最期のドライブ
粹-iki-
最期のドライブ
警察署の取調室にて、一人の女性が黙々と座っていた。
しばらくして、その部屋に一人の男が中に入ってきた。
「さて……、何から話しましょうかな?」
「……」
刑事が言葉を発しても、女は依然として黙秘を貫いていた。
そんな女を睨みながら、刑事の男は椅子に座りこんだ。
「残念ながら黙秘したところで調べはついているんだよ。今私の部下がそいつの元に向かっているんだ。もう時間の問題だ......」
刑事がそう言うと、女は少しだけ口を開いた。
「時間なら充分ありますよ。あの人にとっての時間は、まだ充分に......」
その日、男はピカピカの古い車へと一人の女性の手を引っ張って向かっていた。
その手持ちには特に何を持つというわけでもなく、彼らは極めて軽装の状態で車に乗り込んでいた。
よく見れば、女の表情は非常に無機質なものであり、その体を見れば、所々に筋が入っていた。
もう数十年も前の話になるが、この世界ではロボット工学が飛躍的に発達し、町にはロボットが歩くのが日常的になった。
そのロボット自体も年々進化を遂げており、今やその表情もより人間に近づいたものへと変わっていった。
そう、この話で察した者はいると思うが、今男の隣にいるこの女性はロボットである。
そんなロボットの女性に対して、男は話しかける。
「車、随分ときれいになっただろ?今日のために洗ったんだよ。まるで昔の頃のようだ......」
隣の女は特に何を話すわけでもなく、その表情は一切変化しなかった。
男はそのロボットに微笑みかけたあと、車のエンジンをかけた。
車は動き出し、快適な走りで道路を進んでいった。
その車が動き出したと同時に、路上に停まっていた一台の別の車が彼らの車を追うように進み始めた......。
「佐々木京子、年齢は54歳。
職業は病院の看護婦で、先日までは誰が見ても優秀と言われるくらいにまじめに働いていたが、一週間ほど前に病院に保管されていた脳の一つを隠れて持ち出した......。しかもその脳は、肉体が死亡した患者を脳だけでも生きられるようにと保管していたものだって言うじゃないか......。たしか、脳保存延命法案によるものだったか?」
取調室では、依然として刑事の男と佐々木という女が取り調べを続けていた。
刑事の男は、続けて話しだした。
「どうしてあの男のためにこんなことを?」
佐々木はそう言われると、再び口を開いた。
「昔、私はあの人のことが好きだった。中学の時に出会ってからずっと恋焦がれていたの……。
でも、あの人には他に好きな人がいたのよ。それが瞳だった。瞳は、私よりも前から孝一の近くにいて、いつも二人は一緒だった......。私はそんな彼女に比べたら引っ込み思案で素直になれないものだから、アプローチなんていつも空回りだった。そんなもんだから、私の恋なんて叶うはずがなかったのよ。
そして、彼は結果的に彼女を選んだ。だけど、私はそれでもいいと思ったのよ。孝一君のあんなに喜んだ顔を見たら、悲しいけど嬉しかった......」
明後日の方向を見ながらそう語る佐々木。
そんな佐々木に対して、刑事の男は語りかける。
「その思い出話と、今回の犯行はどう関係があるって言うんだ?」
「孝一君の笑顔が見たかったからよ?たとえあの時に私の恋が叶わなかったとしても、あの人にはずっと幸せでいてほしかったもの......。そのためだったら......」
「何でもするってわけか......。今回の犯行も、その孝一という男のためなら......か?」
「えぇ、その通りです......」
刑事の男はそれを聞いて、思わずため息を吐いた......。
一方、ドライブに出かけた二人はある田舎の道路を車で移動していた。
「懐かしいだろう?僕たちが昔過ごしていた町さ。建物とかはだいぶ変わったところもあるかもしれないが、ここの雰囲気は何も変わってない......。
僕らはこの町で出会った。この町で一緒に過ごし、そしてこの町で愛することを誓ったんだ。なぁ、見えるか?僕らが通っていた学校だよ。今もその場所にちゃんとあるんだ......」
男は一人でずっと話し続けていた。
隣の女性の反応はなく、ただ無機質な顔つきだけがそこにあった。
「そろそろ別の場所に行ってみようか......。せっかくだし、君の好きな歌を流そう」
男はそう言うと、無線接続したデバイスに保存された音楽を再生した。
そのプレイリストには、君の好きな歌、という名前が付けられていた。
後ろの車は、依然として彼らの車を追いかけている......。
「早瀬孝一、年齢はあなたと同じく54歳。
元技術者で、主にロボット工学を専門としていた。会社を退職してからはフリーの技術者として活動しており、周囲からの評判によれば、一人で黙々とロボットのようなものを開発していたとか……。
奥さんは早瀬瞳、旧姓は長谷川瞳さん。
あんたの言うことによれば、この二人は古くからの幼馴染になるわけか......。そして、今回盗まれた脳は、その奥さんの物ってわけだ......」
取調室で、刑事の男は早瀬とその奥さんについての情報を語りだす。
「ここまで調べているのなら、あの人が逃亡している理由もわかるでしょ?」
と、佐々木は刑事の男に言う。
「あぁ、大方の理由は彼女の脳を自分の作った器に移そうって魂胆だろうな。昔は結構流行っていたし、俺が若いころなんかは随分とお世話になった......」
それを聞いた佐々木は、少しだけ笑みを浮かべた。
「だが知っての通り、あれは生命倫理的にも、ましてやシステム的にも問題が多かったという理由で違法とされているものだ。
人間の脳に、全身機械の体がなじみ切れず、本来長く生き続けられたはずの脳がその寿命を大幅に減少させることとなったケースばかりだったからな。
孝一という男が今やっていることだって、結局は奥さんの残った人生を早く消してしまうことに変わりはないはずだ......」
刑事のその言葉を聞いて、佐々木は言う。
「意思だけが生きていたところで、果たしてそれは生きているといえるの?無理やり脳を生き延びさせたところで、瞳は何もすることもできなければ体があった頃の生を実感することもできないのよ?それを選ぶくらいなら、私だったらせめて最期くらいは人間として死にたいわよ!
