べらんだ
二十三
べらんだ(原作版)
ぼくは、ねているときに、よく、体がうごかなくなる。
プールやうんどうで、つかれてかえってくると、かならずなる。
お母さんにきいたら、「それはかなしばりや」といわれた。
ぼくは、かなしばりがきらいだ。
だって、かなしばりになると、いつも出てくる人がいるから。
ぼくは、その人がこわい。
今日は日ようび。
お母さんは、おしごとがおやすみで、おうちにいる。
ぼくは、お母さんと二人ぐらし。お父さんはいない。
今日は、しみんプールからかえってきて、すごくつかれていたから、二かいの自分のへやでひるねをしていた。
体がびりびりっとなって、耳のあたりがザワザワしてきた。
「ああ、またきた!」と思った。
今日は、いっぱい泳いでつかれている。
体をたくさんうごかしたあとは、必ずかなしばりになる。
なんでなの、とお母さんにきくと、
「かなしばりは、すいみんまひって言って、体はねてるけど、あたまはおきてるじょうたい。でも、ちゃんとおきてへんから、あたまはまだゆめをみてるんよ」ってわらった。
ぼくはぜんぜんわらえなかった。
ほら、またあの人だ。あの人がいる。
あの人は、いつもおなじ、ぼくのべらんだにいる。
べらんだで、うろうろしている。
右から左、左から右へ、いそがしそうにパタパタとスリッパの音を立てながら、いったりきたり。
でも、その人はいつも足しかみえない。
白にちかい灰色の、ほそい足くびが、まるで別の生きもののようにうごいている。
なんで足しかみえないのかというと、べらんだには大きなシーツがかけてあるからだ。
その人は、シーツのうらがわにいる。
右から左、左から右へ、パタパタパタパタ……。
ぼくは、そのうごきを、じっとみている。
体がうごかせないから、みていることしかできない。
ほんとうは、こわくてにげだしたいけど、できない。めをとじるともっとこわいからみてるんだ。
パタパタパタ……
うろうろ。うろうろ。
はじめにその人を見たときは、お母さんだとおもった。
おかあさんが、べらんだでせんたくものをほしてるんだろうって。
でも、シーツからみえる灰色の足が、お母さんじゃないとおもった。
お母さんの足は、あんな色じゃない。それに、あんなほそくない。
お母さんじゃないなら、べらんだにいるあの人はいったいだれ。
そうおもったら、きゅうに、ものすごくこわくなった。
灰色の足の人が、べらんだをいったりきたり、パタパタと音をたてるのとおなじリズムで、ぼくのしんぞうも音をたてている。
いつもは、お母さんが、ぼくのへやに入ってきて、
「いつまでねてるん!」
って、さけぶとかなしばりがとける。
でも、今日はお母さんがこない。
灰色の足の人は、ぼくがここにいることをしってるんだろうか。
どんなかおをしてるんだろう。
そうおもったら、なんだか、ぞくっとして、おもわずさけんでしまった。
「たすけて。おかあさん!」
ほんとうは、だめなことだってわかってたんだよ。
灰色の足の人は、ぼくをさがしてた。
ずっと、ずっと、さがしてたんだ。
右から左へいったりきたりしていた灰色の足が、ピタリととまってしょうめんをむく。
なまじろい足が、まっすぐに、ぼくのほうをむいている。
足が、ゆっくりと、くっしんをはじめた。
こっちをのぞこうとしているんだ。
「たすけて。お母さん!」
ぼくはちからいっぱいさけんだけど、声がでなかった。
からだも、ゆびいっぽんうごかせない。
ああ。もうだめみたい。
みつかってしまった……
灰色のりょう足のあいだから、かみの毛みたいなものが、どさっとおちた。
さかさまになった女の人のかおが、ぼくをみた。
「みぃつけたぁ」
べらんだ 二十三 @ichijiku_kancho
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