第4話 妖精の粉は好奇心をくすぐる

「黙れ! 小娘なんぞに妖精の粉を渡すものか! 主様も主様ですぞ。ちゃちなかたまりにホイホイとついていくなど、お父上が生きていらしたら嘆かれることでしょう」


 今のはクー・シーの言葉なの?

 身をかがめて戦闘態勢に入っていたガリオンと、わたしは顔を見合わせる。


「頭が高いぞ、人間! 妖精王の御前である!」


 わふんわふんと、クー・シーは鼻を鳴らした。さっきの声のぬしは、彼で間違いない。それにしても妖精王って……?

 首をかしげるわたしの視線は、クッキーを食べ終わった妖精に向かう。どこからか取り出したナプキンで口元をぬぐう様子は、気品があった。絵を褒めてくれたときより低い声で話し始める。


「クー・シー、お忍びなのだからさわいではいけないよ。大臣達に見つかってしまう。この森だけが我の心を癒してくれるのだ」

「ははぁ~っ! おい人間! 静粛にするのだ! 静粛に!」


 この場で一番声が大きいのは、あなたの方よ。

 わたしが言い返したいのをこらえていると、ガリオンは腰の剣から手を離した。


「妖精王と知らず剣を抜こうとした行為、どうか許していただきたい」

「気にするな。人の王が新しくなったと聞き、森の様子を見に来ただけだ。魔獣の被害がなくて安心した。こちらこそ使いを送らなかったことを許してほしい」


 ガリオンを見下ろしていた妖精王は、わたしに笑いかける。


「人の王よ。クッキーをごちそうになった礼だ」


 わたしの足をほのかな光が包む。次の瞬間、五十センチくらい浮き上がっていた。わたしの行きたい方向へ進んでいく。見えないスケートぐつをはいているみたいに、木々の間を通り抜けた。


「すごい! わたし飛んでる!」


 ガリオンとロミーに手を振ると、おしりから地面に落っこちた。


「あいたたた」


 おしりをさすっていると、妖精王は笑い声を上げた。


「むやみやたらと動くからだ。残念だな。そなたの名があれば、もう少し長く飛ばせてあげることができるのだが」


 どうして名前が必要なのかな。

 質問しようとしたわたしの口を、ロミーがふさいだ。


「いけません、陛下。まことの名を教えてしまえば、身も心も思うがままにされてしまいます。わたし達のような使用人のものとは違い、陛下の名には大きな力があります。軽々しく口になさってはいけません。エーデルスタイン王国の民の命がかかっているのです」


 わたしがすでにジェンティの言いなりになっているとは、思いもよらないだろうな。もう少し早く知りたかったよ。ジェンティは名前を教えてくれたけど、あれは正式な名前ではなかったみたい。この国では、家族だけが知る名前もあるんだって。城の図書館で読んだ本に書かれていたよ。わたしは名字も教えたのに、ジェンティは全部教えてくれないのは不公平だと思う。

 妖精王はゆかいそうに飛び回る。


「勇気ある使用人に助けられたな。気が変わったらいつでも妖精の国へ来るといい。クー・シーにゲートを開けさせよう」

「いいか、人間。陛下の広いお心に感謝するのだぞ!」


 クー・シーがほえると、一人と一匹の姿は消えていた。わたしの口をふさいでいた手も離れる。


「陛下。ご自分の身を第一にお考えくださいませ。妖精の機嫌をそこねないよう、精一杯ふるまっておられましたけど、わたしは不安で仕方ありませんでした」


 クールキャラがお調子者を演じていたら、あまりの変わりようにおどろいちゃうよね。ロミーの言い分にだまりこんだ。

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