第3話とりあえず寝る



クロユリ

とりあえず寝る



 瀬をはやみ


 岩にせかるる 滝川の


 われても末に あわむとぞ思う


    百人一首77番歌 崇徳院




































 第3処【とりあえず寝る】




























 「いやー、すみませんね。あいつ本当に乗り物酔いが激しくて。自分で運転してても酔うんですよー。信じられます?俺は信じられませんね。いつも間近で見ていますけど、さすがに無ぇわーって思います」


 「用が済んだら出て行ってくれ」


 「もちろんですとも。用が済めば出て行きますって。ええと、そういえばあなたは?お名前聞いていませんでしたね」


 「・・・宗方だ。宗方曇榮。そういう君の名前も聞いていなかったね。ついでに、職業も」


 「宗方さんですね、本当に助かりましたよ、ありがとうございます。俺は相裏っていいます。相裏昌史です」


 ここに来る1時間ほど前、どうやって入るかを考えているとき、相裏が突如としてレンタカー屋に向かった。


 何事だろうと思っていると、早く助手席に乗れと言ってきたため、勢いに押されて崎守は乗ってしまった。


 これがいけなかったのだ。


 相裏の荒い運転を小一時間ずっと乗っていたため、崎守の酔いはマックスまで到達することができ、レンタカーを返してすぐにこの才頭会まで来たのだ。


 本当に顔色が悪かったからか、それとも崎守がトイレを貸してくれないなら今ここで吐くと言ったからなのか、才頭会の中枢に入ることが出来た。


 黒髪でハーフアップの髪型をして、髭が少し生えている男がいて、それが今の長だと理解するのに時間はかからなかった。


 そして今、崎守はトイレで、相裏は客間でそれぞれの戦いをしている。


 「職業は警察です」


 はっきりとそう言うと、周りの男たちは瞬時に身構えていた。


 証拠となる警察手帳を見せろと言われたため、正直に出して近くの男に渡すと、男はそれを宗方の方に持っていった。


 宗方はタレ目を細めると、手を伸ばせばすぐそこにある眼鏡をかけた。


 「お恥ずかしい、老眼が始まってね。眼鏡をかけないと見えづらくなってしまったんだ」


 渡された警察手帳を確かめると、相裏に戻すように伝えた。


 すぐに戻ってきた警察手帳に安心していると、宗方は少し安堵したような表情になった。


 「最近、新しいジュースのような麻薬が出回っていると聞きましてね。それで、もしかしたら何かご存知かと」


 「知っているも何も、その件に関しては君のところと話がついているはずだ。何も聞いていないのかね」


 「?」


 「君のお友達が戻ってきたようだ。さて、用が済んだのなら、帰っていただこう」


 頭を下げて、その場から立ち去るしかなかった。


 「まだ気持ち悪い・・・」


 「もうちょっとこもっておけよ。根性ねぇな」


 「根性の話じゃねえよ。相裏、お前洋式のトイレだと思ってるだろ。違うんだ。和式だったんだ。和式のトイレで吐くという体勢を取るんだぞ。どれだけきついと思ってんだよ。下向いてるだけで吐き気倍増だ」


 「・・・話がついてる」


 ぶつぶつと言っていると、また馬鹿みたいに飛ばしている車があったためぶっ飛ばしてみると、垣多だった。


 色んなイライラがあって、垣多をそのまま署へと連れて行き逮捕させた。


 「俺とお前の仲だろ!?」


 と垣多が言っていたが、どんな仲だと聞き返したら答えられなかったため、そのまま蹴飛ばした。


 「そういや」


 「ん?」


 「俺がトイレで生死をさまよってる時、あいつら話してたな」


 「何をだ?」


 それは、明日、才頭会の1人が釈放されるというものだったのだが、どうして捕まっていたのかというと、痴漢らしい。


 そもそも、その痴漢自体が本当か分からないのだが、女性が身体を触られたと言い張り、カメラで男性が女性に近づいているところも確認できたため、捕まっていたようだ。


 女性による痴漢の冤罪も多くなっていたため、証言だけで起訴するようなことは無くなったらしい。


 「痴漢?才頭会・・・」


 ポン、ポン、ポン、チ―ン!」


 「あいつか!?」








 翌日、相裏と崎守が刑務所の前で待ちかまえていると、そこから出て来たのは以前七海に痴漢だと叫ばれた、サングラスに顔に傷がある男だった。


 相裏と崎守の顔を覚えていたのか、気付くなり向こうから寄って来てくれた。


 「ああん!?てめぇらのせいで俺は捕まっちまったじゃねぇか!どうしてくれんだこら!」


 顎をくいっくいっと突きだしてくるところを見ていると、こういう習性のある一種の動物なのかと思ってしまうほど、それは見事な動きだった。


 そんなことを言ったらこの場で殴られてしまうだろうが。


 「その節はまあ、喧嘩両成敗ってことで。それよりお宅さあ、なんであのときあのお姉ちゃんに近づいたりしたわけ?痴漢目的じゃなかったなら、何目的?ひったくりって感じでも無さそうだったけど」


