恋愛天使の向かう先

妖紡こよう

第1話

 私には好きなひとがいます。

 そんな彼にも好きなひとがいます。

 私はそれをよく知っています。そして、その相手が私ではないこともよく知っています。


 私は自分の本心なんて見たくもないし知りたくもない。痛むこの胸の内も知らない。彼が幸せであれば、それ以外は何だっていい。


 もう心は決めてる。破裂しそうな心を誤魔化してでも、彼には幸せの道を歩んでもらいたいから。


 そのためにも、私の気持ちがほんの少しでも彼の邪魔にならないように。

 彼の想いを後押しする、ただの恋のキューピットでいるために。私はこの想いを偽る。




「いよいよだね。応援してるよ。だから頑張ってね、有我くん」


 放課後の屋上に一人、潜められた声は誰にも届かない。

 隅に隠れ恋の行方を見届けようとしているのは私こと麻田知紗。もはや不審者に似つかわしい行動はもちろんのこと彼の恋のキューピットとしての最後の務め。

 少し離れたところには彼──桐谷有我が意中の女の子と話している。

 有我はたまに言葉を詰まらせて緊張しているようにも見えたけど、その表情は私が知ってるものよりもずっと柔らかい。

 まるでその幸せなひとときを噛み締めているようにも見えて、思わず「ずるいなあ」なんて言葉をこぼしてしまう。


「私にもあんな顔、してくれたらよかったのに」


 それは言葉にしてはならない本当の音。言った後にハッと気づき、私は慌てて口を塞いだ。

 この感情と向き合ってはダメだ。この胸の底にある願いが叶わないことを、有我の想いに寄り添い続けた私が誰よりも知っている。


 彼の近くにいた時間はとても楽しかった。何度も溢れそうになるこの想いを吐き出そうとした。けれどそれはできなかった。彼の恋路の邪魔にしかならないことが分かっていたから。

 もしかしたら、本当は気がついていたのではないか。

 そんなことを思っていたからだろう。その中で『間違い』が起きることを淡くも期待していたのは。

 でも、最後までそれが起きることはなかった。有我はずっと想い人に真っ直ぐだった。私はそんな彼の一途なところを好きになったのだと思う。


「ずっと前から言いたかったことがあるんだけど……聞いてくれますか?」


「……うん、聞かせて」


 初めに低くも優しい声が。次に耳心地のよい鈴のような声が間を紡ぐ。

 言葉が宙を舞い、空気の流れがゆっくりになっていくのを肌で感じていた。

 きっとこの瞬間に。取り返しのつかない大きな一区切りが目の前まで来たのだ。

 胸の奥がぎゅっと痛く苦しい。見てられず「ダメ、待って──」と口にしてしまっていた。けれど、それを遮るように告白は紡がれていく。


「あなたのことが好きです。俺と付き合ってくれませんか?」


「こちらこそ。これからもよろしくね、有我くん」


 瞬間、チャイムが学校中に鳴り響いた。

 これで、これでよかったはず。私は間違ってなんかなかったはず。なのにどうしてか、素直に喜べそうにない。

 それも当然で、私は見て見ぬふりをしてきたのだから。

 二人はぎゅっと手を繋ぎ、肩を寄せ合いながらもそのまま屋上を出ていく。最後、有我と目が合ったような気がした。けれど、そんなことはもうどうでもよかった。

 これまで無視してきた色々な感情が巡りに巡って、体を震わせて。

 次にはもうダメだった。頬が熱を滴らせ、胸の奥から溢れる感情が涙となって、屋上に零れ落ちていた。

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恋愛天使の向かう先 妖紡こよう @koyou_54

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