第6話「メロン・腰椎すべり症」

「店長、暑いな〜 冷えたスイカでも食べたいもんだ……」

 団扇うちわをあおいで鉄拐仙人が冬子を見て言う。


「それなら、鉄拐さんの念力でスイカを持って来て下さいよ」

「念力か……やって見るか……う、う〜う〜ん、スイカ、スイカ、スイカ! オンアビラウンケンソワカ!急々如律令!誰かスイカを持って来い!」

 鉄拐仙人が念力を込めて呪文を唱えた。

 冬子は冷ややかな目で見ている。


 ❃


「こんにちは、冬子ちゃん、差し入れ」

 常連のワタノベ氏が冬子の店にやって来た。中年の男性である。


「わっ! メロン! おっきいメロンですね!」

 ワタノベ氏の持って来たメロンに驚く冬子。表面に網の目状の模様のある高級なネットメロンである。

「冷えてるから、食べて。親せきにメロンを作ってる農家がいて、たまに持って来てくれるんだ」

「へ〜〜っ、メロン農家。いいですね! あっ、本当だ、冷えてる!」

 ワタノベ氏から渡されたメロンを手にして冬子の目がメロンに釘付けになった。


「これ、今食べてもいいですか? みんなで食べましょう!」


「あっ、どうぞ、どうぞ」

 メロンを持って嬉しそうに台所に行く冬子。

 メロンを4等分に切り分けている。


「にゃ〜にゃ〜」

 黒猫のあずきが冬子の足元にじゃれつく。

「あずきちゃんも食べたいの?」

「にや!」

 あずきちゃんが笑っている。

「それじゃ〜4等分の1つを半分ね。もう半分はおじいさんに御供えするから」


 冬子が切り分けたメロンを持っていく。

 メロンを前にする三人とあずきちゃん。

 赤肉の熟したメロンである。

「それでは、いただきましょう!」

 冬子の合図で食べ始める鉄拐仙人とワタノベ氏。あずきちゃんも嬉しそうに食べている。


「なぜか急に冬子ちゃんの所にメロンを持って行く気になったんだよね。不思議だ……最初はスイカを持って行こうと思ったんだけど重いからメロンにしたんだ」

「それは、わしの念力だ!」

 鉄拐仙人が自慢げに言う。


「そういえば、この方は?」

 ワタノベ氏が不思議そうに鉄拐仙人を見る。

「この人は『じんぞう堂』の従業員で鉄拐さん」

「従業員って、おじいさんじゃない……鉄拐さんって、あの鉄拐仙人かい?」

「ワタノベさん、鉄拐仙人を知ってるんですか?」

「鉄拐仙人は中国の八仙人で、落語にもなってるほど有名な仙人だよ」

 メロンを食べながらワタノベ氏が語る。

 鉄拐仙人は、うん、うん、と頷いている。


一身分体いっしんぶんたいの術を使い口から分身を出すんだ」

「へ〜っ、そんなことが出来るんですか?」

 冬子が鉄拐仙人を見る。

「なんだ、一身分体の術を見たいのか?」

 冬子とワタノベ氏は、見たいという目で鉄拐仙人を見ている。


「そうか、見せてやってもいいが、昼間は上手くいかないんだよな〜」

 冬子とワタノベ氏の視線が続いている。

「それじゃ〜、ちょっとやってみるか……」


 鉄拐仙人が鼻から息を吸い込み、口からふ〜っと息を吐き出す。

 冬子とワタノベ氏は息をのんで見ている。


「やっぱ、ダメだ。明るいと出ないんだよな〜〜」

 なんだ、やっぱり出ないんだという顔の冬子とワタノベ氏。


「そういえば、ワタノベさん、今日は施術ですか?」

 冬子がたずねる。

「あっ、そう、そう。揉んでもらおうと思って来たんだ」

「また腰ですか?」

「そう、腰。あんまり痛いので病院に行ったら“すべって”いたんだ」

「腰がすべる?」

「第5腰椎すべり症だって。レントゲンで見たけど、骨が前にズレていたよ」

「それはまずいですね。しびれもあるんですか?」

「足にしびれがあって歩くのが大変だったけど、薬を飲んだらだいぶ楽になったんだ。痛くなってから、もう二週間くらいたつから揉んだら良くなるかな?」


「それは、揉むより導引で骨の位置を治した方がいいぞ」

 鉄拐仙人がメロンを食べながら言う。

「そうなの?」

 ワタノベ氏が冬子を見る。

「そうですね……直接背骨を押すのは危険なので、ずれてるのが初期のうちなら導引で治した方が良いと思いますよ。鉄拐さんは導引の達人ですから」


「へ〜っ、この人が……三ヶ月後にまた検査して治療法を決めるんだけど、導引で良くなるかな?」


「あんたはツイてるぞ! このわしが直々に導引を指南するんだ。しかも、料金がたったの千円!」

「千円!? それならやってもらおうかな……本物の鉄拐仙人なら一万円でも出すけど……」

「このわしが導引を直々に指南して千円は安すぎだぞ、店長、十万円にしないか?」

「なに馬鹿なことを言ってるんですか『じんぞう堂』は薄利多売なんです!」

 冬子は鉄拐仙人の値上げは、まったく考えていなかった。


「しょうがないな、千円でやるか……千円あれば酒が買えるしな……」

 ブツブツと言いながらワタノベ氏に導引を教える鉄拐仙人。