 「てめぇらにゃ関係ねえよ!」


 「俺らのせいでム所に入ったって喚いてたのに、今度は関係ないって?支離滅裂だな」


 「うるせぇよ!!だいたい、あの女が財布なんか盗まなきゃ、俺だってあんなこと・・・!!」


 「え?」


 「え?」


 「ん?」


 「ん?」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・そ、そろそろ行くぜ!もうこんな所には用はねえからな!!」


 そそくさと野々岳は帰ってしまった。


 「あの女が盗んだ財布って確か、相裏がもう返したはずだよな?」


 「・・・・・・」


 相裏はキョトンとした顔で崎守を見て誤魔化してみたが、崎守は目を細めたまま相裏の腹を殴った。


 そのまま身体を丸めてその場に倒れ込んでしまった相裏の後ろポケットにまだ入ったままだった財布を手に取る。


 「まだ返してなかったのか」


 「わ、忘れてたんだよ。使ってねぇからな」


 「使ってたらお前もム所暮らしだ。これ、どんな奴からスッたのか、見てないのか?」


 「見てない。なんでって?俺はそのとき萌流ちゃんだけを見ていたからさ」


 「それは何?その親指を切って差し出して良いってこと?」


 ぐ、と親指を差し出して煌めいた心算であろう相裏の額に頭突きを喰らわせると、その財布を開けて中身を確認する。


 一方その頃、才頭会に戻った野々岳は、宗方に頭を下げながらこんな話しをしていた。


 「ご迷惑おかけしやした!」


 「いや、もとはと言えば私が頼んだことだ。辛い思いをさせたな」


 「それより、邪魔な奴らが2人、周りを嗅ぎまわってやがるんです」


 「・・・あの2人か」


 「会ったんですか?」


 「ああ、どうやら、私達の関係を知らないらしい。面倒なことになる前に、連絡をしておく」


 そう言うと、宗方は何処かへと電話をかける。


 数回鳴って相手が出ると、宗方は老眼鏡をはずしてテーブルの上に置いた。


 「私だ。君のとこの人間が2人、私のところに来てね・・・」








 「これ、免許証・・・。それに名刺が沢山入ってる。この折れてるのは、写真?」


 財布の中を勝手に見ている崎守のところへ、腹パンチをされて蹲っていた相裏も合流し、それを見る。


 「相裏、コレ」


 「・・・コレを取り返そうと、萌流ちゃんに接近したものの、そのとき痴漢と間違われたってことね。納得納得」


 「どうする?これ、俺達で持って行っても消されて終わりかも」


 「そうとなれば、あいつらにもちょっと強力を頼むか」


 「あいつらね・・・」


 相裏は携帯を取り出すと、すぐさまどこかへと電話をかけた。


 少しだけ聞こえてくる相手の声はどこか不機嫌そうだが、それはいつものことだと相裏は特に気にしていなかった。


 大事な話から世間話まで一通り終えたとことで携帯を切ると、相裏はその財布を再びポケットに入れる。


 すると、今度は誰かから電話がかかってきてそれに出ると、ちょっと寄り道してから、と言っていた。


 寄り道も終わると、相裏は至極楽しそうに笑っていたそうだ。


 「さーてぇ!いよいよ詰めだな!」


 「俺留守番してる」


 「お前も行くんだよ!出ないと、俺の運転する車に無理やり乗せて連れて行くからな」


 「もっと穏やかに過ごしたい」


 「なら、警察を辞めるこったな。ま、俺が辞めさせねぇけど」


 「相裏の運転は拷問だよ」


 「テクニシャンと言ってくれ」








 そして翌日、相裏たちは向かった。


 警察手帳を見せること無く入れるのは、周りもみなが警察官だからだろう。


 目的の部屋まで向かうと、さすがに止めに入る者たちがいたが、それはまあ、適当に法に触れない程度に痛めつけておいた。


 「もう戻れねえからな」


 「今更だね」


 そして3回ノックをすると、中からは返事が聞こえて来た。