孝一君は、瞳に最後の自由を与えようとしてるの。たとえ世間を敵に回してでも、瞳のために......」
刑事の男は、自らの顔を佐々木の方へと近づける。
「その意見だって、彼女の意思を無視した個人的なものだろ?お前たちは彼女の自由を語っておきながら、彼女を都合よく自分たちで解釈していただけだ......。そんな善意があったところで、結局罪は罪なんだよ......」
佐々木の目には、涙が流れていた。
夕日が世界を彩ろうとしている時、ドライブ中の二人は海沿いの道路を車で走っていた。
「あぁ......、今日でよかった。見えるか?この海の輝きが。僕が君に結婚のプロポーズをした場所だよ。ちょうどこの道路脇で車を止めて、この夕日と海を背景にプロポーズしたんだ......。
何もかもが懐かしい......。あの後は照れ臭くなって、あんまりにもお互いが話さなくなるもんだから、僕から今流れている歌を口ずさんでにぎやかにしたんだ......。そしたら君も歌ってくれた......。歌ってくれたんだよ......、あの時は歌ってくれたんだ......。
それからも色々なことがあった......、結局子供に恵まれなかったもんだから、その代わりにペットを飼ったんだ......、小さな猫だった......、でもすぐにまた大きくなってった。とても暴れるやつで、何度叱りつけたことか......!。
それから十年二十年、先に猫が亡くなった......。二人でどれだけ悲しんだことか。
それからまた十年、今度は君が交通事故にあって......。体は死んでしまったが、君の脳だけは生きているからってそれだけは延命処置はされた。でも、あの頃の日常が戻ってくるわけじゃなかった......!。
仕事を辞めてからは、どうしても君と最後に暮らしたくて君用のロボットの器まで作り上げた。長かった……、非常に長かった。そして出来た頃には、君の脳の寿命があと僅かだって......!。
なんて人生だ......!、本当に......、なんて人生なんだ!」
男の瞳には、大粒の涙が流れる。
車の中では、音楽と、男が鼻水をすする音が流れている。
そんな中、助手席に座っていた女形のロボットが、その口元を少しだけ開いた。
そして、か細い電子音で、車の中で流れていた音楽を口ずさみだした......。
「……っ!?」
男はその声を聞いて、思わず助手席の方へと顔を向けた。
その歌声は少しずつ大きくなっていた。
男は、歌を口ずさむロボットを見て、
「瞳......」
と、声を漏らした。
男の目には、かつての瞳の笑みがはっきりと映っていた。
気持ちはもうあの頃のようだ。
男は手で涙をぬぐって、隣に座る瞳と共に、彼女が好きだった歌を口ずさんだ。
まるであの頃のように......。
車は道路脇で止まった。
しばらくして、彼らの後を追っていた一台の車も、彼らの車の近くで停止した。
その車から一人の男が降りてきて、二人がいる車へと近づいてはそのドアをノックした。
その直後、ゆっくりと扉が開きだした。
そこには一人の男と、男の肩に体を預けているロボットの姿があった。
「早瀬孝一さん、ですね?」
男はそう運転席の男に問いかけた。
「あぁ......、そうだ」
「警察の者です、あなたを逮捕しに来ました......」
「わかっている......、だがその前に......」
孝一はそう言った直後、刑事に向かって拳銃を向けた。
「……っ!」
思わず息をのむ刑事。
そんな刑事に向かって、孝一は微笑みかける。
「安心してくれ、これを預かってほしいだけだ......」
刑事はそう言われると、男から拳銃を取り上げる。
「この拳銃で、あなたも死のうとしたわけですか?」
刑事の問いかけに、孝一は答える。
「あぁ......、そのつもりだったよ。だが、最後の最後に彼女に励まされてしまってな......。もう少し生きてみようと思ったよ......」
そう言うと、孝一は肩にもたれかかっているロボットを見つめた。
「......ご臨終、なされたんですね。だけど、とても幸せそうに見えます」
「そうだな、終わり良ければ総て良しだ。きっと幸せだっただろうさ......」
刑事は何も言わずに、孝一に手錠をかけた。
孝一も黙って車から降りて歩きだした。
刑事の車に向かう途中、孝一は海を見つめた。
孝一の目には、かつての二人の光景が目に映っていた......。
[完]
最期のドライブ 粹-iki- @KomakiDai
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