「まず、腰の悪い人は、腎臓の行だ。仰向けに寝て左手を背中に入れるんだ」


 ワタノベ氏は、言われたとうりに、仰向けに寝て左手を甲を上にして肋骨の下の部分に入れた。

「肋骨の下の部分に腎臓がある。ここからお尻までを自分で揉む、上から下に向かって揉むんだ」


「これ、あれでしょ。三日月流の水の姿勢」


「なんだ、知ってるのか!?」

「ええっ、常連ですから……へへへへ」


「それなら、秘伝を付けてやろう」

「秘伝? そんなのがあるんですか?」

「秘伝というのはちょっとしたことだ。貴殿は左手を背中に入れているが、右手はお腹の上に置いているだろ。それを左の肋骨の下に当てる」

「右手を肋骨の下?」


「左手の甲は背中を押し、体を左に倒すことで背中を押すんだが、右手を胸の肋骨の下にあてて上から押すことで、より背中側に強い力を加えられるんだ」


「あ〜っ、なるほど。わかります。いつもはお尻を上げて力を強くしていたんですが、肋骨を押した方が、より強い力が入りますね。いつも、もう少し強い力で押したいと思っていたんです……さすが達人!」


「ホッホッホッ、わしの導引はひと味違うだろう?」

 得意げに笑う鉄拐仙人。


「次は、そのまま、仰向けで両膝を曲げてそろえて左右に倒す導引だ。これで背骨の左右のズレを矯正する」

「こう? 膝を左右に倒すだけですか?」

 ワタノベ氏は両膝を曲げて左右に倒している。


「もっと丁寧に、ゆっくり膝を床に付けるようにして、5秒くらいその姿勢をとりながら意識を背骨に向けるんだ。そして、行と行の間に足を伸ばして深呼吸を1~2回するのがコツなんだ」

「なるほど、右の膝は床に着くんですが、左側は全然ダメです」


「焦ってやると悪化するからな、丁寧にやるんだ。次は前後に背骨を調整する。こうやって足を抱えこんで背骨を前から後ろに押して、前に滑っているのを後ろに戻すんだ。導引をやると人生も滑らないようになるしな、いいことずくめだ。ハッハッハッハッ……」


「こうですか……あっ、やっぱり左側が痛い」

 笑い転げてる鉄拐仙人を冷ややかに見ながら、ワタノベ氏は仰向けのまま、両膝を折り曲げて両手で膝を抱え膝を胸に近づけている。

「これは、すべり症に効きそうですね。何ていう技なんですか?」

「ん? 名前か……導引は名前の無いのが多くて、これも特にないんだが、丸い姿勢と貴殿のこめかみにメロンのように血管が浮き出ているから、貴殿のメロンにちなんで、これを『メロン』と名付けよう」



 鉄拐仙人がワタノベ氏に導引を教えていると、奥の部屋から『カタッ』という音がした。

 不審に思い、冬子が奥の部屋に行ってみる。


「えっ! おじいさん?」

「あっ、冬子。美味そうなメロンにつられて出てきてしまった……」

「こんな昼間から……」


 冬子の祖父、仁蔵じんぞうは、亡くなっているが、黒猫のあずきちゃんの中に幽体となって残っているのだ。


「昨夜は鉄拐仙人が一身分体の術で肉体を作ってくれてな、その中に幽体を入れると酒が飲めたんじゃ! 驚いたな、本当にそんな術があるんだな」

「一身分体の術……」


「昨夜なら、このメロンも食えたのに残念だ……」

「おじいさん、鉄拐さんに三日月流導引を教えた?」

「三日月流導引? あぁ〜酒飲みながらやって見せたな……」

「それで水の姿勢を知ってたんだ。あの人、本物なの……」



 ❃



【三日月流導引・水の姿勢】


①布団の上に仰向けに寝ます。

②左手の甲を上にして布団と背中の間に入れます。

 最初は、肋骨の一番下、腎臓のある部分にあてます。

③両膝を曲げて左側に倒します。

 膝を倒す事で手の甲で腎臓を押すことができます。

 1回に押す時間は約10秒程度です。

④肋骨から徐々に骨盤まで手を下に降ろしていき腰全体を押します。

⑤右側も同じようにやりましょう。



 導引では背骨を押す事は禁止されています。背骨には手をかけないようにしてください。

 背骨を圧迫して、中を走る神経を傷付けると取り返しのつかないことになるからです。

 背骨の調節は膝を左右に動かす事で自然と正しい位置になるようにします。


【メロン】

①仰向けに寝て両膝を胸に付けるようにします。

②右手で右膝、左手で左膝をつかみ膝を胸に付けるようにします。

 呼吸は息を止めて膝を引きます。

 この時、背骨に意識を集中させて、前に出ている場合は後ろに戻すようにします。

③膝を引いている時、足首を前に曲げます。

④足を伸ばして深呼吸します。


 ①から④を2~3回繰り返します。

 方足だけを抱えて引くやり方もあります。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

整体師・三日月冬子2 〜導引使い・鉄拐仙人〜 ぢんぞう @dinnzou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