 「失礼します」と言って中に入ると、そこには手前に若い男、以前一度会ったことがある片瀬と、奥には目的の人物である鵞堂がいた。


 部屋の中に入ると、片瀬が相裏と崎守の後ろの方へ歩いて行き、扉を閉めた。


 そして扉付近に立つと、鵞堂がもっと近くに来るようにと言ってきたため、相裏と崎守は数歩前に出た。


 「何か用かね?できれば、アポを取ってから来てほしかったものだが」


 「すみませんねぇ。不躾で」


 「来てしまったのだから仕方あるまい。それで?」


 「では早速、話を進めさせてもらいますね」


 そう言うと、相裏はポケットに突っ込んでいた財布を取りだし、それを少し自分の顔の近くに持ってきた。


 「これ、落しましたよね?片瀬さん?」


 後ろを振り向いてそう問いかけると、片瀬は様子を窺う様に鵞堂を見ると、鵞堂が視線で取れと言っていたため、それを受け取ろうと腕を伸ばした。


 しかし、相裏はひょいっと財布を自分の方に引きもどしてしまったため、片瀬の手に財布は戻らなかった。


 「返しにきてくださったんですよね?」


 「いいえ?あれ?俺、そんなこと言いました?ただ、落しましたよね?って聞いただけですよ?」


 「・・・・・・」


 「でも返しに来たと思ったってことは、やっぱりこれはあなたのなんですね。まあ、中の免許証を確認させてもらったので、分かってはいたんですがね」


 「なら、返してください。困っていたんです」


 「困っていた割には、届け出してませんよね?これでも暇なんで、調べて来たんですよ」


 にっこりと微笑みながらも、まるで喧嘩を売る様な相裏の行動に、片瀬の表情は素直に曇る。


 片瀬が腰に腕を持っていくと、崎守に腕を掴まれてしまい、銃は没収されてしまった。


 「中には免許証と現金のほかに、面白いものが入ってましてね。例えばほら、この沢山の名刺。片瀬君、君、レシートを財布に溜めちゃうタイプだね。で、その名刺の中に、あったんですよ。ついこの前俺達も会ったばかりの才頭会のお偉いさんの物が」


 ペラ、と見せられた名刺には確かに、宗方曇榮の名が書かれていた。


 そしてその後ろには個人的に連絡を取るための番号まで丁寧に。


 「知ってます?この才頭会、新しい麻薬を取り扱っているそうなんですよ。でもおかしいですよね?その情報、精通しているはずの3課の人間も知らなかったんですよ。情報が入っていなかったかそれとも、情報を誰かが止めていたか・・・」


 「それが、私だとでも?」


 「ええ」


 「失礼な男だとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかったよ。何か証拠があってのことかね?」


 「・・・・・・」


 無言になってしまった相裏に、鵞堂は表情を変えずに微笑んだ。


 「悪いが、私も忙しいのでね。そろそろ出て行ってくれると助かる」


 「できれば、正直に話してほしかったですよ。警察という組織の中では、俺よりも立場が上の人なんで」


 「?」


 別のポケットから何かを取り出すと、相裏はそれを聞かせた。


 《鵞堂は、入国管理局の局長として真面目に誠実に働いていたと世間では思われているんだけどね、本当はあいつ、裏では危ないことばっかりやってたんだよ》


 《危ないことって?》


 《それがさ、俺も仕事辞めた今だから話せることだけど、18年前に遭った海難事故、お譲ちゃんは若いから分からないかもしれないが、その海難事故、客船として海に出たことになってるんだけど、本当は、亡命したい人たちが乗っている船だったんだよ》


 《じゃあ、亡命しようとしていた人達が事故に遭ったってことですか?それが鵞堂さんとどういう関係なんです?》


 《あいつ、そのこと知ってたんだよ。亡命する奴らの集まりだって知ってて、あいつわざと船を出させたんだ。ほら、みんな普通は警戒してるだろ?でも船が出ちまえばこっちのもんだって思ってるわけで。あいつはその油断を狙って、船を沈没させたんだよ。俺、見ちまったんだ》


