有隣堂の全社員が岡﨑弘子を狙ってるってマジ!?
小林勤務
第1話 相談
「ブッコロー……、相談があるんだ」
張り詰めた顔を見せたのは有隣堂 文房具バイヤーの間仁田 亮治だ。わざわざ、youtube撮影終わりのブッコローを手招きして、缶コーヒーをおごるという名目で給湯室に呼び出したのだ。問仁田は窓から沈む夕日を眺めながら、切ないため息を吐いた。
「どうしたんだよ、そんな暗い顔して」
そう、心配そうに声をかけるブッコローに対して、問仁田は意を決したように重い口を開いた。
「実は、俺……文房具バイヤーの岡﨑弘子さんが好きなんだ……。いや、好きって度合いを超えているんだ。もう、超ラブなんだ。ただのラブじゃない。超絶ラブなんだ。最近、ラブが強すぎて胃もたれしまくって、胃腸薬ばかり飲んでるんだ」
この告白にブッコローは、またかというげんなりした顔を見せた。
「おい、勇気をもって告白したのに、そんな顔するのかよ」
「いやいや、ぶっちゃけ彼女を好きっていう社員があまりにも多すぎると思ってさ」
「え! 何それ、どういうことだよ」
「おいおい、首ねっこを掴むなよ、苦しいだろ」
ぐえええっと苦悶の表情を浮かべるブッコローを見て、問仁田は正気に戻る。
「ご、ごめん。でも、一体どういうことなんだよ」
「いきなり首絞めるやつには教えない」
「た、頼む! この通りだ。教えてくれないか」
そんな真摯な訴えに、ブッコローはおごってもらった缶コーヒーを啜りながら、これまでに起きたある出来事を語り始めた。
この一ヵ月――彼女を好きという社員が続出しているのだ。
例えば、ビジネスソリューション営業部の大久保 信昭。
書籍雑誌課の細川 吉彦。
実名をあげればキリがない。しかも、彼女を好きだと告白する者は現場社員だけではない。なんと、株式会社有隣堂の代表取締役社長、松信 健太郎までもが彼女と親しい間柄であるブッコローを給湯室に呼び出して、どうやったら彼女のハートを射抜けるのか、連日連夜相談していたのだ。
「それによ、昨日は男だけじゃなくて女子社員からも相談されたぞ」
「え、女子社員って……」
「店舗プロモーション課の渡邊 郁さんだよ。それに、新入社員の吉原美月さんまでも」
「ま、まじかよ……。新入社員までも……」
「最近、出版業界は百合が流行ってるからな。でもよ、なんでもかんでも、百合風味だせばいいってもんじゃないのにな」
「た、確かに……」
「しっかし、皆もせこいよな。大体、俺を呼びだす時は缶コーヒーだぜ。たまには、スタバにでも連れってくれよ。値段も300円しか違わねーよ」
安上がりすぎだろ、とぼやくブッコローを横目に間仁田は肩を落とす。
「くそ、社長まで岡﨑弘子さんを狙ってるなら、こっちは勝ち目ねーじゃんか」
「うん? なんだそれ。そんなんで自分の気持ちに嘘つくのかよ。男じゃねーな」
「いやいや、ちょっと待ってくれよ。俺だって、いっぱしのサラリーマンだぜ。やっぱり社長には目を付けられたくないしさ……」
「いやだね~、そんなとこまで会社員ぶるの。つまらない大人になってないか」
「し、仕方ねーだろ。恋と組織は水と油だよ」
絶望に沈む問仁田を横目に、ブッコローは「今、上手いこと言ったって内心ほくそ笑んでいるだろ」と嘴で突っ込みを入れた。
しかし、この現象は一体どういうことだろうか。
確かに、youtubeは着実にフォロワーを増やしており、それとともに彼女の知名度はうなぎ上りだ。動画を通じて、彼女の魅力が全国に伝わっているものと推測されるが、それにしても効果がありすぎだと、ブッコローは思った。
社員が彼女の魅力にハマり過ぎて、超絶ラブ現象が起きるとはブッコローの理解の範疇を超えている。しかも、恋については独身ならいいにしても、既婚者までも彼女に超絶ラブ過ぎるというのは、会社の風紀に関わるのでは。なかには超絶ラブ過ぎて、胃もたれを起こす社員も続出しているし、いささか行き過ぎではないか。
