第12話「飛び立つ」
「茄子の
毎年の事だけど、今年はいつも以上に浮かれる仁太です。もちろん気持ちは分かります。
なにせ今年はついに抱き締めて貰えるかも知れませんからね。
「で、どうなんだ仁太。今年は
「それが聞いてよ爺ちゃん。お柳さんが言うには五分五分なんだって」
「そうなんかお柳ちゃん?」
「ええ。それでも普通のお化けは
そうなんです。
仁太ってばさ、あたしや犬のお化けには触れられたんです!
あ、鶏のお化けはこないだ成仏したんでもう居ませんよ。
さらにこれも余談ですけど、仁太にまとわりつくお化けがここのところ増えないんです。もしかしたら側にお柳さんが居るからかなって思うんですよね。
あたしほんっと嬉しくってさ。
それが、なんと!
こないだ仁太に負んぶして貰ったんですよ!
あたしもうさ、これで数少ない思い残すことがまたひとつ減っちまったよ。
ただね、あの二人は
ちゃんと触れられるかまだ分かんないんだよ。
「たのもー!」
「来たな賢仁。いつも言ってるがその訪い方はやめろ」
賢安寺の賢仁住職がお盆の
賢安寺の宗派では本来お盆の棚経はしないんですけど、ウチは特別に上げて頂いてるんです。
お盆にしか帰って来れない子達が居てますからね。
「む!? 妖魔の気配!」
「なに! 賢仁ほんとうか!」
「安心しろ仁左、神仏の加護が妖魔を祓う!」
これはこの二人の、というか賢仁さんのいつもの決め台詞です。
以前にこの町であった妖魔騒ぎを賢安寺の跡取りが収めたとかなんとかってぇ逸話があるんですけど、それはまたの機会――が、あればその時にでもしましょうか。
でもちょっとドキッとしました。
あたしは妖魔じゃありませんけど、お柳さんは妖魔みたいなものですから……って、いやあたしもみたいなものですけどね。
あ、ちなみに賢仁さんはお化け見えない人ですよ。
「なーもーほんしーしゃぁかむぅにぶつ〜……」
読経が始まりました。
例年ならこの辺りであの子達が帰って来る筈です。
…………はい、来ましたね。
虚ろな目、特に何も話さない口、そんな二人のお化けが庭へとやって来ました。
ぱっと見の初見の方がいらしたら腰抜かして駆けてっちゃうでしょうけど、我が家ではこの二人が帰って来るのを毎年ほんとうに待望してます。
その証拠に、縁側から飛び降り裸足で駆け寄った仁太の目にも涙が溜まっています。
残念ながら、もちろんウチの人と賢仁住職には見えませんけどね。
「母さん、父さん、お帰り。今年も帰って来てくれて嬉しいよ」
少しはにかんで言う仁太を見て、あたしやお柳さん、さらには二人が見えないウチの人も、目頭が熱くなっちゃいますね。
「あのさ、今年も試してみても……良いかな?」
感情の篭らない瞳ながら、こくんと頷いた香乃と元太さん。
香乃はあたしらの一人娘、元太さんは元々は仁左衛門の弟子。この二人、あたしらが知らない間に愛を育んでたらしいんですよねぇ。
仁太は恐る恐る、両手を二人へそっと伸ばし、それぞれの手を………………ギュッと、確かに掴んでみせました。
あ――あたし、も、もう思い残す事なんてひとっつも…………う、うぅ、嬉しいよぉ――
あぁ、ダメだ。涙堪えらんない。
けどさ、ぷふっ――
笑っちまうじゃないのさお柳さんたら。
なんであたしよりボロボロ泣いてんのさ。
柳の木だけどさ、良い
嬉しそうな顔で泣く仁太は感極まって、さらにがばりと二人を抱き締めようと腕を広げましたが、残念ながらそれはすり抜けちまいました。
そこから先は来年にお預けですね。
と思ったんですけどね。
不意に
――じんた、がんばってくれたんだな、うれしいよ――
もう……ほんとに。あたしの心残りは何ひとつありません。
そりゃさ、欲を言えば仁太が二人を抱き締めるとことか、仁太とお柳さんのお式とか、
でも、ここがあたしの
お柳さんの肩からふわりと飛び立って、どれくらい離れりゃ消えられるのか分かんないから、どっちか方角決めて真っ直ぐ行くしかありませんね。
さすがに二、三十間も離れりゃ充分でしょう。
じゃ、みんな、またね――でもないか。
元気に暮らすんだよ。
後ろを振り返ると離れ
まっすぐ前だけ向いて飛びましょうか。
お別れだよ、みんな。
ごめんよ、お前さん――
『ちょっと待って由乃ちゃん』
『もう! お柳さんたら! 割りと一大決心で飛び立ったってのにさ!』
お化けも害せるお柳さんの、そのぷにっとしたあたしの指に捕まえられちまいました。
あたしの一大決心、お柳さんに掛かっちゃ屁でもありませんねぇ。
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次回、最終話です。
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