 《何をです?》


 《船が出港する前、あいつ、船に遠隔操作できる爆弾をセットさせてたんだよ・・・!俺ぁ、自分も消されるんじゃねえかって冷や冷やしたけど、金渡すから黙ってろって言われてさ。けどまあ、時効だろうと思って。あいつは恐ろしい奴だよ。警察の上層部にいきなり抜擢されたのだって、何か裏があると思うんだ》


 「・・・これは、以前あなたが働いていた入国管理局の元職員の話です。確かに、時効でしょうけど」


 「私を脅す心算か」


 「いえいえ、そんなこと。ただ、正規の方法ではあなたを裁けませんので、失脚、という道を選んでいただけないかと」


 「私に何かあれば、宗方が黙っていないぞ」


 「そちらの方でしたら、御心配なく。すでにそちらの一網打尽されている頃かと」


 「なに・・・!?」


 「お、ナイスタイミング」


 その時相裏の携帯が鳴り、この状況にも関わらず相裏は電話に出た。


 「おお、早いな。さすが様様。おう、サンキュ」


 携帯を切ると、相裏は鵞堂を見て呆れたようにため息を吐く。


 「あんたの正義がどんなもんかは知らねえが、所詮は法に背く正義ってこった」


 「・・・・・・誰を使った?お前ごときが使える人材など、そこにいる崎守瑞希くらいなものだろう!!」


 「あれ?知らなかった?俺、こう見えて結構顔広いんだわ。それに、あんたと違って、信頼してる警察官がいるんでね」


 「なんだと・・・!?」


 「18年前の海難事故・・・」


 ふとその時、扉の方に立っていた片瀬がボソボソと何か言いだした。


 何を言っているのか、一番近くにいた崎守にも分からなかったが、片瀬は力なき足取りで鵞堂の方へと向かって歩いて行った。


 「本当、なんですか・・・?本当に・・・あなたが・・・!!あなたがあの海難事故を起こしたんですか・・・!?」


 大人しそうに見えた片瀬がいきなり怒鳴り声を出したため、相裏と崎守も少なからず驚いてしまった。


 片瀬の方をじっと見ている鵞堂は、少しの沈黙の後、こう答えた。


 「ああ、そうだ。だからどうした」


 「・・・!!」


 片瀬は鵞堂に銃を向けると、相裏と崎守は鵞堂には忠実だと思っていた片瀬の行動に思わず驚いてしまった。


 目に涙を浮かべている片瀬は、そのままでは決して鵞堂に当たらないだろうというくらいにガタガタと震えた手で銃を構えていた。


 「僕を助けたのは、どうしてですか!?利用しようと考えていたんですか!?」


 「海難事故の後、全員の死亡が確認出来ずにいた。数名生き残りがいるかもしれないとのことだったが、確認出来なかったのはいずれも子供だったため、体力精神力ともに尽きて死んだものとして処理した。しかし、ある日海岸に打ち上げられている君を見て、すぐに分かったよ。海難事故の生き残りだと」


 「どうして・・・!!」


 「亡命しようとしている者たちが何か企んでいることは分かっていた。だから、あの船に乗り込む者には腕に傷をつけた。船に乗る為の切符のようなものだと偽ってね。もちろん、今はもう成長してしまっているから痕は残っていないが」


 「そんな・・・!!」


 「君を助けて、私のために傍に置いておこうと思った。もしも海難事故の余計なことを思い出されても迷惑だからね」


 「ずっと、僕を見張っていたってことですか・・・。僕が、これまでにあなたのためにどれだけ人を・・・!!」


 「教えておこうと思ったんだ。この世は、強い者で形成されていることを。私のように力のある者が勝つのだとね。そもそも、この国から亡命しようとした愚かな考えがいかんのだ。私は考えさえ改めてくれれば良いと思っていたが、まさか本当に・・・。今でも、私がしたことは間違っていなかったと信じているよ。正義は私だ」


 「だとさ。どう思うよ?」


 急に相裏が口を開いたため、自己論を唱えていた鵞堂は眉間にシワを寄せた。


 わけがわからないといった面持ちで相裏を見ていると、相裏は自分の顔を前で首を横に振ると、崎守の方を指差した。


 「その男がなんだと言うんだ」


 「あんたはさ、何も分かってねぇんだわ。俺達みたいな人間だって、反論するだけの言葉は持ってるんだぜ?瑞希」


 崎守は頭をかきながら数歩前に出ると、前の前にいる鵞堂に対して、今まで見せたことのないような鋭い目つきをする。


 「18年前の海難事故、俺も乗ってた」


 「馬鹿な・・・!!崎守なんて奴、リストには載っていなかったはず・・・」


 「それは俺を助けてくれた漁師のおっさんの名字。事故当時俺は12歳で、運良く近くで漁をしてたおっさんに助けられたけど、名前だけ言って気ィ失って、しばらくは口聞けなかった。本当の名字も覚えてたけど、おっさんがつけてくれた新しい名字で生きて行くことにした。お陰で、今も乗り物は好きになれねぇ」


