第5話 わたしがわたしでいるために
「侍女の髪を集めて人形を作っていると、小耳にはさんでおりました。実際の陛下はそのようなことをなさらない方のようですね。とても愛らしくて、放っておけない方だと思わされました。使用人のうわさをやめさせておきますので、ご安心くださいませ」
結局、効き目はなかったのですよね。気づかれないように抜いた方がよかったのかしら。
わたしの頭の中で、ジェンティの声が響く。ルドヴィカの名前を教えてくれたときも、突然ナレーションが入ったっけ。
まさか、髪を集めていたのは本当なのかな。気づかれないように抜くなんて、絶対に呪いの人形だよね? 入れ替わりのために、そんなことまでしていたの?
「愛らしいかどうかは分からないけど、ロミーの嫌がることはしないわ。お友達になりたいもの」
「陛下。お友達とおっしゃっていただけてありがたいです」
ロミーの手をにぎると、 きらきらとした目を向けられた。
「王女でいらしたときより、仕事の量は増えましたよね。わたしといる間だけでも、気楽にしていただければ幸いです。これから仲よくしましょう」
「えぇ!」
異世界でできた二人目の友達は、今度こそ仲よくなれそうだ。笑い合うわたしとロミーの耳に、か細い声が聞こえる。
「あのー。ぼくのこと、忘れていませんか?」
ガリオン! ごめん、すっかり忘れてた!
わたしは心の中で手を合わせた。堂々となさってくださいと言われたし、本音を知られたくなかったから。
自分のこと、おれじゃなくて「ぼく」って言うんだね! おれのこと忘れんじゃねーよ的な、イケボが聞けると思ったのに。でも、かわいいから許せるよ! 留守番中のハスキー犬みたいで尊い!
「ガリオンともお友達になりたいわ。さっきのガリオン、とてもかっこよかった!」
「ご、護衛ですから」
ほんの少しだけ、ガリオンの返事に時間が空いた。わたしは落ち込んだふりをして、目をうるうるさせた。
「わたくしのことが嫌いなのですか?」
「嫌いになるなんてありえませんよ! お願いですから笑顔でいてください。陛下の泣き顔は見たくないのです」
はう~~~! 愛の言葉を積極的に使う護衛、優秀すぎるよ。最近乙女ゲームにログインできていなかったから、胸きゅんな展開がほしかったの。ルドヴィカとは会議で話すけど、お仕事モードって感じだし。これで明日からも生きられそうだよ。
「ガリオン。あなたに護衛を任せるべきではなかったようですね。にやけきった顔で陛下をお守りできるとは思えません」
「さ、宰相殿」
ルドヴィカが幹から姿を見せた。ちょうのししゅうで飾られたクリーム色の上着は、森の王子みたいだ。大らかな妖精王とは違う気品がある。
「陛下はわたしが送る。下がっていい」
「かしこまりました」
だめだめ! ロミーもガリオンも遠くに行かないで!
ルドヴィカの手がわたしのほほにふれた。
「陛下。わたしは陛下のことを心からお慕いしております。物心ついたときから、陛下だけを見てきました」
推しに殺される。
ルドヴィカが好きなのは、わたしじゃない。女王になったジェンティだ。そう分かっていても、推しの顔で告白されて喜ばない人はいない。どうしよう、よだれが止まらないかも。
「愛しています。フェルネ」
「いけないわ。わたくしの名前を言っては!」
本当の名前を言うことは、ロミーにしかられたばかりだ。おろおろするわたしに、ルドヴィカはふっと笑う。
「結界を張っております。それに、まことの名ならの話です。セオリ様」
え。
「ええええぇーーー!」
心の中の叫び声と、実際の声が逆になっちゃったよ。おしとやかなジェンティなら、こんな声は出さない気がする。ロミーとガリオンが戻ってきませんように。
「あれほど嫌がっていた仕事を、文句も言わずにこなしていますからね。身代わりを疑うのは自然な流れです。うちの姫がご迷惑をおかけしました。あなたの名前を取り戻すお手伝いをさせてください」
今までお一人で頑張ってきましたね。
わたしの頭をなでるルドヴィカは、天使だった。天使の輪と羽根が出ていた。
「早く気づいてあげることができず、申し訳ありません。こちらをご覧いただけますか?」
ルドヴィカが空中から水の玉を作り出した。表面に映ったのは、素振りをしている界くんだった。
「界くん!」
やつれている界くんは初めて見た。剣のけいこより、食事とか寝ることを優先してほしい。わたしがそう思ったとき、界くんはひたいの汗をぬぐった。
『強くならなきゃ。遠くで戦っているあいつ、オリヒメのためにも』
わたしのサインが分かっていたんだ! 信じてあげられなくてごめんね。
わたしはルドヴィカにたずねた。
「どうすれば耳飾りを外せるの?」
「セオリ様のまことの名が力を持てばいいのです。まずは、ご自分の名前に近い言葉を何度も使われてみては」
わたしの名前の由来は、お父さんから聞いていた。ジェンティの魔法に、邪魔されてたまるものか!
「一番良いやり方や手順のことを、セオリーって言うの。この世界で生きるすべを、たくさん見つける。セオリーをわたしは書くわ。身代わりとしてじゃない。
「仰せのままに、セオリ様」
うやうやしく頭を下げるルドヴィカに、わたしは静かにうなずいた。
この光景、文化祭のフォークダンスを申し込む推しが再現されているよ! 第三章の一文しか、すみれくんは出てこなかったんだよね!
早くジェンティにかけられた魔法を解こう。ルドヴィカとの距離が近いのはありがたいけど、尊死してチリになっちゃうよ!
女王のセオリー 羽間慧 @hazamakei
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