そんな心配を胸に、人事部のドアを叩くが、
「うちの部もみーんな彼女に超ラブなんだ。ラブじゃないぞ。超ラブなんだ。ちょうど、皆でブッコローに缶コーヒーおごるから相談にのってもらおうとしてたんだよ」
と、これまた同じ答えが返ってきた。
これはまずいと取締役会に駆け込むと、あろうことか経営方針にまで超絶ラブを盛り込んだ文章に変更しようと議題に上がっていたのだ。
「超絶ラブだ。ラブじゃない。超絶が頭につくんだ」
皆、一様に目を欄欄と輝かせている。どうやら、超絶ラブになると、皆、目が生き生きとするらしい。
大の大人が一人の女性を争って目を輝かせる。
恋というのは、全てを変えるのか――
人間ではないブッコローは、有隣堂の社員をなんだか羨ましく思えた。
しかし、一体、どれだけ相談を受けて、缶コーヒー飲めばいいんだよ。これだけ相談に乗ってあげてるのに、誰一人として缶コーヒーからスタバにレベルアップしてくれない。こっちが胃もたれしそうだぜ。
ブッコローはそう苦笑しながら、改めてどうすればいいのか考えてみた。
彼女も一人の人間で、体は一つだ。
全員と付き合えるわけではない。
いくつかのアイデアがあるが、頭を整理する上でこんなのはどうだろう。
①岡﨑弘子さんのアバターを作り、社員が共有する
②岡﨑弘子さんのグッズ(抱き枕)を社員分作る(好評なら店舗で販売する)
③岡﨑弘子さんと日替わりで付き合える券を発行する(好評なら店舗で販売する)
④岡﨑弘子さんが高速移動して、社員みんなと同時に付き合えるようにする(悟空の力を借りる)
深夜、パソコンに次回のyoutubeネタを原稿にまとめながら、ブックローは遠い目をして缶コーヒーを飲んだ。仄かな苦味が、馬鹿な妄想にまで及んだことを悔いた。
こんな生温いのはダメだ。
しかも、④のアイデアはそもそも現実社会では不可能ときている。現実社会では悟空はいないし、チートも最強もないんだ。
そうなると、やはり、これしかないのでは――
「ええええええ! で、デスゲームですって!」
岡﨑 弘子はブッコローの突然の提案に、素っ頓狂な声を上げて飛び上がる。
だが、すぐに意味深に微笑み、眼鏡の奥にある瞳を光らせた。
「でも、なんだか面白そう」
「やる気なんかいっ!」とブッコローは嘴で突っ込む。
こうして、株式会社有隣堂の社員が総出で出演するデスゲームが開始されることになったのだ。
後にyoutube史上初となる、1兆再生を超える伝説の動画――
「有隣堂の全社員が岡﨑弘子を狙ってるってマジ!? 負傷者続出、過酷すぎる24時間耐久超絶ラブレースとは一体!?」の幕開けだった。
富士山の頂上で好きだを叫ぶ。
絶海の孤島で枯れ木を駆使して、デート用のお洒落なカフェを作る。
好きだを叫びながら、わんこそばを千杯平らげる。
スクワットをしながら、好きだを一万回叫ぶ。
スカイダイビングをして、上空に大きなハートを作る。
などなど――
そのどれもが過酷なレースだった。
全ての撮影を終えたブッコローは、深夜自室に籠り、自分で購入した缶コーヒーを啜りながら、サムネを完成させた。
「これでよしと」
――優勝者はまさかの!? これは、出来レースなのか!?――
こんなサムネじゃバレバレだろうか。
ブッコローはふっとほくそ笑む。
一仕事終えると、窓から遠い満月を眺めて、こう呟いた。
岡﨑 弘子さんは誰にも渡さないぜ。企画を俺に任せたのが、運の尽きだよ。
了
*24時間耐久超絶ラブレースを詳しく知りたい方は、youtubeをチェック!
嘘です。
presented by 小林勤務
有隣堂の全社員が岡﨑弘子を狙ってるってマジ!? 小林勤務 @kobayashikinmu
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