 「それで警察にも入りこめたってことか」


 「・・・・・・」


 「私に復讐をする機会でも窺っていたということか!」


 「何馬鹿言ってんだ?お前」


 崎守と鵞堂の間に割って入ったのは、首筋をカリカリ指でかいている相裏だ。


 「こいつはんな馬鹿なこと考えてねぇよ。お前と違って、不純な動機で入ったわけじゃねえ」


 「不純だと・・・?私は自らの正義を全うしようと考えているだけだ」


 「ああ、不純じゃねえわな。間違っているって自覚がないんだから。そもそも、瑞希はお前を陥れるような器の小さい男じゃねえし、俺達お宅に構ってあげられるほど、暇じゃないんだわ。仕事においても、人生においても」


 「そのくらいの証拠で、私を捕まえられると思うな。この組織には、私の息がかかった者が沢山いるんだ!」


 「大丈夫ですよー。才頭会とつるんで麻薬を横流ししていたことも、金の受け渡しがあったことも、ちゃんと才頭会の連中が吐いてくれることでしょう。なんてたって、あっちは鬼が担当してますから」


 「鬼・・・だと!?」


 そう言うと、相裏は時計の時間を確認しながら、腰につけてある手錠を手に取る。


 「そういうわけで、諸々込み込みで、鵞堂隆道と補佐?の片瀬祐二郎、両二名を逮捕します」


 静かに手錠がかけられると、鵞堂はそれでも自分は必ず権力も地位も何もかも取り戻せると叫び続けていた。


 一体どこからそんな自信が沸くのか不思議なものだが、それほど自信があるというのは良いことかもしれない。


 一方で、信じ続けていた鵞堂に裏切られたという気持ちからか、片瀬は素直にこれまでに自らが行った過ちを全て自供した。


 2人よりも先に捕まっていた才頭会はというと、意外と簡単に落とせたと担当した男は言っていたが、相裏はただただ笑って褒めるしか出来なかった。








 「お姉さん、1人?お茶しない?」


 「・・・何よ。言われたことはやったじゃない」


 「腕なんか見つめて何かあったのかなーと思ってさ。俺でよければ慰めるよ?」


 「あんた、しつこいって言われない?」


 長い髪の女性が1人でお茶をしていたため、たまたま近くを通りかかった相裏は相手の同意を得ないまま向かいに座った。


 「萌流ちゃんのお陰で助かっちゃったよ。随分と男の扱いに慣れてるみたいだね。生まれつき?それとも、生きて行くために身に付けたのかな?」


 「それに答えてどうなるの?それより、今日はあのもう1人の人はどうしたのよ。ついに解散になった?」


 七海は携帯をいじりながら、見ていないのに、的確に紅茶の入ったカップを指に絡めて口まで運んだ。


 男性と会っているときはあれほどまでに笑顔を絶やさないでいる七海だが、相裏のことが嫌いなのか気を緩めているのか、笑顔になることはあまりない。


 「瑞希は車で待ってるわ。相変わらず酔いがすごくてよ」


 「ならさっさと戻って仕事でもしなさい。私もこれから色々あって忙しいの」


 「萌流ちゃんてば鮮烈。そういうところも好きよ、俺」


 「何か用なの?」


 珍しく口調が少しだけ激しくなった七海に対し、相裏は頬杖をついたままニコニコとしているだけ。


 それが癪に触り、七海はもうほとんど残ってなどいない紅茶を飲み干す仕草をする。


 「御礼を言いにきただけだよ。元とはいえ、入国管理局のおじさんとデートしてくれなんて、無理言っちゃったしね」


 「無理って分かってたなら言わないでほしかったわ」


 「でもそのお陰で、クソ野郎を捕まえることが出来たよ。それに本当は、萌流ちゃんのためでもあったんだけどね」


 「・・・?」


 先程七海が触っていた腕を見つめていると、それに気付いた七海は顔を逸らす。


 「ま、深くは聞かないし、これ以上はつきまとわないよ。随分お世話になっちゃったしね」


 相裏はゆっくりと立ち上がると、身体を伸ばしながら七海に背中を向ける。


 涼しいとは言えない微妙な風が吹く中、相裏は肺にある全ての酸素を出す勢いで息を吐いた。


 「でもまあ、何かあったら連絡してよ。デートでもなんでも付き合うからさ」


