを、反対の手に掴んだ位牌に叩きつけたんです!

 なんて事するんですこのは!?


 そのまま勢い良く弾け飛んだかと思うくらいに叩きつけられた――ものの、不思議と衝撃とか痛みとかそんなのは感じませんでした。

 お化けなんで元々そういうの感じやしませんけどね。


『…………はぁ――。今度は一体なにやったんだい?』

『由乃ちゃんの魂、縛りつけちゃいました!』


 なんだか分かんないけど、んー、まぁもう今更だよね。なんだって受け入れるから説明だけ頼むよ。


『簡潔に説明してくれるかい?』



 ――ま〜ぁ、なんとも簡単でした。

 簡単にまとめりゃ四つだけだね。


 一つ目、この位牌はお柳さん自身でなた振って柳の木からり出して、仁太がこしらえたものだってこと。


 二つ目、これがあたしのだってこと。


 三つ目、ウチの人が逝くときに一緒に逝けるまじないが位牌コレに掛かってるってこと。


 四つ目、あたしのお化けの体はもう、すっかりだってこと。


 確かに柳の木の裏側、ぽっかり抉られた跡がありました。あたしがお柳さんから離れてた隙に頑張って伐り出したんだろうねぇ。



『わたくしに体くれるつもりだったんですよね? だから良いですよね? ね? …………お、怒ってますか?』


 このにゃどうにも先走るきらいがあるけど、のんびりしたとこのある仁太にはお似合いですかねぇ。


『ちっとも怒ってません。なんなら感謝してますよ』

『由乃ちゃん優しい! 好き!』


 でもあれだねぇ、生きてた頃の体、お化けの体、そんでこの位牌の体。

 動けない体ってのは不便だねぇ…………ってもお柳さんなんて数百年も動けなかったんだ。それに比べりゃ大した事ないか。


『不便だなー、とか思ってます? お婆ちゃん由乃ちゃんのお化け姿でなら抜け出れますからね、ソレ』

『え、そうなのかい? 便利過ぎないかいコレ?』

『力を蓄えたわたくしの体から伐り出してますから。特別製です』


 へぇ、そりゃ凄いねぇ。


『でもさ、ウチの人もやる気になってるし、あたしが居ない方がお柳さんには都合良いんじゃないかい?』


『だってあなたの御主人まだまだ逝きそうにありませんし、これからも由乃ちゃんには仏壇由乃屋を支えて頂かなくちゃいけませんもの』


 ははぁ、なるほど。

 仁太をきちんと一人前にするのはまだもう少し掛かりそうだしね。

 あたしが現世に留まりゃ仁左衛門ウチの人も『短くあれ儂の寿命!』なんて言わなくても済みますからね。


 よく考えてありますね。笑っちまいますよ、柳の木のクセに。

 


 賢仁さんの読経も済み、みんなで座敷に座った中にしれっと混ざる娘と娘婿二人のお化け

 間に座った仁太が二人と手を繋いでにこにこしてます。


「二人帰って来てんのかい?」

「たぶんな。孫の嬉しそうな顔見てくれよ賢仁。儂、もう思い残すことねぇよ」


 あらまぁ。あたしとお柳さんの思惑に反してそんなこと。


「お祖父様、もっと思い残して下さらないと困ります。仁太さま残して早々と逝っちゃダメですよ!」


 ふふ。ウチの人ったら怒られたのに嬉しそうな顔しちゃって。

 未来の孫嫁、その尻に敷かれそうですね、お前さん。


 消えてやろうと思ってたのに、ウチの人と一緒に逝けることになったし、こうなったらあたしはもうなんにも考えずに貴方達を見守って過ごしますよ。


 なんだかんだでとても楽しそうじゃありませんか。


 そう、思いません?




〈了〉




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


コンテスト的に続編が書けるくらいの幅を持たせたここで、完結です!


最後まで読んで頂きありがとうございます。


評価まだだぜ、って方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽に放り込んで頂けたら幸いです。


かさばる物でもござんせん。

多めに入れて頂ければ尚嬉しうございます(●´ω`●)

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由乃屋幽霊噺 〜賢いあの子は柳の木?〜 ハマハマ @hamahamanji

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