 「・・・・・・」


 崎守が待っている車まで戻ると、崎守は窓を全開に開けて首と両腕を外に出すかたちで項垂れていた。


 相裏が戻ってきたことが分かると、崎守は青白い顔のままエンジンをかける。


 そしていつも通り道路を走っていると、馬鹿みたいに飛ばしている車を見つけ、速度測定に入る。


 「瑞希、俺さぁー、わかったわ」


 「何が」


 「あの運転の仕方、垣多じゃね?この不毛ないたちごっこは何だと思う?あいつ、本当は俺達と仲良くなりたいとかそういうのじゃねえよな?」


 「てか免停になったはず。取り消しにしておけばいいのに」


 「あいつは取り消しにしても運転するぞ。とりあえずサイドミラー壊してどう動くか見てみるか」


 そう言うと、相裏はサイレンを鳴らしながら車に近づいて行き、宣言通り、サイドミラーを狙って撃った。


 サイレンに気付いたのか、それとも相裏たちに気付いたのか、垣多とのカーレースが始まるのだ。


 「はいはい、駐車違反だよー。言い訳しないでね」


 「俺は足が悪いんだ!だからここに停めてるんじゃないか!ちゃんと見ろよ!」


 「ちゃんと見てたよー。だから違反だって言ってんだろ。お前さんがあの角曲がってきたときから見てたけど、ちゃんと歩けてたじゃない。どこが悪いって?健常者でしょ。なんなら、今から病院に行って診断してもらおうか?」


 「税金泥棒が!!」


 「あんたが言うな」


 ある時は駐車違反者を取り締まったり。


 「今撮っちゃったね。見てたよ。お兄さんずーっと見てたから。ちょっと話聞かせてもらえる?」


 「俺はやってない!それでもやってない!」


 「いや、やってたから。やってないっていうなら携帯見せてよ。女の子の敵は許さないからね」


 ある時は盗撮犯を説教したり。


 彼らは通称『キツネ班』、化かし化かされ生きて行く。








 「良いように使ってくれたな」


 『まあまあ。良い仕事してくれたな。俺たちだけじゃさすがに無理だったわ。宗方、簡単に落ちたんだって?さすが鬼。さすが金目の将烈だな』


 「俺達には俺達の仕事があるんだ。余計な仕事増やすなよ」


 『悪かったって。今度飯奢るから』


 「そういう話じゃない。それよりお前、なんでまだそんなところに留まってるんだ?相棒が気に入ってるのか」


 『んー?まあ、面白い奴だよ。俺は上に行かなくても、お前がいるから大丈夫だろ?俺が下にいれば、お前の耳に届かねえ情報が得られるしな』


 「・・・相裏、お前」


 「将烈さん、そろそろお時間です」


 「ああ、すぐ行く。・・・仕事だ。切るぞ」


 『おう。優秀すぎて狙われねえようにな』


 「余計なお世話だ」


 ぶつっ、と切れてしまった電話の相手に、相裏は肩を竦める。


 「相裏、買ってきた」


 「おー、さんきゅ」


 コンビニの駐車場で待っていた相裏は、崎守が買ってきた弁当と飲み物を選び、その場で開けて食べ始める。


 崎守は簡易ゼリーで喉を潤すと、窓を開けて車を走らせる。


 「あ、瑞希そこ右」


 「気持ち悪い」


 「もうちょっと我慢な。公園ついたら横になれっからそれまで耐えろ」


 「あー・・・吐きそう」


 非番の日、太陽の下でなぜかピクニックをしようと言いだした相裏の暇つぶしに付き合っている崎守。


 無事に公園につくと、すぐさまシートを敷いて横になる。


 楽になったからなのか、崎守はさっさと寝てしまったため、相裏は1人でご飯を食べ、さらには崎守用と思われるデザートまで手をつけた。


 それから崎守と同じように横になると、目を瞑って寝てしまった。


 起きたときに崎守に置き去りにされていることを知るのは、それからしばらく後の話だ。


 「え?嘘だと言ってくれ」

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クロユリ maria159357 @maria159753

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